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その年の佳子と仲良くなれずに突入してしまった夏休み、幼馴染みでヤンキーのシゲルと原田知世主演の「時をかける少女(角川映画 : ラベンダーの香りに象徴される思春期のノスタルジーが、少年少女の実存を奪い去る)」を観、*透明な水色の望郷感に心が仄かに色づけられた帰り、風俗店に挟まれた靴屋のある例の通りを経て、万引で捕まったくらいの経験しかなかった私は、ヤンキーの溜まり場に初めて足を踏み入れた。
そこはたなぽんのプレハブ部屋で、煙草の煙とローリングストーンズが混ざり合って閉め切った部屋に充満し、学校ではそれぞれあまり良くない意味でクラスの中心的存在として、好き勝手な行動を繰り広げていた連中が集結していて、テストの得点力から考えてこのような場所に来るはずのない人間だった私に、冷たい視線を浴びせてきたが、番長のハヤさんと同等、いやそれ以上の実権力を握っていた学年一の巨漢たなぽんに、一度遊びに来るように誘われていたこともあって、私の気後れは大したものではなく、たなぽんに煙草の火をつけてもらって一服肺に流し込むと、そこには「チャンス到来、チャンス到来」と心で唱える浮き浮きし始めた自分がいた。
私は淡い想いでずっと望み続けてようやく手に入れた特異なアイデンティティー(成績優秀+不良)が、新学期に再会する佳子やそれ以外の女子及び男子生徒の、驚嘆と好奇、嫉妬と軽蔑と恐れが、複雑に入り交じった感覚を誘起して、彼等の表情を縦に、横に、斜めに、いびつな風情に歪ませるのを想像して楽しかった。自然に笑顔がこぼれ落ちた。私の想像の中で佳子は、どことなく寂しそうな雰囲気で、放課後の廊下の隅に立ち、私を静かに罵った。大きな尻をしているくせに。
ヤンキーたちは私の成績を大いに気にした。
「何が一番得意やねん?」
「数学」
「何点ぐらいやねん」
「百点」
「どんな勉強してんねん?」
「なんもせんでも百点」
「なんえソレ!」
ムチャクチャな髪型をした隣の中学の番長はこれ見よがしに顔を歪めた。彼はシャブ中だった。たなぽんが、
「今度勉強教えてくれや」
と言ったので、私は、
「うん」
と答えて、ふーっと煙を吐いた。その煙がたなぽんの顔まで達し、私は「やべーっ」と思ったが、何事も起こらなかった。
夏休みの初め、たなぽんのプレハブ部屋では、高校野球地方予選賭博、自作ラブソングの披露、及びプロレス、ケンカなど、毎日盛り沢山の催し物が行われた。その中のイベントの一つで、図らずも私が主人公にさせられたものがあった。それは一年時から売春をしていると噂のある8組の香田奈美に、私が交際を申し込むというものだった。彼女はパンダをほっそりさせた感じの少女で、いつも亀頭みたいな髪型をしていたが、制服の上からでも十分に予測できるむっちりグラマーな肉体にそそられたことが無かったと言えば嘘になる。ただ彼女は、隣の中学の番長と怪しい関係でもあり、信頼のおける筋によると、彼はたなぽんの部屋で彼女の乳首をおいしそうに舐めていたそうで、そのことは少し気がかりではあったのだが、成り行き上イベントを中止することはできなかった。もちろんその日は隣の中学の番長の姿は見えなかった。私はたなぽんが差し出した紙切れに書かれた番号をダイヤルした。
「はい、香田です」
「もしもし、あ、奈美さんいますか?」
「私やけど、誰?」
「小林、2組の、わかる?」
「2組の〜? 何となくわかるけど〜、何?」
「あ、今たなぽんのとこにいんにゃけど、付き合ってくれへん?」
「え?!誰と?」
「俺と」
「え〜、ん〜」
「あかん?」
「え〜、ん〜」
そこへたなぽん。
「ちょっと貸してくれや」
話し出すたなぽん。
「ひろかずて知ってっけ、2組の、お前のことが気になんにゃてよ、そんで、付き合って欲しいてゆうとんにゃ。ひろかずのことどう思てんねん。え? あー、そうか、おう、何でやねん、おう、そうか、おう、わかった、ゆうとくわ、ちょー待っててくれや」
たなぽんは受話器片手に私に向き直り、ぶよぶよした顔で、
「どんな人かはわかるけど喋ったことないしそんな急にゆわれても付き合えへんてよ。そやけどありがとうてゆうとった」
と、当たり前だけどあっさりした結論を伝えた。せっかく女とやれるかもと期待したのに残念な結果ではあったが、確かにいくら尻軽の安物女とはいえ、話したことも無いのにいきなりというのは甘かった。するとたなぽん、
「今度はシゲル行け!シゲル!」
天然パーマのシゲルが受話器を取った。
「あ、もしもし、俺、シゲル、ほな俺と付き合ってぇな、ほんま頼むわ、お願いしますっ! な〜、こんなに頼んでんにゃ、ええやろ、な〜な〜」
そこへまたもやたなぽん。
「シゲルもお前と付き合って欲しいゆうとんねん。どうすんねん。どうやねん。おう、おう、あー、おう、わかった」
シゲルに向き直るたなぽん。
「シゲル君やったら知ってるし、付き合ってもいいかな、やてよ」
と、これまたあっさりと。私はその日一日、何となく変な気分だった。
夏休みに入ってしばらく、私はたなぽんの部屋に入り浸ったが、そのうち飽きたのか、何かのきっかけで行き辛くなったのか忘れたが、そこへは行かなくなってしまった。
(この章まだ続く)