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五月末の修学旅行は、二クラスごとに時間差で出発し、広島─秋芳洞─萩の順に当時お決まりのコースを辿った。
新しいクラスになってすでに一ヶ月以上が経過していたので、ほとんどの生徒はこの不可思議な3年2組にも慣れ、移動中のバスは、写真の撮り合いや、じゃれ合いや、無駄話で賑わった。私も例に違わず、バカっぽく騒いで楽しかった。
ただし女子についてはおよそ5〜6人ずつ、3つのグループにはっきりと分かれてしまっていて、一番大人しいグループがバスの前部座席に、普通のグループが中間部に、一番騒がしく、憎たらしく、色づき始めた奴らの佳子を含むグループがたんにんのたにひさ(姓:たに、名:ひさ、状態:中年女)の目の届かない後部に陣取った。私も当然後部座席で、いつもより優しい目をした女生徒たちに淫猥な言葉を浴びせたり、目的の観光地に着いたのにいつまでも女生徒たちと一緒に寝たふりをしてバスから降りず、たにひさを困らせたりしてはしゃいだ。
男子生徒の間には閉鎖的な仲良しグループのようなものは特に形成されてはいなかったが、だからといって皆が皆、仲がいいというわけではなかった。ぼさぼさ頭でチビで色黒でヤンキーのさねとも(ランキング下位)は色白の私を嫌っていたし、私も彼が嫌いだった。
女子は皆、他のグループのメンバーに対しては大抵よそよそしい態度で接していたが、佳子はその中では比較的他のグループとの付き合いもいいように見えた。彼女は前に行ったり、後ろに戻ったりして分け隔てなく交流して楽しんだ。それなのに私とはうまく行かなかった。私と彼女は友達ではなかった。唯の知り合いでしかなかった。従って二人の間で話が弾んだなどということはそれまでにも一切無く、普段よりも開放的になっているはずの修学旅行のバスの中でも状況は何一つ変わらなかった。私が彼女と同じグループの女学生たちと下らない話に花を咲かせているときも、彼女は少し離れたところから私たちを冷めた目で観察していた。
佳子は他の女生徒のように一つの集団に入れ込むタイプの人間ではなかった。彼女は他人に流されなかった。自分の力で考え、行動した。彼女は大人だった。私にはそう見えた。彼女は私の思慮浅く、陽気じゃないくせにすぐに調子に乗る幼稚さが気に入らないに違いなかった。私にはそう思われた。それ故に私は彼女を恐れ、話しかけるにも躊躇を余儀なくされ、彼女の私を軽蔑しているに違いない眼差しの焦点が私の弱々しい瞳に合わせられ、心を見透かされるとき、私はおどおどして立ちすくみ、なぶられるしかなかった。恐かった。そんな私を彼女はいつも冷ややかに笑い、哀れんだ。そうに違いなかった。
私はヤンキーかずちゃん(ランキング不定、通称トルコ、今で言うソープのこと)のミニスカートの中身を激写しようとして失敗し、大柄でこれまた色黒だけどペチャパイの割に結構色っぽくて、いつも肉のたっぷり仕込まれた太股を見せつけられては欲情をそそられてしまうかずちゃんに、
「何しとんねん、アホや!」
と罵られ、他の女生徒にも笑われたが、佳子は少し離れたところで他グループの女生徒と何か話をしながら、無表情にその光景を見ていた。その視線は私が受け止めるには強すぎた。私はどんなにはしゃいでいるときでも、佳子の視線を意識せずにいられなかった。びくびくしていたと言ってもいい。そんな風だったので、佳子に対してかずちゃんにしたような悪戯は、いくらしたくともできなかった。そんなことをするわけにはいかなかった。
佳子のスカートをめくった日から、カケフ君の影響もあって私は次第に女生徒の下半身を狙うようになり、この頃にはすでに「変態くん」の異名を欲しいままにしていたが、佳子の下着はあの日以来、一度も拝ませてはもらえなかった。私は、もう一度だけ、佳子のスカートをまくり上げたくて、悶々として過ごしたのだった。
もう一度佳子のパンティーの鮮やかな色彩を目にする瞬間は来るのだろうか? 来るとすればそれはいつ、どのような形で来るのだろうか? 私はその一刹那を求めてさまよった。
私はどこかの海岸で、佳子を除いたいつもの女生徒たちに、煌めく日本海に突き落とされ、*その後海水の染み込んだお気に入りの白黒スニーカーは異臭を放つようになり、結局旅行が終わるとすぐに捨ててしまった。
海はあの湖に似ていたが、臭いが違った。粘っこい潮の臭いが身体に絡み付いた。
修学旅行最後の夜、1組と2組の男子のほぼ全員がのぞきを決行した。男湯と女湯が隣り合わせになっていて、ガラス窓を開けて屋外に出ると、すぐそこに、女湯のガラス窓が見えた。ただ磨りガラスではあったため、私たちは秘密の花園を覗き見るのに思いのほか苦労を要した。ガラス上端のサッシにはめ込まれた際に、かろうじて内部に通じる透明な部分がわずかにあり、私たちは裸で、より良好に見える場所を求めて動き回り、狙いを定めては、*あちらこちらで歓声が上がっているのもあまり耳に入らず、入るわけもなくただひたすら、各々の持ち場で全神経を視力に集中させた。1組の巨漢ヤンキーたなぽん(影のランキング1位)が一番楽しそうに巨体とちんぽ(柔な陰毛に埋もれたもの)を揺らせてあちこち立ち回り、意味不明の言葉で喚いていたことだけは、妙に鮮明に覚えてはいるが。
心細い隙間の向こうに、熱っぽい世界が幽かに見え隠れし、生まれたままの姿になった股間の黒い女生徒たちがうごめいていたが、本当はあまりよく見えなかったので、どれが誰なのかわからなかった。石に切られた傷が右のかかとに残った。
その夜、自分の部屋で校則違反の緑のメッシュ地Tシャツ、白のサッカー用短パン(少し長めなのでロンパンという)に着替えて寝転がり、のんびりとくつろいでいた私は、白地の柄入りTシャツの下に様々な色のショートパンツをはいた恰好の、佳子を除くいつもの女生徒たち(かずちゃん+女生徒ABCD)に突如として呼び出され、腕を引っ張られ、わけのわからぬまま連れ去られて彼女たちの部屋に軟禁された。
私はたくさんの生肌に囲まれて、畳の上に敷かれてあった布団に入って転がり、太股露な女生徒Aの足首をつかんで布団の中に引きずり込もうとして失敗し、*その女生徒が上方へジャンプして私の腹めがけて落ちてきた。その女生徒は「えい」「ヤァ」「とう」とかけ声を発して同じ動作を何度も繰り返したので、私は死にそうになった。私はトランポリンではなかった。だから私がそのお返しに彼女のショートパンツを引きずりおろすと、ロータス・ピンクのパンティーが白色光の元に曝され、*女生徒たちはいきり立って皆で私を足蹴にし、
「逃げろ、逃げろ!」
と口々に叫んで襖の向こう側の、本来は布団を収納するべき場所に全員で入ってすし詰め状態になりながら、さらに
「こいつ変態や!」
とか、
「あんな奴ほっとけ!」
とかいった罵声を私に浴びせ、襖を閉めてしまった。
私は仕方なく、誰もいなくなった明るい部屋の中央の、白くて眩しい布団の上で、仰向けに大の字になって目を閉じた。幸せだった。襖の向こうからは絶えずぼそぼそと話し声が漏れていた。
数分後、私が天井の不思議な生き物のような形をした木目を眺めていると、佳子が何気ない肢体と表情で部屋に入ってきて、つかみどころのない状況を前に驚き呆れ、そのせいかどうかはわからなかったが、昼間よりも肌の色が抜けて白く硬直したような顔で、痙攣しそうなくらいに目を大きく開いて私の枕元に立ち、部屋に一人変な恰好で寝転んでいる少年を見下ろした。黄味がかった肌色の肉が光を吸収しているのか、反射しているのか、私の目の前の空間に気味の悪いくらい現実感を伴わずにまばゆく映し出された二つのふとももの奥で、水色のショートパンツの股間が膨張していて、そのふくらみから白いTシャツに覆われた女体の凹凸に沿って私が視線を動かしていった先に、呆気にとられながらも依然冷静な様子で私の顔をのぞき込む佳子の、逆さになった大きな顔、普段私を見るときよりもさらに大きくぱっくりと見開かれながらどこか影のある瞳、ぺったりと頭皮にくっついた洗いたての濡れた髪が、かろうじて幻よりもリアルな輪郭を保ちながら、私の心の揺れ動く分だけ現実よりはかなく、疑わしい影として現出したが、彼女の寒々と凝縮しながらも決して私を捨て去らない、黒々として芯のある瞳を見ていると、この危うい映像が夢でも幻想でもなくて、間違いなく現実のものなのだということが、私の意識の中で次第に明らかな表象となってゆき、それに対して私の体全体に浸透し始めていた敷き布団の冷たい感触は少しずつ現実感を失っていった。私は決して自分から声を発して、決してリプレイできないこの空間の現れを乱しはしないと心に固く決意したが、佳子が冷ややかに響く声で「なにしてんの?」と私に問いかけたので、私は「なんもしてへん」と答えてしまった。
ゲネラルパウゼ(=総休止:音楽用語)は時間の流れに逆らって、佳子の心とともに私から過去へと消え去り、襖が少し開いて
「こいつ頭変やから襲われるで!」
「近づいたらあかん、はよ離れ! はよ離れ!」
「変態や! 変態!」
「ひろかずパンツ見えてるで!」
「パンツ丸見え!」
寝転がった私の、裾のひらひらしたロンパンの股の隙間から、白いブリーフがのぞいているようだった。私ははっとして足を閉じ、恥ずかしさに頬を染めた。ずっと見られていたのかも知れないと思った。股間にすーっとした感触が走り、私は思わず身体を起こした。
「どこ見てんねん、脱がすぞ!」
「脱がすんやったら佳子脱がしたり、佳子! 佳子今日ヒモパンやで〜」(かずちゃん)
「嘘ゆわんといて!」(佳子)
「あ〜、佳子また嘘ついとる〜、佳子ほんまにヒモパン穿いとんにゃで!」(女生徒B)
「まだあるで〜佳子の秘密。ブラジャーフロントホックやで。私が外したろかー? 愛撫したりーなー」(女生徒C)
「前戯っちゅうにゃろ、それ?」
「何ゆうてんのっ!」(佳子)
「あほや! あほあほあほあほー」(女生徒D)
襖を全開にして押入から次々に出てきた明るすぎる女生徒たちは、佳子を私から引き離そうとしたかと思えば、逆に私の方へ押しやろうとし、私は楽しそうに笑いながらよろめく佳子の、尻にヒモパンの食い込んだ恥ずかしい裸体を想像しながら、バカっぽく笑いながら、その光景の中にいた。ふと部屋の隅を見ると、いつからそこにいたのだろうか? その騒ぎには参加せず、ショートパンツからなめらかな太股を畳の上に放り出してマンガを読みながらこちらをちらちら窺っている女の子(女生徒E)がいて、私が、
「暑いやろ、Tシャツ脱いでみ」
と言うと、彼女は冷めた目で私を見た。その視線のひんやりした感触と、畳の上に出しっぱなしでぺちゃっと形の潰れた太股の映像との融合が、私の興奮の潤滑油として心地よく、私は彼女の太股を食い入るように見つめるしかなく、そのことによって彼女はより一層私を憎んだ違いなかったが、私は全く気にならなかった。それどころか私は彼女にこのような下品な言葉を浴びせたのだ。
「レイプしたろか?」
彼女は失笑した。
彼女たちはことごとく、白地の柄入りTシャツに有色のショートパンツ、といった恰好をしていた。
やがて私は生徒指導の俊一郎に見つかり、自分の部屋に連れ戻された。夢見心地のまま・・・。すると、どこからともなく現れたヤンキーのさねともが、私の背後でぼそっと「いちゃいちゃしてなよ」とつぶやいた。私が振り返ると彼は目をそらした。
次の日、修学旅行最後の日、山陽地方は朝から雲行きが怪しく、萩の散策に充てられていた昼の時間、数時間後には新幹線に乗って帰途につかなければならなかった私たちに、中空に漂う不気味なくろがね色の雨雲からスターサファイアの微細な水滴が降り撒かれ、街は隅々に至るまで、霞がかかって見通しは利かず、物悲しく厳かな幻想のベールに覆われたが、予定通りグループ別の自由散策は行われて、雨を恨む生徒はいなかった。
高杉晋作、伊藤博文、山県有朋等、多数の志士を排出した松下村塾は、小学生の頃一度家族旅行で来たことがあったけれど、昔と変わりはないのかどうか、古い記憶はおぼろげで、私にはわからなかったが、確かに、ここへは来たことがある、と思われた。
維新の頃を思わせる土塀、石垣に沿って、水分にまみれながら、私たちは歩いた。小雨はいつまで経っても止まず、*どこまでも歩き続け、塀の向こうに連なる夏ミカンの木が小さな白い花を付けていて、甘酸っぱい香りを私たちに分け与えた。黄色い実が見られるのは八月中旬頃までである。
傘をさす生徒なんていなかった。
この時の私たちにとって、今が昭和であっても、幕末であっても、どちらでもよかった。私たちはただ互いの心の中のみに生きていた。
吉田松陰が斬首の一週間前に両親へ宛てた遺書の冒頭。
「半生の学問浅薄にして、至誠天地を感格する事出来申さず、非常の変に立到り申し候。さぞさぞ御愁傷も遊ばさる可く拝察仕り候。
親思ふこころにまさる親ごころけふの音づれ何ときくらん 」
彼は三十歳でこの世を去った。
自由時間も残り僅かになると、生徒たちは土産物屋に集まり、思い思いに気に入った品物を手に取ったり、眺めたりして、まじめで大人しい生徒から、目つきの怪しい不良生徒に至るまで、無邪気に旅の余韻を楽しむ、そのような微笑ましい光景を私は目にしたのだが、彼ら、彼女らのシャツの白い色が店の蛍光灯の光を反射して輝いているように見える様子から、個々の限られた命を連想することは、飛躍のしすぎだっただろうか?
私は、「Sweet Memories HAGI」とブルーに彫られた、ハートの形をした、シルバーメタリックのキーホルダーを一つ買ったあとも、集合の合図があるまで、店内をあてもなく歩いていたような気がする。
私は散策中に拾ったエロ本の束を得意になってバスに持ち込み、特に女生徒の席の固まっている辺りにぶちまけたが、男女を問わずクラス全員から非難の集中豪雨を受けるといった有り様で、*私は出発直前だというのに全力疾走でそれらの宝物を適当な場所に捨てに行かねばならなかった。
バスに揺られながら後ろを振り返ると、いつの間にスカートを脱ぎ捨てたのか、水色のショートパンツをはいた佳子のふとももが、私の視線を感じて肉感を白く萎縮させていて、繊維の皺が、股間のふくらみをなぞりながら、佳子の秘部に向かって流れ込んでいるのが、昨夜よりも卑猥な印象を私に与えたので、「何よ」と言って私を睨む彼女の大きな瞳は、女性器のように私の性欲をなま暖かく包み込んだ。
新幹線のホームに、時折身体が飛ばされるかと思うくらいの突風が吹き、スカートをまくり上げられた少女は悲鳴を上げた。私は佳子の姿を探したが、見つけることはできなかった。
新幹線の車内で、さねともが女たらしのマンピ(これもヤンキー、ランキング不定)とともに、例の女生徒たちに近づいて妙にはしゃいでいた。しかし私と話すときだけは、彼の目は灰色に変色した。
この旅行には後日談があった。
旅行から戻って二、三日経ったある昼休み、ぶかぶかのスリータックをはいたさねともが、
「ひろかず女風呂のぞいとったぞ」
と、貧相な笑みを浮かべて女生徒の誰かに下らない言葉を吐き、たなぽんも彼に同調して、
「ひろかずのぞいとった! ひろかずのぞいとった!」
と言い散らかしたので、私が女風呂をのぞいたという陰謀にまみれた局所的事実はあっと言う間に1、2組の女子全員に知れ渡った。おかげでそんなことは決して無かったにもかかわらず、私はまるでその事件の首謀者であったかのようにみなされ、またたく間に二十人近いクラスの女生徒たちに机を囲まれて、涙ながらの抗議を受けなければならなかった。廊下ではさらに二十人ほどの1組の女生徒たちが集まって不吉なざわめきを高めつつあった。磨りガラス越しに様子を窺うと、その中には常々私が畏れていた滋賀の総スケ番、クーコ(ランキング不動の1位)のものらしい影姿も認められた。
2組の女生徒たちに囲まれて身動きのとれなくなっていた私は、自分が大勢の中の一人だったことを主張しようとしたのだが、すでに彼女たちには私の言葉に耳を貸せるだけの感情の平衡状態は失われていて、私一人が変質的のぞき魔ではないことをいくら主張しても、
「人のことはどうでもええやんか!」
とか、
「何であんたは言い訳ばっかりすんのよ!」
とか、
「そんな人やとは思わへんかった!」
などと一方的に責められ、押され、私はその圧力にガラス窓を背にして後ずさり、頭からガラスの破片をかぶってしまった。さすがにその時は私も、あとで友人に
「お前顔真っ青やったぞ」
と言われたくらい、精神が極度の緊張状態にあり、さねともの醜悪な言動に対して怒りを表す余裕もなく、あれこれといいわけをして無駄な抵抗をしてはみたものの、大勢の女生徒の怒号と涙には到底かなわず、
「見ようと思たんはほんまやけど、見えへんたんや」
と言っても信じてはもらえず、結局私は
「ごめんな」
とみんなに謝ったのだった。ただ、修学旅行で共に戯れた女生徒たちは、その夜は規則を破って部屋の風呂を使用していたらしくて、自分たちのあられもない姿が男子生徒の見せ物になった可能性が全く無かったこともあってか、その騒ぎが小康状態に入り、私が疲れ果てて席に着いていると、子供にありがちな無責任さで、
「私ら味方やしな」
と、感動的な言葉をかけてくれるのだったが、そのグループの中で佳子一人だけは、浮かない顔で何も言わず、私を責めもせず、慰めもせず、白々と彼女らのそばに立っていた。そのために私は一抹の不安に襲われたのだけれど、それでも騒ぎが一段落したことでささやかな安堵感に包まれていたのも確かだった。私は椅子に浅く腰掛けて、両手をだらんと垂らし、悪戯書きの乱れ飛ぶ黒板を見つめて溜息をついた。
さねともが黒板の端に立ってこっちを見ていた。ついさっきまで泣きわめいていた女生徒たちは、魔物にでも憑かれたかのような妙な表情ではありながらも、至って静かに、皆で手分けをしてもくもくと砕け散ったガラス片の後片付けを進めていた。騒動の間、いつ自分の身に降りかかるかも知れない火の粉に身構えながら、私たちの動きを遠巻きに見守っていた怯える傍観者たるクラスの男子生徒たちもその役目を終えたかのように三々五々散り始め、ガラスの破片が塵取りに掃き込まれるジャラジャラという音に混じって少しずつではあるがいつもと変わらぬ無駄話も、突然思い出したかのようにひそひそと囁かれ始めて、クラスは普段の状況に戻りつつあった。
さねともは硬い表情でずっと同じ場所に突っ立っていた。彼は私を見ていた。相変わらずのぼさぼさ頭で。そこへオールバックのマンピが、ズボンのポケットに突っ込んだ二つの握り拳を左右に思い切り引っ張った状態でふらふらと近寄り、耳元で何事か囁いていた。彼らは私と目が合うと不気味な笑みを浮かべたが、しかし、とにかくクラスは平静を取り戻し、事態はあいまいなまま収束していくかに思われたのである。
だが何も終わってはいなかった。それは悪魔のような声だった。
「ひろかずー、ちょー来いや」
声のする方を見ると、真っ白い顔をした聖子ちゃんヘアーのクーコが、教室の扉の隙間から私を睨み付けていた。私は立ち上がらざるを得なかった。私は廊下に出てクーコを見上げた(私はそんなに背の低い方でもなかったが、クーコ初めりえちゃん、かずちゃんなどのヤンキー少女たちよりも、少し小さかった)。クーコの後ろで1組の女生徒たちが集まって泣いていた。クーコはいきなり髪を振り乱して怒鳴り始めた。
「バレたんやったら男らしく謝れよ! きっちりすっとこはきっちりせえや!」
私はいきなりカウンターを食らわされたが、ヤケを起こさぬよう注意して、ゆっくり反論した。
「さっきもうちのクラスの奴らにゆうてたんやけど、見よう思たけど見えへんたんや」
もちろんクーコの勢いは止まらない。
「そんなもん口では何とでも言えるやろ! 証拠あんのか!」
「そんなもんあらへん。それやったら俺が見たっちゅう証拠も無いやろ」
「ほなお前は見ようともしてへんたっちゅうんか!」
「そんなことゆうてへん。見よう思たけど見えへんたんやてゆうてるやろ」
「そうやったとしてもやろうとしたことは一緒やろ! 見よう思たことについて謝れや!」
「俺だけが見てたんちゃうんや。1組と2組のほとんど全員が見てたんや。何で俺だけにゆうねん」
「それでもお前のしたことに変わりはないやろ! お前は自分のしたことに責任取れへんのか!」
何かムカムカしてきた。
「謝らへんゆーてんのちゃう。俺だけを何で責めんのかてゆうてんにゃ。他の奴も呼んでくるわ」
「他の奴は他の奴や! まず自分のしたことについて謝れや!」
私は遂にブチ切れた。
「そやし謝るのは謝るっちゅーてんにゃろ! そやけど俺だけを責めんのはおかしいんちゃうんかっちゅーにゃ、 ちゃうんかっ!!」
クーコは少したじろいだ。
「ほなまずお前が先に謝れや。一回謝ったらそんでええにゃんけ。他の奴のことはまたあとで考えたらええにゃ」
このように、クーコにまくし立てられた私はおしっこをちびりそうになりながらも必死に応戦をした。押し問答の内容はこの程度の量ではなかったが、いかんせん感情が理性を打ち負かしていたので、他にどんなことを言い合ったのかほとんど覚えていない。だが特に印象に残ったことはクーコの言い分がヤンキーにもかかわらず至ってまともだったことである(以前私はりえちゃんを廊下で突き飛ばし、壁に頭をぶつけてうずくまる彼女を放置して何も言わずに逃げ去り、あとできつく叱られたことがあった。私はそのときも同じようなことを感じていた)。またクーコの次のような発言もいまだ私の脳裏を離れない。彼女は激論の途中でこうのたまった。
「私らの裸見たい気持ちはわかっけどよ〜」
私は、
(わかるなら見せろ)
と思ったが、口には出さなかった。クーコは目つきこそナイフのように鋭かったが、聖子ちゃん似の美人であることに変わりは無く、そのクーコと長時間の接近戦を戦っていたのだから当然と言えば当然なのだけれど、あろうことかこの言い争いの間私はずっと半立ちにさせられていて、そんな自分がほんの少し情けなくもあり、また悦ばしくもあった。
さて肝心の議論の行方はというと、不毛な言葉の応酬が延々と続けられた末、結局事件の全体はひとまず置いて私は私の行いについて陳謝すべしということでいつの間にか合意に至ってしまった。クーコが相変わらず馬鹿の一つ覚えみたいに団子のように固まって泣いている1組の女生徒たちに、
「お前らちょー静かにせえや。ひろかず謝るてゆうとるし」
と呼び掛けると、面白いように泣き声はぴたっとやみ、私はまたもや
「ごめんな」
と謝ったのだった。
次の時間は、去年の私の担任で、万引き事件等で私のことを色々と心配してくれたのだが、妥協しない性格が災いし、ヤンキー連中との衝突事件の絶えなかった川辺(♂)の国語だったが、事態の重さを悟った彼は、その時間をクラス全体での話し合いに充てるという特別措置を採った。
まずは女生徒たちの涙ながらの抗議を男子生徒が、うつむきき加減に、表情を強ばらせ、陰気な感じで黙って聞く、ということから反省会が始まり、女生徒たちが一通り言いたい事を言い終えたあとは、男子生徒が一人ずつ、ランダムに立ち上がって女生徒たちに謝った。私は、実際に犯した行為以上の非難を不当に受けたと感じていたこともあり、また、すでに一度女生徒たちが泣いたり、興奮したりしている前で謝っていたこともあって、その場で再び謝意を表すことはしなかった。立ち上がって謝らなかった男子生徒は、私とたけむらだけであった。たけむらは私と同じくヤンキー化以前の段階にある一風変わったサッカーマンだった。角刈りのたけむらは席の近い、特に興奮していた女生徒にだけ、
「ごめんな」
と言った。
女生徒の一部のグループが、反省会が終わった後も、私が立って謝らなかったことについて、再び私に憤りをぶつけるため、私の周りに集まって来た。私の悪い予感は的中し、その中には佳子の姿も見られた。彼女たちは私のピリッとしない態度を責めたが、先程の激高した状態よりは、多少態度が柔らかくなっていた。さすがに時間が経つと、女の威厳を賭けた戦いも落ち着きつつあった。私は彼女たちが、まだ吐き出し切れず腹に溜まっているものを、私にぶつけてくるのを、大人しく聞いていたが、
「あんたが一番に謝るて思てたのに」
と、寂しそうな顔をする女生徒もいて、私は自分の行動、すなわちさっきの反省会で謝らなかったことに対して、自信を失っていくのだった。だが私は、正直に白状すると、少し楽しかった。なぜなら、クラスの女生徒たちと、これほど辛辣な内容について言い争う機会など今までには無かったし、これからも無いだろうと思われたから。私には、クラスの全員が、一緒に生きている、ということが、嬉しく感じられた。雨降って地固まるという風に、この日から2組の団結力が増強されたように思う。
さて私は、みんなで見ていたんだと、繰り返し言い続けていたにもかかわらず、誰が見ていたのか個人名を挙げろと責められていた。
「あんたさっきからみんな見てたみんな見てたばっかりやんか。誰が見てたんか名前ゆいいな。そんなに男の友達が大事なんか。男の友情てそんなんか」
と佳子に諌められて、私は思わず、
「たけむら」
と言ってしまった。彼女たちは私から離れ、たけむらの所へ集まって、何やら話し合っていた。あとで彼は、
「何で俺の名前出すねんや」
と言って、私を責めた。
結局1組の女子にまで謝らされたのは私だけだった。クーコは自分の面子が保ててさぞ満足だったろう。
大変な事件だったのだが、そこは思春期の少年少女たちのことである、忘れ去られるのも早かった。週が明ければ、私たちは何事も無かったように、事件の前と変わらぬ陽気さで振る舞った。ただし、この事件の真相について、より具体的なこと、誰が誰の裸体のどの部分を見たのかということに関する興味は、一時の感情の盛り上がりが収まったあとも、全ての女生徒の心の隅にノスタルジックに残留し、私はその後数年に渡って、ふとした機会に、何度と無くさりげなく尋ねられたのだった。
「あれほんまはどうやったん?」
と。
だけど隣の中学の番長なんてヤンキーの女生徒を、男子生徒を閉め出した部屋に引きずり込んでレイプしていたそうだから、それとくらべると私たちの事件なんて子供の遊びみたいなものだった。
放課後帰り際、私は廊下をふらふら歩いているさねともを見つけた。彼はにやにや笑っていた。私は助走をつけて彼の腹に膝蹴りを入れ、気味の悪い悲鳴を上げて倒れたところ、顔面と金玉交互にトウキックをお見舞いした。彼は血の混じったよだれを垂らし、
「助けてくれ〜、助けてくれ〜」
とうめいていた。
「死んどけや」
私は捨てぜりふを吐き、彼をそのまま放置して去った。下駄箱の前で靴をはき替えながら振り返ると、カケフ君がゴムまりのように飛び跳ねながらわめいていた。いやに楽しげに。こんな風に。
「さねとも死にかけとるぞ〜、さねとも死にかけとるう〜、死にかけとるぞ〜っ!」
翌日彼は学校に来なかった。
またその日、大騒ぎのあった日の夜こそ私はクーコの力感みなぎる肉体をおかずにして楽しんだが、以後私とクーコは、明確な形の事件として表に現れることさえ無かったが、感情のわだかまりを拭うことができず、卒業までずっと反目し合うことになってしまった。それは私がどちらかと言うとクーコと対立していたグループの女子と仲が良かったこともあったのだと思う。彼女はどんなに機嫌良く友人とのお喋りに耽っているときも、私の姿を見るや否や、即座に表情曇らせて目をそらした。私の悪口を囁いているらしいときもあった。ついでに言っておくと当時番を張っていたリーゼントのハヤさんはクーコと全校生徒公認の仲であったが、彼は性格に問題があり、その一例としてさねともやシゲルを強烈に嫌っていた。しかし彼らと立場的に近かったにも関わらず、私はなぜかそれほど嫌われてはいなかった。このことはその後のヤンキー連中のいがみ合いとは少し離れた安全地帯で、私が快適な中学生活を送るのに少なからぬ効用をもたらした。
この頃にはすでに諸々の様子から、近々男子のヤンキーも女子にならって二派に分裂するだろうと察することは想像に難くなく、実際にそうなって、それからというもの彼らヤンキー連中は、喫煙所としてのトイレを分かれて使用した。1組から3組の教室があり、たなぽんクーコさねともマンピのいる一階のトイレは、シゲルやさねとものグループとどの派にも属していないたなぽんが主に使用し、ハヤさんやりえちゃんのいる7組の教室がある三階のトイレはハヤさんのグループが使用した。シゲルのいる6組の教室は二階にあったが、二階のトイレは誰がやってくるかわからず、ひょんなことから大きなもめ事の勃発する可能性があったので、彼は必ず一階に降りて喫煙をした。女子の方もこれに近いなわばり意識があったと思われるが、りえちゃんなどは結構気軽に一階の2組や3組にひょこひょことやって来ていたので、私は何事も起こらねばいいがと、冷や冷やしながら日々を過ごした。
しばらくして、いろんな意味での旅行の興奮も冷めてしまった頃、数枚の記念写真が掲示板に貼り付けられた。クラスメート全員で撮った記念写真には確かに、私と少し離れて、佳子の影のある微笑が収まっていたのだが、それは本当に佳子だったのだろうか? でき上がった写真を見て、ふとそう思ったときには、夏がすぐ近くに来ていた。
私は夏が嫌いだった。水泳の授業で色白な上に貧弱な肉体をさらけ出さねばならなかったからだ。ただしその形状については余分な肉が無いというだけで、腕相撲などで力くらべをしてみれば他のいかにも逞しいといった体つきの男子生徒にも勝つことができた。腹筋や腕立ての回数も平均以上だった。だからこそ、見かけだけで弱々しいと思われるのはいやだった。特に女子には。でも逆に見るのは好きで、前の年同じクラスだったむちむちの肉体を持つりえちゃんが、校則違反の競泳用の際どいワンピースを着てプールではしゃいでいたとき、まさにおわんのような二つの乳房の真ん中に、いやらしい突起物がはっきりと見えていたことを私は今も忘れない。そのときは私も海パン一丁だったので、勃起しないよう気を付けていなければならなかった。ただ、りえちゃんの飛び回る姿があまりにも溌剌としていて、私はとても不安になった。まるで私の陰湿な視線を拒否しているかのように思えたから。しかしもちろんそんな妄想はすぐに忘れ、私はその夜、昼間見たりえちゃんのむっちりした乳首付きの肉体をおかずにしていた。私はそんなに夏が嫌いだったわけでもないのかも知れない。
中三になっても印象の薄れつつあるマツモト先輩のレオタード姿に混じっていろんな形のりえちゃんがおかずになる頻度は高かった。
蝉の合唱が高まりつつあった。そのことは私が今、確かに生きているということを証明していた。