2001年5月18日 71号

修行シリーズ第2弾 私のフランス語

Y 先生 

 1993年ドイツ、シュツットガルトで、世界陸上が開催され観戦しました。女子マラソンの浅利純子選手が優勝した大会です。シュツットガルトは南ドイツ地方にあり、フランスのパリまで列車で6時間かかります。そこで大会の合間にパリのシャンゼリゼ通りに買い物に行くことにしました。朝早く列車に乗った私は、南ドイツの綺麗な景色を車窓から眺め、良い気分でした。カールスルーエ、バーデンバーデンを通過し、ライン川にかかる鉄橋を渡ったところで駅にとまりました。ここでヨーロッパの列車について少し説明します。ヨーロッパではほとんどの列車がコンパートメントといって、6人がけの部屋のようになっています。古い映画「007ロシアより愛を込めて」に出てくるオリエント急行のイメージです。

 そのコンパートメントはちょうどすいていたので、ひとりで窓の外を眺めていると一人のおばあさんが乗ってきました。そのおばあさんは大きな荷物を持っていたので、自然にその荷物を網棚に上げるのを手伝ってあげました。そのとたんそのおばあさんからまったく予想だにしないフランス語が発せられたのです。「メルシー、ムッシュ」

 私はその瞬間、どう言葉を返して良いかわからず、パニックに陥りました。というのも、もし英語で「サンキュー」と言われれば「ユーアーウエルカム」か「ノープロブレム」と返せば良いし、ドイツ語であれば、「ダンケシェン」と言われれば「ビタシェーン」と返せば良いと二週間の滞在で心得ていました。ところが、ヨーロッパは陸続きで、ライン川がドイツとフランスの国境だったんですね。それを越えればフランスに入るわけですから、いきなりフランス語でしゃべりかけられるのは自然なのです。私にとってこれは倶利伽羅峠の合戦で源義経が使った奇襲戦法「ひよどり越え」、第二次世界大戦で連合軍がナチスドイツに対して行った奇襲戦法「ノルマンディー上陸作戦」に匹敵するぐらいのパニックだったのです。

 その間どれくらい時間が経っていたのかわかりませんが、(日本人を代表してここで何かしゃべらねば・・・・)とプレッシャーの中で出た言葉がなんと「ど・ど・ど・どうも〜」でした。柔道でいえば完全な一本負けです。シドニーオリンピックの篠原選手の前にすでにフランスに敗れていたことになるわけです。

 この雪辱を果たすべく、今度フランスに行って列車に乗ったときには、完璧におばあさんに対応できるように修行を積んで深呼吸してからコンパートメントに乗り込む覚悟です。


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