4「時田信介」

 

時間は二度と戻らない。

  

嘘だ。この僕に限っては。

 

「ねぇ信、・・・貴方また時間を戻さなかった?」

「さぁ?」

会話している僕達のテーブルに、ウェイトレスがコーヒーを運んで来る。

こんな会話が僕達二人の間では日常茶飯事だった。僕の名前は時田信介。

もう既に察しがついたかもしれない。

 

そうなんだ、僕はタイムリーパー!時間旅行者って訳だ。一部分の空間の時間を切り取り、過去に移動したり、

少し先なら未来にだって移動できる。今しがた僕が話していた娘は緒方静穂。僕の恋人だ。僕たちは、今度の秋、

挙式する予定だ。本当は間違いないんだ。自分で未来に行って、見て来たんだから。ほかにもこの力はいろいろと

使い出があって。便利な所では、そのミスを犯したら数分前に遡って自分のミスを改めたり。試験を解いて自己採点

した後に、時を遡って答案を改めたり。

 

・・・とまぁ、こんな感じだ、僕の日常は。人には明かしていないけれど、たぶん人に言われるだろう。

「お前は、超能力に頼って生きている」って。それでいい。何の問題も無いだろう。僕は確実な成功が欲しいだけ。

甘えでも何でもいい。いいんだ・・・

 

「ねぇ信?」

二人でいる、行きつけの喫茶店。静穂がふと僕に聞いてきた。

「なに?」

「私の両親の事だけど・・・」そら、来た。そう言われるのはわかっていた。ある程度の未来は見据えている。とは言え、

静穂は僕の能力の事も知っているけど。

「挨拶に来て欲しいって事だろ?」

僕は既に何て聞かれるか知っていたので先に聞いた。途端。

「あ〜っ!何でわかったの?やっぱり未来に言って調べて来たんでしょ?」頓狂な声を上げる。その声に、周囲の客が

一斉にこちらを見る。

(ば、ばか!声のトーンを下げろ!聞かれちまうじゃないか!)そう言いつつ、僕は全神経を集中させ、

 

・・・・・

 

 

ウェイトレスが、僕らのテーブルにコーヒーを運んで来る。

 

「・・・何で?何で1分前の光景に戻ってるの?説明してね、信」

静穂がジト目で僕を見る。いや、睨んでいると言うのかもしれない。静穂は僕が超能力を使う事に反対だからなぁ。

とりあえず、

「それはな、静穂とより多くの時間を過ごしていたいからだ」と、僕は冗談めかして軽口を叩いてやる。

すると、静歩は明らかに困惑して顔を赤らめる。

「・・・もうっ」都合いいんだから、と口を尖らせる。結構こんな仕草が可愛かったりする。俺の言った事をまっすぐ

受け止める所。(勿論、本音も少しあったり(///))こんな所は出会った頃から全然変わらないな。静穂は僕よりも

一つ年下だった。最初の頃は可愛い後輩だな、ぐらいにしか思っていなかったが、同じ大学にこいつが進学してきてから

僕達の交際は始まった。

 

静穂の両親に挨拶しに行く日程を決め、しばし喫茶店でゆっくりしてから僕らは店を発った。店を出ると、優しい

秋の陽射しが降り注いでいた。

「・・・いい天気だね」

「そうだな」僕は近くの河原の道を、静穂と二人で歩いていた。

「挙式・・・いつにする?」

これも聞かれるとわかっていたので驚かない。

「う〜ん、今はそれよりも就職口を探す事で手一杯なんだ。もう少し待って」これは事実だった。もうすぐ大学も卒業

(確実)だというのに、未だに就職口が見つからない。僕は少し焦っていた。…まぁ、タイムリープの能力で、合格する

まで面接を受け直すと言う事も出来る。少々面倒くさいが。

 

「ねぇ、何考えてるの?」河原で寝そべっていた僕の顔を、少し幼い瞳が覗き込んでいた。

「ん・・・いや、何でもない」俺は身を起こして、水面を見つめた。ただ流れ行くせせらぎの音以外は何も聞こえない。

「静かだな」僕がそう言った時。

 

!?

 

殺気だ。誰かがこちらを凝視している。そう感じ取った瞬間、さっきまで僕達がいた地面は、数発の銃弾でズタズタに

なった。

 

「何なのよ、一体!?」静穂がわめいた。僕はとっさに、静穂と僕自身を、喫茶店を出た直後の時間に転移させていた。

「わからない、でも確かに僕達は命を狙われた・・・白昼堂々」大体、銃を持っている様な奴から恨まれる様な覚えは

無い。いや、人から恨みを買う覚え自体無い。トラブルを起こしたら、僕はいつも時を遡ってやり直して来たからだ。

それに・・・

 

さっきの出来事・・・今までの未来には無かった?!

 

 

(何か、良くない事が起きている・・・そして、僕の知っている未来が変わりつつある)

 

僕は戸惑いを隠せなかった。そう思うと、脂汗が額ににじんできた。

「私達・・・どうなるの?」見れば、静穂はすっかりおびえきっていた。無理も無い。一般の女子大生が

白昼堂々銃で狙われるなんて、一生に一度あるかないか。いや、無いだろう普通。

「大丈夫だ」僕はそう静穂に言い聞かせつつ、自分自身の心をも落ち着かせようとしていた。

 

何とかなる

何とかなる

何とか・・・

 

耳を突く様な窓ガラスの割れる音。喫茶店の窓が一斉に砕け散る。瞬時に僕は、本能的にそれが物理的な超能力に

よって破壊されたものだと判断した。

 

「来る・・・!」僕と静穂の見ている前で、眼前の空間が裂け、ぬるりと、一人の黒ずくめの男が現れる。さながら

いつか映画で見たターミネーターが、未来から現れた場面の様だった。「時田信介」まるで感情のこもっていないかの様な

冷たい声で、そいつは僕の名を呼んだ。

「挨拶代わりのパフォーマンスだ。楽しんでもらえたかな?」低く笑いながらそいつは言った。

「・・・狂ってやがる。今ので何人の罪の無い人が傷ついたか」気付けば僕は到底自分には似合わないような台詞を

吐き捨てていた。自分でも、知らぬうちに怒っていたらしい。

 

「・・・そうか。お気に召さないとは残念だ。じゃ、さっさと商談に入ろう」

「商談?」

僕は怪訝そうに男を見つめた。どこをどう見ても、サラリーマンや営業マンには見えない。男は続けた。

「われわれは特殊鎮圧部隊エデンのメンバーだ」

「エデン?」静穂がおうむ返しに聞く。

「そうだ。我々は超能力者が起こした災害や事件の鎮圧、超能力者の除去を図る部隊だ。お前は頭脳面でも能力面でも

司令部に高く買われている」

「・・・断る。就職口は欲しいが、要は殺し屋だろう?人を傷つける事には反対だ・・・そういう悪事に手を染める

くらいなら1年間ぐらいはプーやっていたほうがましだ」

「頭が固いみたいだな。目が覚める様にしてやろう」そこまで言い男は静穂に目を向けた。

 

危ない!

 

僕が思った瞬間、全ては遅かった。一発の弾丸が静穂を貫いた。

「静穂!!」僕はすぐさま駆け寄り、危険を回避するべく、時間を逆行しようと試みた。が。

 

「時が・・・時が、戻らない?!」

時間移動出来なかった。いくら精神を集中しても、自分の脳裏には、目の前で静穂が一発の弾丸に貫かれた場面だけが

浮かぶ。

「頼む・・・!10分前でいいんだ。時間よ・・・戻れ、戻ってくれ!!」

・・・何も起こらない。静穂の出血は酷そうだ。抱きかかえた僕の手が真っ赤に染まっている。

「信・・・」蚊の鳴く様な声、とはこういう事を言うんだなと僕は不謹慎にも思った。弱々しく、儚い静穂の声。

「もういい、喋るな!すぐに・・・」

「もう無理だよ・・・それより早く逃げてよ・・・」

「静穂を置いて行けないよ!何故、何故なんだ!?何で時が戻らない・・・ッ」僕は頭をかきむしった。

「ねぇ信・・・もう超能力に・・・出来るだけ、頼らないで生きて。信なら・・・」

「ちょっと待てよ!僕の事に構っている場合じゃないだろ!」

「ねぇ信、ちょっと耳貸して」

「?」一瞬僕は首をかしげて、言われるがままに静穂に耳を近づける。

・・・!!とっさに唇を奪われた。ほんの短いキス。静穂の唇は僕の唇にひんやりしみいるようで、柔らかかった。

そういや、僕等キスなんてしたこと無かったな・・・

 静かに唇を離す。静穂と目が合った。ちょっぴり恥じらいに頬を染めて、僕に笑いかけた。

「ばいばい、信・・・」ゆっくり目を閉じる。そして、動かなくなった。

「おい、静穂!・・・嘘だろ?しっかりしろ!おい!」静穂の両肩を持って強く揺さぶる。が、反応は無い。

「静穂・・・しずほぉ!!」

とめどなく涙が溢れる。静穂の胸から鮮血が溢れ出していた。さっきまで彼女が生きていた命の色。

 

・・・さっきまで。

 

「今生の別れは済んだみたいだな。どうだ、別れの接吻の味は」男の言葉に、僕は我に帰った。

「さて、商談に入ろうか」男は邪悪な笑みを浮かべながら笑った。頭にかっと血が上った。

「お前、よくも静穂を!」僕は相手に掴み掛かって行った。

 

無駄だった。僕の体は地面に叩きつけられた。成す術も無く。

「どうやら御協力願えないようですね」男はいささか残念そうに言うと銃を握り直した。その一瞬の間を、僕は

見逃さなかった。

「消えろ!」僕は再び全神経を集中させた。

怒り。

悲しみ。

憎しみ。

後悔。

そして。

男に焦点を絞り、時間移動の門を開き・・・一気に力を解放した。

「な、何を!貴様、こんな事をしてただ事ではっ!」そこまで言って、男の周囲の空間が歪み始めた。男の

輪郭が崩れていく。暴走した時間移動の門は更に大きくなっていく。

「・・・もうこのこの時代に戻ってくるな!もう二度と僕の前に現れるんじゃない!」

「がっ!がががが・・・ギィィ!!」声にならない無気味な断末魔と共に、男は異空間に吸い込まれて行く。

 

・・・かなり危ない賭けだった。僕は持てる力の全てで、時空の門を開き、あいつを時の狭間に送り込んだ。

僕と同じく時間移動の出来るあいつでももう戻っては来れないだろう。一体どこの時代に行ったのやら。

僕は、傍らで倒れている薄幸の少女を見つめた。

「静穂・・・ゴメン」

もう息は無かった。仇を取ったけれど、少しも僕の心は楽にならなかった。僕は、何も出来なかった。

無力。

時間移動の力が、僕の才能だと思っていた。あの力で、今まで何だって成し得て来た。でも、今回は違った。

静穂を、守る事ができなかった。

 

結局、あの後何回やっても、静穂が生きていた間の過去には、戻れなかった。僕が思うに、彼女の“死”と

言う出来事が、僕の心に強いショックを与えて、過去へ戻る力を抑えているのだろう。半分は、静穂の思い通りに

なった訳だ。いつも静穂は、超能力なんかに頼らないで、と言っていたから。時間移動能力を持っていながら、

僕の中の時間は止まってしまったわけだ。・・・皮肉なもんだ。銃弾が彼女を貫いたあの瞬間に僕の時は止まって

しまった。

 

・・・僕の中の静穂はいつもと変わらぬ笑顔をたたえ続けている。なのに、涙は止まらない・・・

 

僕は戦い抜く決心をした。謎の特殊鎮圧部隊、エデンの存在を知ってしまった以上、僕はもう部外者ではない。

それに、僕と同じ様な悲しみを誰かに味わって欲しくない。

 

幸い僕の時間移動能力は完全に失われた訳ではないし、今回不本意ではあるが血を見ずに人を殺す力も身に付いて

しまった。静穂を失って今更、普通の生活なんて送りたくない。結局、時間旅行者として生きてきた僕には、静穂が

どう思っていたのかわからない。僕を恨んでいたかもしれない。でも見るからに彼女の死に顔は安らかだった。

初めて、僕は本当の意味での人生の厳しさを知った。人生に、やり直しなんて効かないんだ・・・!

 

 

時間はもう、戻らない。

そして静穂も帰らない・・・