23.<ご意見無用> 弱者≠正義

以下 私のひとつの考え方であってこれを他の方々に押し付ける気はない。
ただし私にはこの考え方を発表する権利もあれば伝える権利もある。(なぜなら読むか読まないか 納得するかしないかの権限は読者の方にあって私が何ら強制することはないのだから)

そのことが理解できない方のご意見は無用に願いたい。



赤胴鈴之助というアニメがあった。

私の親くらいの世代と私の世代が知っている。ただし私の世代はリメイク版であり
カラー作品であって、白黒版とは若干異なる。

一番異なるのは主題歌だろう。

剣を取っては日本一に
夢は大きな少年剣士

ここまでは共通。

ここからカラーは

元気いっぱい一度や二度の
失敗なんかにゃくじけない

ところが白黒版では

親はいないが元気な笑顔
弱いものには味方する

とかなり異なっている。

母親がこのフレーズを歌ったのは私が小学校1年生のときだから随分前のことだが、既にその時点で私はこの歌詞にひどく違和感を覚えたものだった。

「弱きを助け強きをくじく」
という決まり台詞がある。

これって本当にそれでいいのだろうか?

この番組で赤胴鈴之助はもちろんヒールではない。純然たるベビーフェイスである。
善玉である。正義の味方である。
その正義の味方の彼は「弱いものには味方する」と言っている。

ということは
すなわち 弱いもの=正義 という図式が少なくとも彼とこの作詞者の中には存在しているということだ。

確かに心情的には私も弱者に肩入れすることは多い。
出自も育ちもやんごとなき身分とはかけ離れている私は弱者に同情する。

だからと言って強者が悪だと決め付けていいとは思えないし、(好き嫌いと善悪は全く別の基準である)一方的に弱者に加勢することはむしろフェアではないように思う。

(さあ ここから勇気を奮って)

先頃 こういうことばにであった。

○○は障害を抱えています。
でも○○にとっての障害は△△(病名)ではないのです。
この社会が○○にとっての障害なのです。


気持ちは痛いほどわかる。

弱っているときに何も助けてくれないまわりが恨めしく思えることは確かにある。



やはりそれはちがうのではなかろうか。

いかなる人間にも自分自身の基準、自分自身のスタンダードに相手をあわせさせる
ことは許されていないように思う。

もちろん組織の規約とか ゲームにおけるルールとか こういったものはアリだろう。(まあ運送約款などには異を唱えたいときもあるのだが)



それは一定の条件下 時間のみ 相手に適用するものであって
包括的なものではない。

もちろんここには双方の同意もある。

このようなことはあちこちで見かける。

教育現場(私はいわゆる学校教育を教育だとは思っていないが<もちろん塾がそうだとも思っていない>)においてもそう。

弱者のスタンダードに無理やりあわせる空気 それをよしとしないと 袋だたきにあわせかねないような ニンピニン 扱いしそうな雰囲気 そういうものを感じてならない。

弱者の保護は絶対に必要である。
強いものが弱いものを気遣ってやることも尊いことである。



それは強制すべきことではないと思うし、まして弱者が強者に対して、一方的に自分の側のスタンダードまで下ってくることを要求するのは不可解であり、非建設的だと思う。

弱者は奢ってはならない
救って欲しいときは素直に救いの手を求めねばならない

強者は救いの手を求めてきた弱者の手を振り解くべきではない
自己の利益に支障のない範囲において助けを施してやるべきである
もちろんそのことにつけこんだり
必要以上に恩を着せることも避けるべきである
逆に弱者の側もあたりまえのように援助を受け取るのではなく感謝の思いくらいは
顔なり言葉に出す方がいい

双方が相手に負担を強いることなく、自然に気遣い合える社会 それが理想である。