「結城光」

 

(光、お弁当持った?)

(うん、ちゃんと持って行ったよ)

(黒板の字は見えてる?かすんだりしない?)

(大丈夫、目はいーんだから)

(最近お隣の亮君遊びに来ないけどうまくやってんの?)

(ちょっと母さん!どうでもいいでしょそんな事!)

(でもねぇ・・・やっぱ母親として気になるじゃない。で、どうなの?)

 いい加減、授業中しつこく私の頭の中に話しかけてくるお母さんに耐えかねた私は言った。

「もう・・・お母さん、わかってるの?!授業中だよ?邪魔しないでよ!うるさいってば!」

 

・・・・・

 

あ・・・

やば。

 クラスのみんなの視線が一斉に私に向けられる、もち先生のも。

「結城?お前・・・一人で何言ってるんだ?うるさいだとか邪魔だとか・・・

よっぽどお前のほうがうるさいぞ」

「はい・・・すみません」私はあまりの恥ずかしさにうつむいた。みんなの視線がイタイ・・・

あ〜あ、お母さんのせいだ。何も授業中にこんなに言って来なくてもいいのに。

 

私は結城光。公立の天王高校の1年。もうわかったかもしれないけど、私の家系は代々テレパスって

言う超能力を受け継いでる家系なんだよ。テレパスって言うのは、脳波の働きの何とかで人の精神に

接触して思考を読んだり、同じ能力をもつ人と意思疎通できるんだよ。え?便利そう?全然(笑)何でって?

それはさっきみたいに、お母さんから四六時中説教されちゃったりするし。クラスの人が私のこと

悪く思っていたりするの知っちゃうのもあんまり気分良くないんだよ。

一番嫌なのはこのテレパシーで毎朝お母さんから起こされる事なんだよね〜。ほんっと、頭痛い。

 まぁ、それなりに便利なんだけどね。面白いから。一番面白いのは先生達の考えてる事わかっちゃうの。

この前なんか英語の佐山先生と地理の石川先生が付き合ってるって事知っちゃったし。そうそう、臼井先生がヅラ

だったってわかった瞬間はもう傑作だったんだよぉ。 

 「おい、・・・結城」

・・・先生と目が合った。先生は思いっきり意地悪そうな顔してこう言った。

「この問題解いてみろ」

・・・もう。あなたのせいだよ?恥ずかったぢゃん。問題解けなかったし。

「光ちゃん、誰と話してるの?」

見れば、同級生の望(私の親友だよ♪)が不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。

「望?べ、別に・・・気にしない、気にしない、あはは・・・」

「光ちゃん・・・お母さんと喋ってたね」

「・・・え?何の事?」 

「さっきのはどう考えても独り言じゃなかったよ」

 そういうと、望は去っていった。

 

あ、望!・・・って、行っちゃったじゃん!あなたのせいだよ!

 

・・・え?何で彼女私の能力の事知っているかって?そ、彼女だけは唯一知ってるんだ。私がテレパス

だって事。とってもいい娘なんだよ。口もかたいし、趣味合うし。頭いいし。だから私、授業の前にいっつも

ノート写させてもらってるんだ。

 

・・・・・なんか忘れてる様な・・・・・

 

ああ!次、理科だっ!前の授業ん時に寝てたからノート写してなかった・・・・・急ぐからまたね! 

  そう言って、私は理科室にダッシュした。そんなこんなで6時間目の授業が終わった。

 今日もまた、私にとっては平凡な1日が過ぎるはずだった。

 

(・・・光)

 

(・・・光!!)

 

 

(・・・お母さん?)

 

いつもとどこか違う母の声。今日、授業中に聞いた母の声とは似てもつかない消え入りそうな、母の声。

光はどうしようもない胸騒ぎに襲われた。

 

(光、聞いて。・・・・・今日は家に帰ってきちゃダメ。おばあちゃんのところに泊めてもらって・・・)

(お母さん、どうしたの?)

 

 

その時だった。光の脳裏に、母の思考を伝って、鮮明に情景が浮かび上がってきた。

 

家が、燃えている。

炎に包まれる家・・・

 黒ずくめの男達・・・

 燃え上がる炎の中。

母はうずくまっている・・・・・

父はすでに絶命しているようだった。

床を染める鮮血。

 

血血血血血血血血血血血血血血血血血血。

 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

・・・・!

 

「お母さん、怪我が!」気付かぬうちに光は半狂乱になって叫んでいた。幸い、放課後の教室には望以外は

誰も近くにはいなかった。

何故だろう、涙が溢れた。広がる赤いしみ。母が傷口を抑えている。苦しそうな、母の息遣いが聞こえて

きた。光は今までこれ程テレパスの力を邪険に思った事はなかった。

(いや・・・もう聞きたくないよ)光は両耳を抑えた。目を閉じた。それでも光の脳裏には、傷ついた母の姿が、

苦しげな母の虫の様な息遣いが鮮明に浮かんでくる。

「ちょっと光ちゃん!どうしたの?ねぇ!」望が光の異変に気づき声を掛けてきた。しかしその言葉は光には

届かなかった。

(・・・光、聞いて・・・決して貴方の超能力を人に知られないで。また彼らは貴方を狙ってくる・・・

光、お母さんもう助かりそうにないの・・・お父さんも、もう・・・)

「奴らって誰?!何で私達狙われるの?!何故・・・」

 

・・・何故お母さんが・・・・

 

最後の語は悲しすぎて、言葉にならなかった。 

 

「光・・・お母さん幸せだった。お父さんと貴方と私の3人の家庭・・・・・ずっと、ずっとお母さん

見守ってるからね・・・・・貴方がエデンの追っ手に狙われる事ないようにって・・・」

 

光の脳裏の中の光景で、母は静かに息を引き取った。安らかに、燃え上がる炎の中に・・・

 

 

 「光ちゃん」聞き覚えのある少女の声。望だ。今のは、テレパスとして心の声を聞いたのではなく、耳で

直接聞き取った声だった。

 

 

 あれから二日後。学活で光の送別会をした後、光は望と二人、放課後の教室に残っていた。

「・・・転校しちゃうんだって?」

「うん、いろいろあったからね。・・・親戚の家に行く事にしたの。その方がいいってカウンセラーの先生も

言ってたし・・・」

「お別れ、だね・・・」望の目にはうっすらと涙が込み上げていた。

「きっと帰ってくるから・・・いつか」

 

 

町中が見渡せる見晴らしのいい場所。町全体を一望すると、彼女の通っていた天王高校の校舎も

見えた。きっと、今の時間帯は生徒達が部活動できつくとも充実した時間を送っているのだろう。

・・・結局、望にも話せなかった。親戚の家に行くなんて嘘だった。・・・母の最後の言葉、

「エデン」

 

・・・私は知るまで帰らない、絶対。私の家庭を、私の幸せな日々を滅茶苦茶にした得体の知れないもの。

黒い服の男の人達。・・・超能力者への弾圧?それとも私たちが何かしたって言うの?

・・・・・わからない・・・・でも、絶対見つけ出す。

 

光は両手を陽光にかざした。陰鬱な自分の気持ちとは裏腹に、陽射しはとても眩しかった。

 

そのとき。

 

(この町の標的の一家はもう消したのか?)

(ああ)

(しっかし、わからねぇな、何であんな普通の家族を?)

(あの一家は、超能力を持っていただろ?)

(なるほど。超能力者の殲滅なら、俺らエデンのお仕事ってわけか)

(早く本部に戻ろうぜ。にしても、国も気付くまいな、東京に我々の本部があろうとはな)

(ああ。各地に潜む超能力者を消して、俺らが一斉蜂起すれば腑抜けた政治家面した豚どもは

なす術も無く、降伏する。エデンの統治する新日本の完成だな)

(ふふ、さすがに気が早い)

 

エデン!?

 

光はさらに意識を研ぎ澄ましたが、それ以上もう何も聞けなかった。

 光はとっさに悟った。エデンが超能力者を狙う組織である事。そして、光の自宅を襲ったのが、エデン

である事・・・

 

 

  ・・・絶対、許さない。貴方達のせいで、お父さんは、お母さんは・・・・・

 

でもこの、テレパスの力さえあればきっとまた探しているものにたどり着ける。いつか答えがきっと見つかるはず。

そしたらまた帰ってくるね・・・

 

・・・それまで、さようなら、お母さん・・・望ちゃん・・・みんな・・・先生方・・・そろそろ出発

しようかな。高校生の私一人でどこまでやれるか知らないけど・・・くよくよしていても始まらないよね。

みんな、見守っていて!

 

かくして、結城光も旅立った。彼女もまた、自分に秘められた力に憂いながら、戸惑いながら。

 

望は親友が引っ越したその夜、不思議な夢を見た。 夢の中には、彼女の親友の少女・・・

彼女は泣いていた。でも、望が駆け寄ると、少女は泣くのをやめた。

「望、私、きっと帰ってくるよ。短い間だったけれど、ありがと。私、つらいけど、笑ってるから。

泣いたら私らしくないよね。次会った時、笑ってまた会おうね!」

「うん。それが光ちゃんらしいよ・・・ねぇ、あのときの事覚えてる?」

「どの事?」

「わたしが・・・亮君と付き合い始めたときの事」

「覚えてるよ。今どう?」

「うん・・・お陰で仲良くやってるよ。・・・光ちゃんは良かったの?」

「?何が?」

「光ちゃん、本当は亮君の事好きだったんでしょ?」

「う〜ん・・・まぁ好きだったけど・・・相手が望だったからまぁ良かったのかな、って」そう言って

光はちょっと目を伏せた。

「と言うかいつから望もテレパスになったの?私話してないのに」今度はちょっと困ったような顔の光。

「見てたらバレバレだったよ。・・・ゴメンね、光ちゃん」気付いたら望の頬を涙が濡らしていた。

「ゴメン・・・ね。本当に。あの時、光ちゃんが私に自分の分の幸せを譲ってくれた分いつかきっと

恩返しするって決めてたのに・・・何も・・・出来なくって・・・」

「・・・いいんだよ、望。望が幸せだったらそれで・・・」

「ダメだよっ!」

「・・・望?」

「そうやっていっつも光ちゃん、私に幸せを譲って・・・私達親友だよ?光ちゃんにも幸せになって欲しいよ!」

「望・・・ありがと。そう思ってくれてただけで、私幸せだよ」光は親友の両肩に手を回して抱きすくめた。

光も泣いている様だ。小さな嗚咽と、彼女の心臓のかすかな鼓動だけが聞こえてくる。

「本当は、引越しなんかじゃないんでしょ?」望はふと思い出して尋ねた。

「うん・・・ちょっと、ね。旅に出るの」望の両肩に回していた手をほどいて、面と親友と向き合って言った。

「行き先は?」

「まだわかんない・・・の。行き先は着いた時に、ううん、帰ってきたらきっと報告するから」

「光ちゃんらしいね。行き先も決めずに飛び出して行っちゃうんだもん」

「そう・・・だね。でも私、きっと自分で道を切り開いていくから。応援してて」

「うん。きっと戻っておいでよ。・・・じゃ、またね」

「うん。またね」

「光・・・ちゃん、あなたも幸せに・・・」

「・・・うん」そこまで言って、どこへともなく親友の姿は消えた。全ては夢?ううん。きっと違う。

望は、それがテレパスという類稀な能力を持つ親友、光からのメッセージだったと信じている。

 

「誰か・・・泣いているの?」

「ううん・・・泣いてなんかないよ!」