| 晩餐イメージ(小説「祖母しづの最期」より) 小林HDkZ こんな晩餐の一夜は長い。いつしか客は疎らになっていて、給士たちの動きに緩慢さが見え始め、一人のウェイターが、間の抜けた笑いを浮かべて、片手にアルミの盆を持ち、それをひらひらさせながら、磨かれていたはずの床を、早足で、無言で、駆け抜け、すべるように、そしてふっと、姿を隠した。そのとき全く突然、ジャズっぽいBGMが私の耳に意識され始め、その音楽を聴いているだけで、何も食わずにいられるのなら、何も食わずに済まされるのなら、と、しかし私たち個々の違いは余りに大きい、隔たりであって、ビールをしこたま腹に入れている父サダムが、二回ほど咳払いをしたのを、その咳払いが妙に高い音で響いたのを、ちょっと喘ぐように笑った祖母しづも、さらりと流した母かづ子も、同じ場所で同じ時間に生きているようで、生きていないようで、だからこれは錯覚ではないかとちょっと思った。私はひどく喉が渇いていて、オレンジジュースを取りに行き、戻ってくると、その動作が一つのアクセントの作用を、及ぼし、夜がどういうものなのか、今まで全然知らなかったように、感じられたが、祖母しづは知っていたのだろうか?祖母しづの抱え持っている夜は、私のそれより、遥かに大きい。夜は、暗くて静寂で、美しいこともある夜は、祖母しづにまつわる人々と、冷えて白くなっているかも知れないスプーンの前で、待ち焦がれられたメイン・ディッシュのように、燦然として開く。物事は何て急に変わることだろう!・・・・・始まりは終わりで、終りは始まり。生は、死の始まり。夢の終わり?夢の終わり?・・・なんみょーほーれんなむあみだぶつー |