の杜


 隆行達が帰ってみれば、のぞみは案の定呆れた様な顔をしてそこで二人を待っていた。
「あんた達ね、皆で行こうってことになってたんだから、先に行かないでよね」
「あーはいはい、すみませんでした」
「・・・ちっとも反省してないわね」
 のぞみのお小言はいつものこと、と二人揃ってさらりと流す。尤も、それすらもいつものことなのでのぞみも それ以上怒る気にはならないらしく、この話をさっさと終わらせると神社への道を歩き出した。
 今まで大分歩いてきた感がある。実際に見てきた訳では無いが、目指す神社までそう距離があるということも無いだろう。
(だーいじょうぶだって。楽勝楽勝っ)
 自分の中で勝手に残りの距離を決めて、隆行はまた鞄と共に跳ねた。
「あの・・・隆行さん」
 自分を呼ぶ声に、隆行は足を止め振り返る。
 声の主は大河内撫子だった。大河内組の一人娘──まぁ、複雑な意味で──お嬢様である彼女が何故公立中学に 通っているのか、隆行は知らない。けれど確実にどうでもいいことでもあった。
 撫子は慣れない山登りに大きく息を切らし、声をかけたはいいがその後が告げずにいるらしい。 しばし相手を待ってやると、十数秒してようやく撫子は言葉を続けた。
「先ほど、どなたと話されていたのですか?」
 どうやら、三人からも見えていたらしい。
「ああ、何か小学生ぐらいの子供だよ。この辺で遊んでたみたいなんだけどな」
「この辺りで・・・ですか?」
「本人がそう言うんだから、そーだろうよ」
「何その子供。正気?」
 会話に口を挟んできたのは笹原良子だった。撫子の左隣を歩きながら、こちらは呼吸を乱すことなくしっかりと付いて来ている。
 良子は撫子の自他共に認める保護者──ちなみに本人はよく理解していない──ではあるのだが、では何故良子が撫子の保護者をやって いるのかと尋ねたことも無かった。隆行に女子同士の友情関係など知りうる術も無いのだが、噂が正しいのならちゃんとした理由が あってのことらしい。
「有名じゃないの、此処は近づいちゃいけない場所だって。そんなの幼稚園の子供でも知ってるわよ」
 言って、良子がはぁと肩を落とす。それを慰めようと撫子が動いたが、隆行は無視した。
「お前さ、まだんなこと言ってんのかよ」
「当たり前じゃない。あー、ばれたら何て言われるか・・・」
「何言ってるんだよ笹原」
 隆行はぐっと握り拳を作るとそれを掲げる。
「やるからにはテッテー的に、だ。それに何だかんだ言って、お前も気になってたんだろ、ここの神社」
 隆行に指摘され、良子は口を噤む。それを見て隆行はにやりと笑い、また前を向いて歩き出した。良子は好奇心が多分に強いということ を隆行は心得ている。今回の神社行きを決めるに辺り、良子の説得に対する心配はほとんど無かったのだ。
 山道を足を取られることもなく歩きながら、隆行は以前此処に来ていた頃の事を考えていた。 小学生の頃かその前か──いずれにせよ、もう大分此処には来ていないことになる。だと言うのに久しぶりに見る山の眺めは此処が 立ち入り禁止になる以前とほとんど変わらないように思えた。
(やっぱいーよなぁ、こーいう感覚っ)
 険しい山々だとか、洞窟だとかはやはり男の浪漫である。流石に中学生にもなると子供の頃に感じていたようなときめきは 感じられなかったが、それでもやはり何か感じるものがある。
「隆行――、あったぞー」
 先行していた勇也の声が聞こえ、隆行は慌てて駆け出した。途中のぞみにぶつかり非難がましい目を向けられたが、軽く謝罪して その横をすり抜ける。
 大した時間もかからずに、隆行は勇也の元に辿り着いた。
「勇也、どれだ?」
「あれだろ。他にそれっぽいもんなんて見当たんねーし」
 勇也が指した先にを見れば、確かに其処が目的地であろうことが一目で判った。目の前に、ぼろぼろになってはいるものの、 社のようなものがある。隆行は神社と鳥居はセットだと思っていたのだが、生憎それは見つからなかった。
 社に近づき、間近からそれを観察する。──確かこの社はこの辺りが立ち入り禁止となった辺りに神主が転出し、以来全くの手付かずに なっているという話である。
「ぼろぼろだなー」
 身も蓋も無い感想をぽつりと零す。
「本気でぼろぼろだな。なぁ、ホントにこれも調べんのかよ?」
 勇也がやや眉を顰めて尋ねたが、隆行はそれに握り拳を作って翳して見せた。勇也は苦笑いのようなものを浮かべたが、それ以上 何も言わない。どうやら単に言ってみただけだったらしい。
 ふい、と背後を振り返ると丁度のぞみ達も辿り着いたようだった。少しだけ暑いように手で顔をぱたぱたと仰ぎながら、 のぞみが感嘆にも似た声を挙げる。
「へぇ。此処が例の神社かぁ・・・何て名前だっけ?」
「お前そのぐらいちゃんと覚えておけよなぁ」
「・・・煩いわねっ。そーいう隆行は覚えてるって言う訳?」
「あの、お二人とも喧嘩はお止めくださいっ」
 当人同士は形だけのいがみ合いであることは承知だが、それを本気に取ったか、撫子が慌てて仲裁に入る。その撫子の必至な様子に、 二人は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
 訳が分からず戸惑う撫子の頭を良子が軽く叩き、事前に図書館で調べておいた資料を読み上げる。
「ええと・・・名前が国伊野神社。建てられたのは一九〇一年って書いてあるから、結構古い神社なんだね。村人が共同で資金を出して 建てたらしいよ」
「ふーん」
 良子の言葉を聞きながら、もう一度神社へと目を向ける。


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