高校時代の記憶があやふやになっている
今だからこそ、記憶を呼び起こそう。
今の八幡中央高校現地レポート。
忘れていたあの日がよみがえる。


<自転車置き場にて>


ちぇっす。
3年11組だった。西本です。
どちらかというと、かなり人気の無かった同級生です。
ちょっとばかし更新が遅れたこのコーナー。
久しぶりの更新です。
(今日も酔っています。)

さてさて、八幡中央高校についた
我々(おおはま、にしもと)。
八幡中央高校で待ち合わせをしているはずの
「まっちん」
(現八幡中央高校教師、元ウエイトリフティング部)
の姿が見えないので、二人で校内を散策することに。

高校時代には『口を聞いたことが無い二人』
当然、各自の思い出は様々。
おおはまくんは、
「なつかしいなぁ、このグランド。
 時枝ももう、中央にはおらんけんね。」
なんてことを言っている。

一方、ぼくが思い出すことといえば、
この長い坂を自転車通学で通っていたっけ?
てなことだ。
当時、自転車通学をしてた同級生といえば、
理系でバスケット部でアゴが出ている「久米くん」と
ラクビー部でバンドに命を燃やし続け、
生徒総会で『文化祭でバンド演奏を!』という運動を続けて
そのまま自衛隊に行ったと思われる、
尾倉中学校出身の「大場ちゃん」ぐらいだ。
あの時のぼくはブリジストンの『ベルレックス』という、
ベルト式の漕ぎだしが軽い自転車に乗っており、
生物部キャプテンでありながら、そのスタートダッシュは
運動部である彼らを凌駕していた。

そんなことが誇りだった高校時代。
今考えてもむなしい。

まぁ、母校に入ると、そんな僕らの安息所であった
自転車置き場が目に入ったのだ。



(自転車置き場だ。)

そういえば、たまに久米の乗る「ロードマン」の後ろに
乗せてもらって通学したこともあった。

また、今思い出したが、久米も大場チャンも実家は
クリーニング屋だった。

ぼくの親はサラリーマンだ。
その点は違った。

大場ちゃんも、久米くんも
二人とも
「ブリーフ」を愛用してた。
大場ちゃんの「それ」はかなり際どかった。
その際どさは笑いを飛びこえたものであり、
体育の着替えの度に、男子は驚かされたものだった。

その点もぼくは違った。
トランクスだったよ。
でも、黒崎トポスでパンツを買う
ぼく自身もどうかと思ったけど。

(続くかも)

 

04-16 vol.1 行ってみた。
 

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