逃げることは、悪いこと?

あきらめることは、悪いこと?

逃げては、駄目?

あきらめては、駄目?

五月二十四日

「まっさか…あたるとはね」

驚きだった。茶封筒に入っているテーマパークの招待券を改めてひらひらと振る。

出したことすら忘れていたくらいだったのだから、驚くな、というのが無理である。

ちょうど咲奈の誕生日も近い。そして俺の財布に中身はない。

ちょうどいい、これをプレゼントにさせてもらおう。

兄がいうことじゃないが、あいつはなかなかいい線にいってると思う。

仲のいい男の1人や2人はいるだろう。

「幸せになってもらいたいもんだね、まったく」

俺にはその資格はおそらく無い。

未来をつぶし、可能性を摘み取ってきた俺には…そんな凄いものはない。

「誰もが荷物 抱えてると 知ったときから…」

早速準備に取り掛からねば間に合わない。

咲奈の誕生日まであと二日。

とりあえず、苺と生クリームを仕入れねばなるまい。

魚か肉か、迷うところ。

「貴方に会えた 丘の上星が降る…」

悲しい曲は終わった。楽しい歌を歌おう。きっと楽しくなるはずだから。

財布を後ろポケットにねじ込み、いざ、スーパーへ。

「…最後の一歩を踏み出す勇気ください 私が一番欲しい魔法なんです…」

五月二十七日

「なあ、咲奈」

たのしそうに炊飯器からご飯を手にとっておにぎりを作っている妹に問いかける。

「んー?なぁに?」

梅干しの種をとり、そのせいでほとんど肉が無い梅干しをおにぎりにつめて返事をす る。

「なんで…俺?」

今日渡された昨日渡したテーマパークの招待券(乗り物フリーパス付き)をひらひら させる。

朝起きたら目の前に咲奈が机の上になにかを置いていくのを見ていたが、まさかこれ だとは。

「驚いた?」

てへへ、と笑う咲奈。

「そうだな…ま、それなりに」

低血圧の咲奈が朝四時に起きて十キロ近く走っている俺より早く起きるということの 方に驚いている。特別な日で無い限り、十二時まで咲奈は半死人であったりする。 「むー…もっと驚いてよぉ…」

ぷぅっと頬を膨らまして、怒っているんだぞ、と言いたげな顔をする

「無理だ」

入れてもらったコーヒーを口に運ぶ。うん、熱い。妹が低血圧で猫舌な俺だった。 咲奈にとって、今の学校だってかなり基準を落としての入学だった。理由は単純明 快、俺がいるから、とか言っていた。…ブラコン。

「うー…」

「唸るな」

びしっ、と三年間磨き上げた咲奈暴走対策用手刀を頭に叩き込む。

「はうっ!!」

握っていたらしいお米がぼとり、と不味そうに床に落ちる。

出発は長引くことがわかりきった朝だった。

AM11;00

「なんでもかんでも私のものにぃ〜」

電車に乗ったところまでしか記憶に無い俺は咲奈のウォークマンからもれる脳を簡単 にシェイクする歌声で俺は半分目が覚めた。

「あ、やっとおきた」

イヤホンをはずしたらしい咲奈が笑う。

上から降ってくる聞きなれた筈の咲奈の声は、いつもとは少し違うものだった。

どう違うのかはわからない。ただわかるのはひたすら優しく暖かな声だった。

「俺寝てた?」

あまりにも判りきっている問いだった。

「じゃなきゃこうしてお兄ちゃんがこんなかっこしてないよ」

「だよな…」

全てが九十度傾いている視界。まさか垂直に電車が動くわけが無い。

膝枕、初めての経験だった。

「悪かったな…重かったろ?」

頭をぼりぼりしながら、体を起こそうとすると咲奈がそれを制する。

「駄目だよ…お兄ちゃん、相当無理してるでしょ?」

「何言ってんだよ…俺は…」

「知ってるよ、私」

「俺が実はクイーンの熱狂的ファンでフレディのコスしてることか?」

「それが嘘だってことと、お兄ちゃんが人じゃないってこと」

咲奈は俺の頭に手をのせて、やさしくなでてくれている。

この温もりは多分これでもう最後、そんな確信がある。

「お兄ちゃんが七年くらい前、私のお父さんを殺したことも、知ってる」

「…そっか」

「うん、そうなんだ」

「お兄ちゃんがそろそろ寿命だって事も知ってるよ」

「もし、それをまっていられないのなら……俺のリュックに銃がはいってるから適当 なところで撃ち殺してくれてかまわないぞ」

「……」

「予告とかされると勝手に体が避けるからいきなりやったほうがいいぞ」

「首絞めるだけじゃ駄目なの?」

電車の揺れる音だけが響く

「俺は呼吸をしなくても平気だし、骨は折れても瞬時に再生するから」

「強いんだね」

「作り物だからな」

「……そっか、ついたら起こしてあげるよ」

「わかった」

「…お兄ちゃんを殺す気はないから」

「…いいのか?父親を殺した仇がずっと自分の兄を気取ってたんだぞ?」

「だとしても…私はもうお兄ちゃんが大好きだから…しょうがないんだ」

はぁ…とため息をつき、また口を開く。

「大好きなんだもん」

「…………そか」

まともに顔が見れない状態な俺を咲奈はいつまでもなで続け、電車に揺られていた。

「ぴきゃあああああああああああ!!」

赤い車両は細身のレールを上をぐわんぐわんと音をたてて暴走するがごとく走る。

「あははは〜楽しいね〜お兄ちゃん」

「ぴきゃあああああああああああ!!」

何故咲奈はコレが怖くないのか全くわからな…

「ぴきゃあああああああああああ!!」

「あはは〜。お兄ちゃん、珍しい笑い方だね〜私もまねするね!!ぴきゃあああ〜」

急上昇、急降下、一回転…

「ぴきゃあああああああああ!!」

「ぴきゃあああああああああ〜」

珍妙な笑い声(一方は命の危険を感じての断末魔の叫び)が二つ。

もう…………嫌。

「ぴきゃああああああああ!!」

「大丈夫か?咲奈」

薄暗い通路を赤い光が照らしている。

「おぉおおおぉぉぉぉぉぉおお」

「ぴきゃああああああああ!!」

そしてその通路の両側に設置された物の影からなにかよくわからないモノが飛び出し てくる。

「く、首を絞めるなぁぁぁぁぁぁぁぁ…」

「も、も、も、ももももももう……やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺が絶叫マシーンが無理なら、咲奈はホラー系が全く駄目だった。

…さっすが兄妹。変な所で似ている…義理だけど。

てゆーかいい加減首、離せ。