ディナー終了〜夜明け(小説「祖母しづの最期」より)
小林HDkZ
部屋へ戻る途中、私たちは幼子を連れたヤンママと擦れ違った。幼子は風船を二つ持っていた。
お約束通り祖母しづが絡む。
「わうわうわうわう、よちよちよち、あっぷっぷ〜、あっぷっぷ〜、あはぁ〜」
祖母しづは幼子に風船を一つもらった。
かくして刃傷沙汰も起きぬ内、一くさりのお喋りにもようよう存続の限界が見え始めた頃、様々の思いが交錯しただらだら坂を這い下りるような、驚嘆すべきディナーは終了したのだった。
私は一人で部屋に戻った。
夜っぴて眠れず、朝ぼらけ。朝まだ来。朝遠からず且つ近からず。地上三十五階の湖に向いた大きなガラス窓のカーテンを開ける。きらびやかな燐光。軽金属の破片がちらちらと立ち上るようでいてあまりに穏やかな水面・・・
明け方の灰色の空が徐々に赤らみ、パウダーが撒かれ、ばら色に染まった。
私はじっと外を見ていた。(徘徊していなければ)隣の部屋で寝ているはずの手元不如意なる祖母しづを想いつつ。
朝の空が水面に影を落としている。
濡れそぼったガラス窓がある。やわらかな光があり、綿々たる湖がある。
そうしてる間にも食事の時間は刻一刻と近づいている。祖母しづの死、ひいては私たちの死も近づく。
鏡に映った乱れ浴衣の私が微笑する。そのとき彼の眼に、深い満足の表情が輝いた。
果ては魂という固体を、もぎどうに保ちかねて、氤うんたる暝氛が散るともなしに四肢五体に纏綿して、依々たり恋々たる心持ち・・・祖母しづ、寤寐の境にかく逍遥す。
唐紙がすうと開き、女の影がふうと現れ、暗闇の中にほのめく祖母しづ。夜の幕はとくに切り落とされているにもかかわらずしづ・・・・・
私の脳裏で、このようなそういうものが蜃気楼でもこれほど奇異な綾をなしえないと思われるほど、不思議な空中楼閣を築きあげたのだった。
私は何気なくドアを開けた。
廊下の奥まったところ、非常口のランプの下に、辛うじて浮かぶしぼんだ風船と、下膨れの後ろ姿が見える。あれは祖母しづ。マトリョーシカのよう。
こっちを見ているのかも知れない。
私は静かにドアを閉めた。
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