友詩陽

第一章「意外な再会」

 時計の針が午後11時を回る。
國吉健太は玄関で靴紐を結び、車のライトに反射する、腕輪型の反射板を身に着け外へでる。
暦もすでに冬へと移り変わり、ジャージの下にシャツ一枚の健太の格好ではそろそろ寒かった。
それでも走れば暑くなるので、健太はそのスタイルをやめはしなかった。
軽く屈伸運動、伸脚運動、アキレス腱伸ばしをする。
「あんたもよく続くわねぇ、もう2ヶ月?ほら、ミニ四駆の時は2週間で終わったじゃない?」
2コ上の姉の藍子が2階の窓から声をかけた。
「ミニ四駆とマラソンとを一緒にするなよ、あともう夜なんだからそんなばかでかい声だすんじゃねぇよ。」
「あん時はさぁ、お父さんになんかたっかいケースまで買ってもらっちゃっ・・・・・」
――うるさいっつの。
藍子の言葉が言い終わらないうちに、健太は軽快に走り出した。
埼玉県でも田舎である健太の家の周辺は、駅の近くは発展しているものの、少し道をはずれれば畑ばかりの土地へでる。
健太は、家から近くの湖への畑だらけのコースが好きだった。
落ち着いていて、それでいて自然が広がる、このコースを。
しばらく走って、信号を越えやっとにぎやかな道から、静かな道へとでるところにたどり着いた。
――いつかはこの先の道も発展してしまうんだろうな・・・
そう思うと健太は寂しい気持ちになった。
 ふと気づくと前を誰かが走っていた。
あれは・・幼稚園、小、中学校と一緒だった末広智正だ。
智正とは大の仲良しで、高校も同じ所を受け、同じ所へと進学していくはずだった・・
しかし、健太はその志望校に落ち、第2志望であった私立へとやむなく入ることになってしまったのだった。
「よ!智正!お前ペースおせえんじゃないの?」
呼びかける健太の声に、智正はムッとしたような声で健太に向かって言った。
「うるさい、運動というのは長時間続け、その呼吸のリズムに意味があるのだ。ペースが崩れるから話しかけないでくれたまえ。」
知ったかぶっている智正に、健太は小さな笑いをこぼした。
「ふぅん、そうなんだ。てかお前何だよそのカッコ、ジャンパーににジーパンで走るヤツがあるかよ。」
「運動に格好が関係あるかよ、マイペースマイペース。」
「意味わからんよ。」
智正の言葉遣いは、いつも不完全でおもしろかった。
そんな会話も10分足らずで終わる。
智正のの呼吸が乱れてきたからだ。
「智正どこまで走るの?」
「・・・消防署。」
「え・・もっと行こうぜ、この先の湖ぐらいまでさ」
「・・・いや、いい。」
確かに既に見るからに疲れる様子だし、無理だろう。
喋る言葉も片言で、ままらないでいた。
「そかそか、んじゃいいよ、俺は湖まで行くからさ。」
「ふぅん・・じゃあな。」
気がつけばもう横に消防署があった。
「うい、んじゃな。」
智正が今まで走ってきた道を振り返り走っていき、闇に消える。
――うし、行くか。
健太のペースが次第にあがる、今までは智正のペースに、合わせていたのだ。
消防署の後にやってくる急な坂を下り、信号を越えて、3キロ程行ったところにその湖はある。
そこに貯水された水は東京へと運ばれ、水道水に使われる。
しかし、その湖には自殺の名所という噂がたっていて、健太も自殺が実際に起こったようなことを何度か耳にしていた。
柵を越えれば湖を囲う壁はとても急斜面で高くなっていて、とても登ってこられそうにはない。
そのまま下に転げ落ち、水に入れば泳ぎ疲れて溺死・・・
健太は一瞬溺死した男性を頭に浮かべてしまった。
つい最近、インターネットである掲示板を拝見していると、おそらく誰かが悪戯ではったであろうグロ系画像は実に溺死した男性の写真で、健太はそれを誤って見てしまったのだ。
ふいに健太はその頭に浮かぶ映像を首をぶるぶると振り、かき消した。
その水を東京の人は使ってると思うと、同情をした。
 湖に行く途中の信号のところで、やけに騒がしい車が一台やってきた。
信号は赤だというのに、無視してこちらに走ってくる。
赤で走ったからといっても、この辺は、昼間から人通りも車通りも少なくて、さほど問題はなかった。
随分と改造された車体で、マフラーも明らかに通常の物とは異なっていた。
ラップ系の曲が、窓を閉めた車内から横を走る健太にもうるさいほど聞こえた。
乗っていたのは健太より1コか2コ位上の男で、高校生に見えなくもなかった。
助手席には誰も乗っていない。
金髪で片手に携帯で通話しながら、口には煙草をくわえ、ピアス、サングラスを身につけ、いかにも不良といった感じだった。といっても一瞬見ただけで本当は全くの見当違いかも知れない。
車が通り過ぎ騒がしい雑音も聞こえなくなると、健太はなんだかほっとした、元の静かな畑へと戻ったようで。
ここ一体は静かな反面、時にはああいう車やバイクが走る。
そんな出来事を目にする度に、健太はイライラしていた。  ふと気づくともうあと100メートルも行けば湖という地点まで来ていた。
――いつものように少し湖でも覗いて帰るかな。
湖は絶好の自殺場所と呼ばれているが、雄大に広がるその湖は健太の心を落ち着かせてくれるような気がした。
湖の柵が見えてきた。
――あれを越えたら命はない・・・か。・・・ん?!
健太は目を疑った。
今、まさにその柵を越えようとしている「モノ」がもぞもぞ動いている。
健太のペースは次第に100M競走並の早さに変わる。
中学時代、健太は2年生の8月までは陸上部であった。
陸上部に入ったきっかけというのも、小学校から健太が憧れていた一つ上の守上純子という先輩が、マネージャーをしているからという軽い理由からであった。
背は小さめで顔がすらっとしていて、スタイルもよく学校中のアイドルでもあった
そんな軽い理由で入ったにも関わらず、健太は短距離がとてつもなく早かった。
春の新人戦からその活躍は目を見張るものがあった。
次第に彼は陸上をこよなく愛し、当初の陸上部に入ったくだらない理由はどこかへと消えていっていた。
しかし、事件は起きた。
軽い膝の成長痛にかかった健太は、湿布を貼って毎日変わらず走り続けていた。
健太の練習は、普通の陸上部員とは比べもののにならない位の練習量、そして質だった。
そんな練習に健太の足の成長痛は耐えられる事はなく、膝の皿の下にある骨が飛び出てきた。
こうなったら痛みはどうしようもなかった。
走るのは当然として歩くたびに激痛が走った。
それでも、健太は陸上部に残り続け補強運動を続けた、周囲の人達の活躍を見ながら…
いつしか健太は陸上を嫌いになっていった。
少しずつ陸上部へ通う日数は減っていき、帰宅部へと変貌を遂げてしまった。
今となっては膝の方も良くなって、多少の運動ならば痛みは再発しない程度へと回復を遂げていた。
冷たい風が頬を通り抜ける。
健太の視点が、そのモノ一点に集中する。
――待てよ、馬鹿野郎、命を粗末にすんじゃねぇよ!!
「おい!!!待てよぉ!!!」
「モノ」に健太が飛びつく。
柵を登っていた「モノ」は意外と体がきゃしゃで、いとも簡単に柵からずり落ちた。
モノはどうやら同年代位の女性のようだった。
女性は暴れ出す、健太は何発まともにパンチを頂いたか分からなかった。
それでも、健太は女性を押さえ込んで、なんとか最悪の事態は免れた。
女性も疲れたのか暴れるのを辞めた。
電球がきれかかっているのか、近くにあった電灯が薄くチカチカ光だした。
やはり女性だった、そして健太に見覚えのある顔。
――純子先輩・・・どうして。。。。
その女性は涙で顔がしわくちゃになっていたが顔はすらっとしていて美人顔、忘れもしない健太の憧れていた先輩、守上純子だった。

第一章完


ホームに戻る。