2.友達の友達
世の中には不思議な存在がいる。
きっと存在しているはずなのに絶対に会えない。
世の中の大半は普通の人のはずなのに、信じられないような確率で
とんでもない体験をしていたり、とんでもない職業についていたり、
有名人だったり、有名人と知り合いだったり。
それが「友達の友達」
実はこのことは嘉門達夫も作品内で指摘していた。
私の周りにもこの「友達の友達」を会話の中に多数登場させる者が多い。
正直うんざりする。
なぜって 友達の友達と私が友達になれる確率はほとんど皆無なのだから。
もう話してもいい頃だろうから言ってしまうが、
私の高校のクラスメイトに元NHKの顔がいる。
彼女は原 辰徳と二人で「サンデースポーツ」のキャスターをしていた。
その他 スポーツ選手にはかなり顔が広い。
なんせリレハンメルとアルベールビルの開会式の司会をやっていたし、
紅白歌合戦の総合司会もやった。
ってことは芸能界にも知り合いは多いだろう。
少なくとも筑紫哲也は顔見知りのはずだ。
ということは
もし「友達の友達」が使えるのなら、
私は彼女一人のおかげで、原とも筑紫とも知り合いということになる。
もちろん私は一無名の男。
名もなき金もなき実力と野心のみにすがるしかない情けない男
彼らと知り合いであるはずがない。
結局こういうことなのだ。
だから自分を誇るとき、自分の交友関係で自慢したところで意味がない。
もちろんそういうのを妙にありがたがる人種も存在する。
キャバクラ嬢などがその好例。
が 私はちがう。
自分自身の人脈じゃなければ役に立たないことは骨身に凍みてわかっている。
友達の成功をひがむ気はないけれど、さりとてそんなもんしょせん他人の手柄。
自分自身の手柄は自分で立てるしかないのである。