13.東京ダイナミクス#2
91年当時 私が独立にあたって考えたのは以下のようなこと。
「東京でこれだけもてはやされるのだから、
名古屋のような片田舎だったら文句なしだろう」
これは全くの認識不足であった。
その後名古屋からスタートして全国区にのし上がった会社を次々に見た。
不動産のミニミニ カレーのCOCO一番屋 焼肉のさかい コロちゃんのコロッケ屋
アビバ(旧名 名古屋ワープロパソコン学院)
そのたびに私が考えたのは
「まあ 名古屋は一旦市場を独占したらあとは楽やから。
その莫大な収入つぎ込めばそりゃ成功するわな」
これもとんでもないあやまち。
逆なのだ。
すべてが逆なのだ。
東京で通用するのではなく、東京だから通用する。
地方で通用するだけのものは一部の例外を除いたら、間違いなく
東京では受け入れてもらうことができるのである。
さて証明
その原因として第一に東京の人間の幅広い嗜好が挙げられる。
何でもありが東京の姿である。
人口800万はだてではない。
地方都市ならとてもじゃないが商売にならないようなコアな嗜好を扱ったものですら、
東京の800万という分母を基準にしたらたちまち商売として成立できるだけのロットが集まる。
費用についてもそうである。
如何によいものであっても地方ではその所得水準に限界がある。
街の大きさ 経済の規模はその税収に比例する。
本社勤めが多い地域とそれ以外の地域
本社どころか支社すら存在しない地域の住民の世帯収入の差などすぐにおわかりいただけるであろう。
ない袖は触れない。
当然と言えば当然のことである。
ここまでは今までも論じてきた人はいるだろう。
ここからが私のオリジナルである。
東京にあって地方にないもの
様々なものがあげられるが、その一番はなんといってもこれだろう。
それは
平日昼間に自分に時間を過ごすことができる人間の数
これに尽きる。
これが何を意味するか。
あらゆる商売は日本において非常に大変である。
特にサービス業についてはそれがいえる。
なぜならば この国の国民は他の人が動くときにしか動かないからである。
端的に言おう。
土曜日 日曜日 盆暮れ正月。
しかも夕方以降。
これがまともに商売に使える時間なのである。
限られている、実に限られている。
これでは商売も大変だ。
1年を通してごくわずかな期間しかまともに客の入りが期待できない。
しかもそのごくわずかな期間には極端な入りが予想されるため、
キャパを越えた収入をみすみす棒に振ることとなる。
これが地方だとなおさらである。
もちろん東京においてもこれはあてはまるが、東京のそれは地方の比ではない。
さらにもうひとつ こちらの方が大きい。
言うまでも無く物が売れるのは需要があるときである。
この需要が東京の場合けた違いにでかい。
分母となる人口のせいではない。
そんなものよりもっと大きいのは入れ替わりの激しさなのだ。
これも簡単な例で考える。
例えば生活必需品 耐久消費財やなべやかん
こうしたものは普通一度買えば数年間は必要としない。
家計の側から見れば素晴らしい事だが、商売する側からすれば歓迎できることではない。
これを避けるには二つしか方法がない。
付加価値がある新製品を出すか、または耐久度が低い商品を売るか。
どちらも大変なことである。
が
引越し時には労せずしてこの需要が生まれる。
経済の基本は循環にある。
ならば同じ人口あたりに換算しても入れ替わりのある首都圏と
そうでない地方とでは市場規模に雲泥の差があることは明白であろう。
東京で通用するのではない。
東京だから通用するのだ。
このことにもう10年早く気がつきたかったが(笑)
ま 遅くは無いだろう。