「彼は小説家になったようですね」
 と私。
「ええ、自分で創作し、自分で評論しているようですよ」
 と仁美。これ以降、どっちがどっちかわからなくなる。
「絶賛されるといいですね」
「そうですね。全国津々浦々まで行き渡り・・・」
「公園でぶゅーはまだですかね」
「うまく開花すればいいですね」
「エスパー速読法で」
「ええ、その方法で」
「それはそうとトマス・ピンポンの新作読みました?」
「ええ、もちろん」
「才能ありまくりでしたか?」
「漱石再臨でしたね」
「でもやっぱり多和田よい子や笙野よい子の方がいいですね」
「おのまとぺがもうちょっとでしたね」
「うるち米殺人事件は?」
 徐々に仁美は自己主張を始める。
「何ですか、それ?」
「私の著作です」
 ・・・・
「T彼はうるち米を一粒一気に頬張ったUで始まるあれですか?」
「そうですそうですその通り。どうでした?」
 例えようのない重苦しさが場を包む。
「主人公が語り得ないものに関する沈黙について語る章などはどうでしょう?圧巻ではなかったですか?」
「そうです。圧巻です」
「・・・・チャンスさえあれば私とて、ええ、劣悪な環境なかりせば・・・」
 また仁美のペースにはまるのだろうか?
「ええ、ええ、もちろんあなたは < 家ダニの分際で、この汚らわしいテーノー女 > であるとか、 < すかんぴんのおかんこなすっ、がげんかつぎの意味合いでずわいがに片手にお立ち台に上がったような状態である > などと恐らくはお思いではありましょうとご察しはつきつけ兼ねますが、でもですね、ブレイクは時間の問題なのでありますこれほんと。社会派エンターテインメント。そのあかつきにはぜひぜひ願います。とはいえ、わたくしはこれまで、仕事の虫として順調にやってまいりましたし、立派な社会人ならばこそありとあらゆる手段によってあれこれうやむやに葬っても参りました。そしてまたそんなわたくしは世の男どもにとって攻撃の対象とするに打ってつけの存在でもありました。プライベートを根ほり葉ほり聞いてくる無礼者もおりました。それはセクハラになりませんか?」
 私に聞かれても困ってしまう。
「とはいえ、それでさえ貧乏の賜物であるとして処理してまいりましたし、従って女流作家であるからといって非難される覚えはどこを探しても無いのです。あそうそう、ただ四十になっても結婚もできず自立もできず親からたっぷりと仕送りを受ける笙野よい子みたいなほんとにしょうのない恥知らずもいることはいます。が、かわいそうなかわうそのような笙野さん、土台無理な話なのです。護国寺のジョナサンで執筆中との噂も聞きますけれども、女であると同時に書き続けることもできるといった芸当は押し合いへし合い速攻実行即実行なわたくしの如き才女にのみ可能であるというわけです。おわかりですか?おかわりはありません」
 私は < おかえり > になりたい心境だった。
「少しロジックが強すぎましたでしょうか?でもそれは止むに止まれぬ事情が引き金となって巻き起こされものであり、決して単なる私的願望に幻想を被せただけのフロックではありませんでした。それでもあなたにはなまじ女とツアコン二足のわらじを穿いていると聞けば恥知らずの冒険者に見えるのでしょうね。まあでも、あまりにドラマティックに成功してしまうとちょっと恐い気もするでしょう、ね。妥当な機会を見計らって勝利宣言でもぶち上げましょうか?ドラスティックに。さすればどうでしょう、きっかけさえあれば私もルーブルに・・・無論えこひいきなどしてはおりませぬ。その辺、割り引いて考えて頂けたらと存じます。ひょうたんからゴマということもありますから。長々とうんちく垂れ流してすみませんでした。でもうんちではないのでね。んきゅ?おトイレ?おトイレですか?ええ、ええ、もちろん、もちろん、私から逃げるのでなければさあどうぞさあどうぞけれども、まぁ、音楽の嗜好としてはメロウな曲が好きですね」
 最後が特に拍子抜け。私の脳裏に < 虫ケラ > という言葉が浮かんだ。それはイナゴのようなもの。ハイテンションのゴキブリにアースジェット噴射したくてたまらない、そんな気分。私は一階トイレへ向かいながら、背後にこんな人声ともどよめきともつかぬ轟きを聞いていた。
「私のNameはヒ・ト・ミ。しいて言えばブルジョワジーの肉塊です」
 生やさしい言葉で誤魔化そうとしているらしい。以下は後で伝え聞いた私の不在時の仁美の様子である。
「わたくしども生え抜きは頑張らねばなりません。いわばですね、妙な一言を付け足す小癪で小粋な通訳でありたいと常々ですよ、常々願っているのです」
 当然の如く誰からも相手にされるはずがない。
「まもなくくまなく実行されることでしょう」
 かはーっ、アホだコイツ!
「ですよですね」か?
 何考えとんだーっ!
「ですようですね」
 もうどうにもならない。
「材料費を加減してファクトリーを立ち上げ、げんかつぎには宝くじの購入を、」
「死ね」
「何ですかそれ?・・・誰ですかっ?!・・・搾取です!それ搾取ですっ!!」
「ペットボトルの分際で何を言うか!」
 それがあまりにも気の利いた言い回しだったので、仁美は < だっこーる > の連射後、ぽんと弾けてボトルになった。