2001年5月17日 70号
ホームステイ1ヶ月

K学年主任 

 12年前の3月,アメリカのアリゾナ州のプレスコットという小さな町で1ヶ月間ホームステイすることになった。当時,私の娘たちはまだ8歳と4歳で,彼女らの母親はこれから先の1ヶ月間,中学校の教員をしながら,子供たちの面倒を一人で見なければならないことを想像してのことだろうが,そのびっくりした顔は今でもはっきりと覚えている。私の方は,英語科の教員ひとりの代役で,生徒たちの引率という仕事として行かざるをえなくなった仕方のないことなのだということを強調して,1ヶ月間がんばってくれと言って励ましたのである。私にとって初めての海外旅行(?)であり,不安はあったが,楽しみというか,いろいろな面で期待感の方がはるかにに大きかった。もちろん家庭の中では,わくわくした気持ちはあまり見せない方がいいだろうと気をつけてはいたが。アリゾナといえば,近くにグランドキャニオン,ラスベガス,ナバホ・ホピインディアン集落…とても楽しみである。気になることは,我々教員2人もひとりずつホームステイすること,英会話のこと,体の調子を崩さないことくらいか。

 3月4日夕方,生徒20数名を連れて成田を出発し,ロサンゼルス,フェニックスを経由して,十数時間後に全員が各ホームステイ先に入る。生徒たちの主たる勉強は,英会話,アメリカの生活,歴史,学校,アメリカ人のものの考え方,生き方等であったろうか。我々教員2人は,監視役でないので,あまり生徒たちのホームステイ先を勝手に見に行かない方がよいということなので,昼間は,生徒たちが世話になる高校の様子を見学したり,危険な個所がないか町の中を散策したり,夜は,招待されれば生徒のホームステイ先へ夕食をごちそうになりに行ったり,自分のホームステイ先でゆっくりした時間を過ごしたりする。私のホームステイ先は,銀行の支店長さんの家で,男の人一人の家であった。最近結婚したと言うことであるが,まだ奥さんはこちらに来ていないらしく,ホームステイが終わる頃には彼女の家へ連れて行ってくれるということである。なんだかよくわからないが,私が新婚生活をじゃましてなければよいのだがと考えながらホームステイが始まった。

 生徒たちは,一人ずつ,子供のいる家庭に世話になり,本当に自分の子供が一人増えたように面倒を見てくれる。朝,学校へ送ってくれて,帰りに学校まで迎えに来てくれる。休みには,自分たちの子供と一緒にどこかへ連れて行ってくれたり,家族全員で面倒を見てくれる。彼ら全員でこのホームステイを楽しんでいるのである。ホームステイの協会から多少の手当は出るのかもしれないが,自分の家でお金を出してでも他の人の役に立つことをするんだという信念を感じる。どの家庭も,仕事をすることが主ではなく,仕事も大事ではあるが,友人とのつきあいや,他人のために役に立つことをすることが,自分のためなのだという考えをもって生活している感じがする。もちろん,アメリカの家庭すべてがこうではないが,それほど裕福ではないと見える家庭でもホームステイを引き受けてくれるそうである。少なくとも日本よりは,生活そのものを大事にする国なのでなかろうか。1ヶ月世話になり,別れて帰るときは,生徒全員が大泣きであった。本当の親と別れる悲しさを感じたのであろう。それほどまでに他人に対して面倒を見てくれたこと,生徒たちがその気持ちを感じてくれたことがうれしい限りであった。1ヶ月で英語がペラペラになることは無理かもしれないが,本当に貴重な経験ができたことと思う。何でもアメリカが一番だとは思わないが,アメリカ人が,あるいは他の国の人がどのような生活をし,どのような考えをしているのか見聞きすることは,日本人や日本のことを考える上で大切なことであると思う。ぜひ機会があったらよく考えて,挑戦してほしいと思う。私のように30代で行くのでなく,少しでも若いうちに,少しでも長く。

 話は変わるが,今,大リーグで新庄選手ががんばっている。冒険かもしれないが,はじめからできないとあきらめていては何もできるわけがない。ぜひとも彼にはがんばってほしい。

 『できない』のか? 『やらないだけ』なのか? 自分の中に秘められた能力を捨てるようなことはもったいない。


Back
Since 2001.04.07〜