コラム!

コロ、おはよ!



 このHPでもしばしば話題になりましたが、今年の2月15日に私の最愛のペット、セキセイインコのコロが死んでしまいました。
 我が家にやってきたのは小学校に入学する1年前、92年の5月10日のことです。もともとは知り合いの方が飼うつもりだったのですが、その方の家ですでに飼われていた先輩インコにいじめられ、困った挙句、うちにまわって来たというわけです。だから初めて我が家にやって来た時コロは、先輩にいじめられた証として、頭の毛が抜け落ち、ようするにハゲの状態でした。全体的に黄色い羽を持ち、おなかの部分だけ鮮やかな緑の色をした彼(オスです)は、キテレツ大百科のコロ助からとって、「コロ」と兄によって名付けられました。
 残念ながらコロは手乗りのインコにはなりませんでした。どうやらそれは私のせいみたいです。まだ小さい頃の私は、コロを追っかけまわしたり、ボールを転がしてみたり・・・。きっとコロにとってはものすごい恐怖だったと思います。ところが手に乗らないコロは、なぜか足には乗るようになりました。だから足乗りインコと呼んでいたこともあります。コロは特に足の親指が大好きだったみたいです。よくじゃれてました。
 コロはいろんな言葉を覚えました。「こんにちは」「コロちゃん」「ホーホケキョ」「こんばんは」etc・・・。私の名前も呼び捨てで呼んでました。ただコロといえばやっぱり「いらっしゃい」の一言です。父が覚えさせたこの言葉(テープに入れてリピートで聞かせてた!)は、歳をとってもコロがたまに呟いていた言葉です。一種のトレードマークとでも言いましょうか。
 コロには一度、お嫁さんがやって来たこともあります。名前はたしか、ポポちゃんだったはず。淡い紫のインコでした。ところがコロといえば、自分をインコと思っていないのか、他のインコを怖がる怖がる。怯える始末。女性恐怖症とでも言うのでしょうか。結局、どこかよそのおうちに彼女は行ってしまいました。彼女が家から去ったことで悲しんだのは、コロではなく私でした(笑)。でも、やっぱりコロには遺伝子を残してほしかった。コロの子供も見てみたかったですから。孫を欲しがる親の心理みたいな。
 晩年のコロは片目を失明していました。原因はわかりません。ただコロの目は本当に可愛かったんです。普通インコは歳をとると眼球に白目が出てきて、必然的になんとなく恐い印象になるのですが、結局コロは最後の最後まで白目が現れることなく、クリクリの黒い瞳のままでした。体も小柄で、ひいき目かもしれないけど、可愛かった。
 かごから出たがらず臆病なコロでしたが、一つ賢いところもありました。飼い主としてはいけないことですが、よく餌がなくなったり、水が空っぽになっても、気付かないことがよくありました。並みのインコなら死んでいます。ところがコロは違います。耳につく甲高い鳴き声で私らの注意を引くと、気付かせるのです。あまりにうるさいのでいやでもわかります。そのうち、かごが汚い時や、大好きな水浴びを催促する時にもその声を出すようになりました。飼い主に似て頭がいい(笑)。
 晩年も元気で、年が明けても元気だったコロでしたが、やはり歳もとってしぼんで見えたのは事実。ある夜のこと、母はコロを抱いて軽く撫でながら「悲しいほど軽いし、こりゃいつ死んでもおかしくない」と言いました。僕はそんなこと言うなよ、と思いながら、むしろ楽観的に今年は持つんじゃないか?とも思っていました。
 その翌日、いえ数時間後、コロは死んでしまいました。本当にあっけなく。私は試験の初日で、それを気遣ってくれた母は、朝にはそれを言わず、学校から帰って初めて教えてくれました。聞いた時、明らかに動揺しました。というか、何にも思うことがありませんでした。コロが死んだというその事実が信じられなかったのかもしれません。そのときは何ともないように振舞った私ですが、部屋で一人になった瞬間、涙が溢れるように出てきました。もう思考なんて関係なく。そして、泣きながら気付くのです。机の前に掛かっているコルク板に留めてあるコロの写真。中学で作った写真立て付き小物入れに飾ってあるコロの写真。無数に書いている、キャラクター化されたコロの絵。コロはあまりにも身近で当たり前の存在だったこと。そりゃそうでしょう、13年間も共にした仲、言うならば家族なんですから。人生の半分以上の日々、コロはつねにいたんです。
 小説セカチューにこんな印象深い一文があります。
「切り立ったガラスのような思い出だけ残して、彼女は行ってしまう・・・・・・いま、その思い出に触れようとすると、僕の手は血だらけになってしまう」
 コロが死んでから改めてこの言葉が胸に沁みる。止まり木で得意げに前転していたこと、たまにその止まり木から豪快に落ちた情けない姿、畳に足をとられ躓いたコロ、ヒヨコ草をあげればつぼみだけ真っ先に食べていたこと、水浴びが大好きで、弱く水を流すホースの下に行ってはまるで滝に打たれるかのように、水をかぶっていたこと。楽しかったはずの、もしくは何ともないはずの記憶を、ただ軽く思い出しただけで、胸を弱いところを刺激していきました。そしてもう会えない、ちょっかいをかけることすらできないという現実がさらに悲しくしていきました。もう一回水浴びをさせたかった、もう一度あの高い声が聞きたかった。試験中でしたが毎晩のように泣きました。コロの絵を描いては悲しくなりました。死んで初めて気付く、ありがたさ。きっとこれから、ベランダに生えるヒヨコ草を見るたびに、コロの絵を描くたびに、生きてたコロを思い出すでしょう。コロの羽根は私の携帯の電池パックに大事にしまってあります。
 コロが死んだ数日後、いつも借りている猫が我が家にやってきました。あるじがいない鳥かごを不思議そうに眺めるその光景は、なんとも言えませんでした。オセロ(猫の名前)はコロと仲良しだったもんね。コロを見ながら寝るのが好きだったもんね。コロ、あんたは偉いよ。
 コロがいなければ今の私はいないでしょう。このHPのトップにも描いてあるあのコロのキャラは、私の人生を語る上で切るに切れない大切なものです。小2の文集にはすでにあのコロが書いてありますから、かれこれ11年間も書き続けていることになります。私は何かあるごとにコロを書きました。女の子がよく可愛げな絵をいろんなものに書きますが、そんな感じ。あのコロをふんだんに取り入れた絵で、県のコンクールの佳作を取ったこともあります。小学校の頃は、コロの漫画を書いていろんな人に読んでもらいました。それはもしかしたら私の小説の原点かもしれません。またいろんな人にコロを書いてもらいました。小学校の卒業アルバムは友達からメッセージではなくコロが書かれてます。小4の頃、ほぼクラスのみんなから書いてもらったこともあります。また好きな人に書いてもらえるコロは格別です。私=コロって人も中にはいるかも。こんなに愛されたコロは幸せ者です。本人はそんなこと知らないかもしれませんが、私を幸せにもしてくれました。
 ありがとう。



高齢化社会



お昼の番組の王道と言えばみなさんは何を思いつくでしょうか。
「笑っていいとも!」と答えた人、いいとも、いいとも。それでいいとも。若いみなさんにとって王道と言えばやはりそうなるでしょう。しかしもう少しお年を召された、しかも女性のみなさんにとってお昼の番組の王道と言えば、何を隠そう「おもいっきりテレビ」でしょう。
中年層から老年層の女性にとって司会のみのさんは神様なのです。神様が出ている番組を見ないはずがないですよ。その番組では毎日、時宜にかなった情報を神様が解説して下さり、そしてなんと哀れな日本国民の相談の相手を神様がして下さるのです!こんな神様ありえへん、マジで。
そんなこんなで熟年の女性に大人気の神様みのもんたは多大な影響力を持っているはずです。ならば日本政府も神様の協力をお借りして、明るい日本を作り上げようと努力できるのではないでしょうか。
例えば現在この国では高齢化社会が問題になっていますね。高齢化が急速に進んでいる原因の背景に少子化があります。つまりお年寄りは長生きになっているのに、新たな生命が誕生してないわけです。このままだとこの国はお年寄りの国、老人ホームがコンビニ並みに立ち並ぶのも時間の問題です。バスに乗ってもほとんどが赤いシート、つまり「お年寄り体の不自由な方の優先席」になり、一般の人が座れるのは入口の前にある青いシート2席くらいになってしまいます。そんな事態を阻止するためにもなんとしてでも少子化に歯止めをかけなければならないのです。と、そこで神様に協力していただくのです。つまり「女性のみなさん、子供は40代までは産めるんです。こんな世の中生き抜いていくには力が必要です。昔から出産を経験した女は強いと言います。良かったですねぇ、女性だけの特権ですよ」なんて適当なことを言って、医学的根拠をちょいと言えばいいんです。神様が言うことを誰が疑うでしょうか?きっと次の年、久々にベビーブームが到来します。また中年女性の人口も減りそうな予感がします。まさに一石二鳥というやつです。
あくまで私の推測ですが、今流行ってる「オレオレ詐欺」ってのも実は政府の企てではないでしょうか。つまりお金をごっそりと奪われ、生きがいをなくしたお年寄りに、一体何が残るのでしょう。政府もなかなかやるな、と久しぶり感心しました。
神様に話を戻しますと、神様は意外と短命の気がします。体のあちこちに疾患を持っていそうです。神様が逝去なされば多くの方が衝撃を受け、後を追って自殺する人、病気が再発する人、突然活気がなくなる人などがあらわれ、一気に高齢化が解決されそうな気もします。つまりこの問題の背景には「神様みの」があるのではないかと考えられるのです。そうそう近いうちみのもんたが妙な死を遂げたり、失踪したりしたら、それはきっと日本政府の政策の一つでしょう。
間違いない。



ページの開設



 このたびページを開設することになりました。以前からあったことはあったんですが大変長らくお休みしてたので、更新というよりも新設、もしくはリニューアルというところでしょうか。
 このペ−ジを見られる方はほぼ知り合いだと思います。とりあえずがんばるんでよろしくお願いします。すべてをいっせいに更新するのはとてもできないと思いますので、コーナーごとに少しずつ更新していきたいと思っています。更新履歴を確認すればわかりやすいかもしれません。
これからもどんどんコーナーを増やしていければ、と考えています。考えてるだけですけど・・・。たまに息抜きで見てやって下さい。


戻りますわ