の杜


 薄暗く、静かな闇の底───
 もがいてももがいても、暖かいものなど何一つ手に入らない。
 出来ることは、片割れと共に在ることだけ。
 寒い。凍えてしまいそうに。
 闇の中に消えてしまいそうに。
 誰か。

「おーい、お前らも早く来いよー」
言いながらも、しかし村雨隆行は欠片も足を止めるつもりなど無く、多少歩きにくい山道を跳ねるようにして駆けて行く。 彼の動きにつられるように肩からかけた鞄もまた、同じように跳ねた。
途中ほんの僅かに振り返れば、すぐ後ろには親友である手塚勇也の姿しか無かった。今回の課題研究、残りの面子は全員女子である 訳だが、彼女らは山道に足を取られて中々順調には進めずにいるらしい。すぐ後ろに居る勇也と目が合い、お互い軽く肩を 竦めて見せた。
隆行達の中学校では、週に一度課題研究という時間を設けている。二年生の課題は「自分達の暮らすこの街について」というものなの だが、その中で隆行達はこの街に存在する神社・仏閣及びそれにまつわる神話等を調べることになっていた。
一つの課題について半年をかけて調べることになっている。期限というものは実質無いに等しい。よって隆行達は授業のある土曜日、 しかもその放課後の時間で課題研究を調べることにしていた。
図書館などを使い調べた結果、この街に存在する神社・仏閣は十二。その全てを一通り調べ上げ、残すところはこの山の奥にある神社 だった。
「勇也、ちょっと寄り道しようぜ」
後続の女子の姿が未だ見えて来ないことに半ば呆れながら、隆行は悪戯めいた笑顔で勇也を見た。
「寄り道?いいけど、この辺にんな寄り道できるようなとこあったか?」
「ああ、すぐそこなんだけどよ。いいから来いよ」
勇也に告げると、隆行は道筋から少し外れ獣道へと入る。躊躇いながら勇也が付いてきたことを確認すると、隆行は木の枝が制服を弾くの も構わず、真っ直ぐに突き進んだ。
そう時間もかからないうちに、二人は開けた場所へと出た。
「な?なかなかいい感じだろ?」
「おー、すげーっ」
勇也が感嘆の声を漏らす。
其処からは、彼らの住む街を一望することが出来た。未だ都会とは程遠い街並み、その向こうには青い海が見える。
まだ夕暮れとは言いがたい時間だが、もう少しすれば夕陽が綺麗に見えるのだろう。
(どっちかってーと、独り占めしたい景色ってのよりは、共有したい感じだよな、こーいうのって)
満足げに勇也が街を見下ろす様に、隆行はとっておきを褒められた気持ちになり僅かに笑みを浮かべる。隆行自身此処に来るのは大分 久しぶりのことだった。この場所を隆行が見つけたのは大分幼い頃なのだが、此処が立ち入り禁止となって以来、ほとんど近づくことは 無かったからだ。
「いいなー、ここ。くそ、写真持って来るんだったな」
心底悔しそうに勇也が呟く。
「そしたら後でのぞみの奴からカメラ奪って来ようぜ。そしたら───」
「───・・・誰?」
ふと背後から声をかけられ、隆行と勇也は同じように振り返った。
(・・・子供?)
白い服に身を包んだ女の子が、不思議そうにこちらを見ている。隆行に子供の年齢などよく判らないが、せいぜい九つ前後といった ところだろう。
───こんな子供が何故こんな場所にいるのだろうか。
「お兄ちゃん達、誰?何してるの?」
「そう言う君は、こんな所で何をしてるんだ?」
質問の答えでは無く、逆に問い掛ける。
子供は問い返されたことにきょとんとしたようだったが、駆け寄ってくると何故か嬉しそうに笑った。
「あたしは空と遊んでるの」
「空?」
「そう。かくれんぼなんだっ」
要領を得ない答えに隆行は首を傾げるものの、子供は楽しそうに笑っている。
勇也は隆行に目配せすると、軽く肩を落とす。そうして子供と目を合わせるようにその場に腰を下ろすと、僅かに息を吐いてから 少し怒ったような顔を作って見せた。
「あのな。此処の辺りは危ないから近づいちゃダメだって大人に言われなかったか?」
子供は勇也の言葉に首を傾げて見せる。
「危ない?何で?」
「何でってそりゃ───」
「隆行――――っ、勇也―――っ、二人ともそんな所で何してんのーーっ」
聞こえてきた馴染みのある声に、二人揃ってはっとして顔を上げた。声のした方を見れば、山道のすぐ傍から、藤田のぞみが大声を 張り上げている。その時点になって、隆行はようやく残り三人のことを思い出した。
二人を置いて先に進もうとしない辺りがのぞみらしいと言えばのぞみらしいが・・・
隆行はこっそり息を吐く。
「勇也ストップ。あいつら待ってるみたいだ」
勇也も立ち上がり、同じように山道の方を見ながら息を吐く。
「あいつ声ほんとでけーよなぁ・・・」
「早く行かないとマジで何されるかわかんねーぞ」
過去ののぞみの戦歴を思い出し頭を抱える。
家が近いこともあり三人は比較的仲が良かったのだが、その中でのぞみは自然的に二人の暴走を止める役割を任されていた。 学校にこっそり持って来ていたモデルガンを没収されたことまである。
「まだいるんだ?」
声のした方を見ながら、子供が尋ねてきたのでとりあえず頷いた。子供は急に満面の笑顔となり、
「ホントに?やったぁ、空も喜ぶっ」
と言うなり山道とは別の方向──神社の方へと走っていった。
訳のわからぬ子供の行動に、思わず勇也と二人で顔を見合わせる。もう一度子供が駆けて行った方を見ても、子供は既に木々に紛れて 姿は見えなくなっていた。
「・・・何だったんだ?今の」
問い掛けてみたが、勇也も同じように怪訝そうな顔をしている。
「俺に聞くなよ。・・・とりあえず今はのぞみが先だ。行こうぜ」
全くだと思ったので、隆行も頷く。勇也が駆け出し、もう一度だけ子供が消えた方を振り返ってから、隆行も勇也に続いた。


≫NEXT



<Garelly>