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高校時代の先輩に文字通り本の蟲というべき凄い先輩がいた。毎日,本代を生み出すだめに,昼食はパンを買うという口実で母親から数百円の金を貰い,昼食を抜いては放課後1冊の文庫本を買う。そして,その日のうちに読破しては翌日同じことを繰り返すのだ。当然1カ月で30冊,1年では365冊の本を読破することになる。何かと腹が減ることの多い高校時代にこうした生活は何とも無謀な話だ(決して真似などせぬように…)。先輩の体は,針がねみたいに細かった。 昔から愚か者だった私が,あるとき先輩に聞いた。『どうして,そんな思いをしてまで,本を読むのですか?』 先輩の答えはこういうものだった。『今しか読めない本があるからね』 この話の意味が解るだろうか?少なくとも諸君と同い年だった私にはわからなかった。『本なんて本屋に行けばいつでも買えるものだし,死ぬまでの間に読めばいいものだろうに。体を壊す思いをしてまで本を読むことなどない…』あの頃は,そう思っていた。 あれから,ずいぶんと時間が経って,ようやく先輩の言葉の方が正しかったことがわかってきた。問題は,『本』の側にあったのではなく,本を読む『私』の側にあったのだ。『当時の私』,つまり『高校時代の瑞々しい感覚を持った私』が永遠に失われてしまったことに気づいたのである。どうして真実に気づくのは大抵手遅れになってからなのだろう。 『知は力なり』(F・ベーコン)。もし人間が本当に偉大な存在であるならば,その理由は,私達人間が知識を蓄積し次の世代に伝達してゆく方法を知っているからに違いない。『全ての罪悪は無知から生じる』。知らないことは悪いことなんだ。貧困も差別も偏見も戦争も,全ては無知蒙昧(何も知らず暗闇の中にいること)から生まれてくるものだ。その気になりさえすれば,諸君の手の届くところに,人類5000年の膨大な知識の蓄積がある。本という形で君たちが気づいてくれることを待っている。
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