七年前。 暖かな春の日の事だ。

いつもとそう変わりのない日常。

もっとも、それは裏に生きる異なる者達にとってのこと。

それの始まりは建設途中のビルの一つでのこと。

ひとりのコートを着た男と、立派な身なりをした男。

共通点は一つ。

裏に生きる、異なる者ということ。

「ゆ、許してくれ…金なら…いくらでも…だっ!!」

構えた拳銃から放たれる無言の殺気にそれは黙った。

「それは無理です」 たしか…依頼者の要望は直筆の手紙を読み上げてからじっくりと殺してほしいとのこ と。

要望にはこたえなくてはならない。

「んっと、…お前のせいでうちの会社の面目は丸つぶれだ。

全部お前のせいだ、死んでしまえ…だそうです」

くしゃくしゃと丸めて投げ捨てる。

「随分とお子様な経営者の怒りをかったんですね、同情します」 心からそう言った。

目標はさっきからずっと震えたままだった。

無理もない、これから死ぬのだから。

「なにか…依頼者に伝えることはありますか?」

テープレコーダーを取り出す、肉声をそのまま届けることのできる最も手軽な機械。

しゃがんで目標の口に近づける。

自分が殺しを依頼した相手の死に際の声を聞かせる。

そのときの依頼者の顔、が見ものなのだ。

後悔と喜びが入り混じった、簡単に言えば複雑な顔。

表情のなかの後悔をあざ笑うのが好きだった。

無知を心から悔いた顔、もうどうしようもできない現実にうろたえる心があらわれ る。

今回もその顔が見れると思った。

「私の…娘…たの…」

殺しを頼んだ奴に自分の娘を頼むというのか…

そう思っているといきなり俺の腕をつかんで、最後の願いを搾り出す

「わた…むす…た」

「…自分を殺した奴に自分の大切なモノを任せるのですか?」

聞いた、首をもたげる興味。

「たの…」

黒いロングコートの懐からかざりっけの無い携帯を取り出す。

それはある所にしか通じないものだ。

スイッチを入れ、ボタンを操作する。

「仕事の依頼がはいりました」

機械的に言う。

機械的に、内容は?と返される。

機械的に

「護衛」

と答え、そのまま通信をきり携帯をしまう。

「上はそれなりに話が通じるので俺がその仕事を引き受けますよ。」

「う…あ…」

「貴方もそのほうがいいでしょう?もしかしたら大事な娘さんが見知らぬ先輩か後輩 に何かされるよりは…」

立ち上がって背を向ける、耐えられるには耐えられるがそれでも痛いものは痛い。 「それでは、よい旅を」

呻きを背中に受けて、俺はこの場を離れた。

…そして、ここら辺一体の建築物や生命は形を残さず消える

生物の体内に入り込み、爆発させるするウイルスとそれを飛ばすための圧倒的な爆 発。

それは暗殺者たる俺の能力<エクスプロージョン>によってもたらされる破滅。

作られた俺の力、特徴、個性、全てだ。

これだけが…全て。

嘘。

作られて、歪んだもう一つの真実。

嘘。

裏の裏が表ではない真実。

嘘。

優しく、暖かい真実。

嘘。

脆弱な真実。

嘘と真実だったら、嘘のほうが絶対にいいに決まっている。

傷つかなければ、傷つける必要がないから。

だけど、そこのは行けない。

どうやったって…

四月三日

「…きて…お…てよ…ちゃ…」

俺は心地よい力加減で揺すられていた。

元々、朝の弱い俺にとってこの揺さぶりは眠気を最大無制限まで引き上げて、 耳もとで聞こえる声は安眠という場所への道案内を果たす。

抗うことなど出来ない睡魔の誘いに拍車をかけた何者かはあきらめたのか何もしない ようだ。

…ふっ、いつの世も最終的な勝者は堕落した者よ。

このまま全てを忘れて惰眠を貪ってやる。

「…ちゃ…だか…」

何をわけのわからないことを、敗者は敗者らしく勝者へひれ伏せ。

何者かが動く気配、そして何かを手に取り…それを力いっぱい投げつける!!

「2人は生きている!!」

よくわからない叫び声とともに、体が勝手に跳ね起きて投げつけられた危険からごろ ごろと先方へ転がることで回避する。ベッドから落ちなかったのは奇跡的だった。

見れば腹部と頭部があったところに高校入学時に買わされてそれ以来日を見ることの 無い厚いのと重いのがとりえの辞書二冊。

…死ねるな、これは。

「あー、お兄ちゃんやっと起きた」

「起きてねーよ…気色悪い奴らに連れ去られた友人2人を見つけたんだ」

ぼりぼりと頭を掻きながらベッドから降りる。

「駄目だよ…お兄ちゃん、しっかり起きなきゃ…」

そこには、七年前、ちょうど俺が十一の時に親が引き取った二歳違いの義妹の咲奈が 獲物を見つけた狩人のように笑いながら新たに辞書を両手に構えていた。

どうやら堕落した俺の真の勝利はしばらく先のことらしい。

『ちっ』

舌打ちが重なり、咲奈が辞書を元の棚にもどす。

おい、なんだ今の舌打ち。

狩人の笑みを消し、普段の義妹としての笑みを浮かべて言う。

「ほら、折角おきたんだからさ、早く着替えて学校行こ!!」

真の勝利の予感。

「や、ごめ、俺残念ながら暫く学校無いから寝かせ…」

再び辞書を持った義妹。将来優秀な殺人者になれるだろう…料理もその領域だし。

「……お兄ちゃん、代えの着替えとか必要?」

ドスの効いた渋い声、あぁ、妹よ…いつの間にそんな声を出せるようになったんだ い?

「あ、そっか、意識不明の植物状態でも着替えはいるよね?やっぱり」

「あー、なんてすがすがしい朝だ!!さって、起きて勉強でもしようかな、ああ、学 校が新入生の為の説明会でつぶれるなんて残念だなー。はっはっは」

「え!?そうなの?…ご、ごめん…私、知らなくて…あの、えっと…だから…その」

今までの勢いはどこへやら、急におろおろとし始め、

「……ごめんなさい、私…お兄ちゃんと…その…えっと…」

しぼんだ。ってゆーか俯いて頬そめて俺のことを求めるのはやめなさい。

見てるこっちがあせる。

「……学校に行きたかったから……」

完璧に下を向いて、はぅーなどと呻いている。

ぼりぼりと頭を掻く。咲奈が妹になってからの癖となったこの行為。照れ隠しには古 典的だった。

「あー、なんてこったー…課題を折角やったのに出すのを忘れていたー」

我ながらあまりにわざと過ぎる、馬鹿だ、と思う。けど、 とまらない。

「…え?」

「五分待て、つきあってもらう。ちなみに拒否権なぞないと思え」

ぼりぼりと頭を掻く、いや、掻きむしる。

俯いた顔は真っ直ぐ俺を見ている。

「うん!!」

太陽、そんな言葉がぴったりだと思った。

「じゃあ、私外でまってるね!!」

「なんだ、見てかないのか?」

「うーん…見たいけど…いいや」

ドアを開けて出て行く妹に、みたいんかい、と突っ込むのを忘れない。

「あの…お兄ちゃん」

ドアに寄りかかっているだろう妹に、あ?と問いかける。

「…ありがと」

「貸しにしとく」

「うん」