4.日産の成功と日本人の特質
新型マーチは大好評である。
そりゃそうだろう、日本車にはめずらしいオリジナリティーある形。
大胆なフェイス。
ヨーロッパ基準の安全性。
モデルカラーがオレンジという奇抜さ。
どれをとっても当たるはず。
さらにゴーンの快進撃は続く。
次は軽自動車 MOCO(モコ) だとか。
これも当たりそうな予感。
ここだけとると、さすがにゴーン氏の才覚はすばらしいとなる。
が そうとばかり言い切れるだろうか?
確かに 彼は車をよく知っているようだ。
いちばん好きな日産車がGTRだというところからして、組織の中での
処世術のみに長けている連中とは一味ちがうと思う。
ヨーロッパ人だけに文化と歴史の一面としてしっかり車を捉えている、そこはよい。
が 日本人のスタッフの中にも同じ程度の力量の持ち主はいるのではないかと思う。
ではなぜ彼らが表に出てくることが出来なかったのか?
私にはこれがよくわかる。
最近さすがにそうでもなくなってきたが、以前うちの父親や妻は
私の意見や評論については首をたてにすることがなかった。
ところが同じことをテレビの報道番組などでキャスターが言うと、
うんうん うなずくのである。
そこで私がすかさず「それは私が1ヶ月前に述べたことだぞ」と言うと、そうだっけ?
たまりかねた私はある日から、発言内容を残すことにした。
そして前述のようなことがあるたびに「ほら」とそれを見せるのである。
この試みは功を奏し、世評を斬るときの私への家族の信頼は格段に上がった。
さて 何が言いたいか?
実はこれと同じことが日本中で起きているのである。
日本人というのは近くのものに権威を感じない人種なのだ。
才能 能力 実績を素直に評価しないお国柄だから、
(必ず人間性というものに結びつける)
どうしても近くの存在は評価が低くなるのである。
(そりゃ そうだろう、キャスターはブラウン管を通してかっこいい部分しか
見えないのに対し、身近の人間は背中を掻く様も見ることができるし、
トイレに駆け込むとこだって見てしまうだろうから)
だから意見を述べるとき,非常に多く使われるのが引用である。
「誰々がこう言っていた」とか「ヨーロッパではこのように評価されている」とか
そろそろこの不幸な性癖をなくしてはいかがかと思う。
さすれば 陰に隠れている優秀な才能だけでわが国の再構築は容易になしうるだろう。
人を人間性などという神様でしか分からないものでなく、純粋な能力で判断する。
そういった習慣 つけたいものだ。