8.依存症
○○依存症という言葉がまかりとおる。
仕事依存症、アルコール依存症、携帯電話依存症、SEX依存症、タバコ依存症。
以前は「依存症」のかわりに別の言葉が用いられていた。
思い出せるむきはおありか?
正解は「中毒」である。
言葉というのは非常に力のあるものだと実感する。
「中毒」にあるマイナスのイメージが「依存症」では
かなり中和されてしまっていることにお気づきか。
「中毒」というと、やめねばならない、意志が弱いといったイメージがあるけれど、
「依存症」にはそれが薄れる代わりに、
助けてやらねばならない、解放してやらねばならない、
弱者保護の感覚が無意識のうちにはたらく。
「イゾンショウ」便利な言葉である。
私は一連の「言葉狩り」が大嫌いだ。
たしかに目を覆いたくなるような(耳を覆いたくなるような)ひどい言葉は存在する。
そんな言葉を相手に対する何の配慮もなく使うことは限りなく野暮であると思う。
が その言葉をどういった意図で用いたかを度外視して、
言葉だけを切り離して狩ったところで何になるというのだろう。
本来ならばある言葉の元で白日にさらされ、
批判されるべき行為が闇に葬られる結果をもたらすだけなのではなかろうか。
いや 葬られはしない、使う輩は存在し、
言葉に対応する行為や概念自体は残るのだからなお始末が悪い。
中毒ははっきり中毒と言ったほうがさわりはきついが、
よりためになるのではないかと思う。
近年こういった罪悪感を隠す言葉が急成長してきた。
Hする などはその典型。
ここには生殖行為をあらわす厳粛なイメージも、
Cする にあった罪深さも何もない。
あるのはただあっけらかんとした解放感のみ。
援助交際もそう。
ドラッグも。マルチ商法も。
罪悪感を浄化する言葉は罪深い。