25.匿名
チャットの「やっとかめ」さんのご発言(以前も同じ名前の方がいらっしゃったようだが
私は別人であるという旨)を読ませていただき考えさせられた。
匿名というのは非常にデリケートなものである。
メリットから考えたい。
人はそれぞれ立場というものを持っている。
私は楽観論者でも性善説支持者でもないから世の中にはそもそもの考え方自体が
悪に立脚している人は存在していると思っている。
が そういう人は少数であるとも思う。
大半の人はそういう人に踊らされる もしくは 逆らえないだけなのではなかろうか。
立場については稿を改めて書きたいと思っているが基本的に立場とは人間を縛るものである。
もちろん発言も縛る。
したがって立場を背負う限り自由な発言というのは非常に難しいものになる。
通常立場はその人の生活の前提と折り重なっている。
したがって特に誰が読むのかわからないようなこういう場では余計に立場を失うことには気をつけねばならないし そのために発言も慎重にならざるを得ない。
が そのような発言が正直かといえばそうでない可能性のほうが高いだろうし、
また論議もつまらないものとなるであろう。
で あるならば匿名という形で自らを律する立場から離れ自分自身でありながら自分
若しくはそのおかれた環境 所属する組織などを客観視できることは非常にすばらしいことである。
大本営発表にあるようにほとんどの立場に立脚した発言はストレートに受け取ることができないものであり、またすべての組織の発言は無責任かつ虚飾を含んだものであると言えると思う。
むきだしの発言が美しいとは決して思わないし、ストレートがいつも小気味いいものだと単純に考えるほど若くはないが それでも匿名のおかげでなされる本音の発言には
幾ばくかの普段は垣間見られないような真実があって興味深い。
次はデメリット
これはもうご存知の読者の方が多いだろう。
まずは発言が無責任になる。
剥き出しというのはより本能に近くなるということなわけで、人とてしょせん動物。
社会的な面を限りなく取り除いていけば決して見栄えのいい姿は残らない。
さらにもうひとつ。
これが今回述べたかったことであり、意外に気がつかれないことなのだが、
匿名であるが故に 混同を招きやすいということ。
高校生の頃 こういうことがあった。
近鉄のプロ野球選手で元甲子園で活躍した投手が犯罪を犯したという報道があった。
当時 ぼくらはそのことを学校で語り合った。
まちがいなく金村(現フジテレビ系解説者)だろう という結論になった。
が それは間違いだった。
別の選手のことだったのである。
しかし当時近鉄の選手で甲子園で活躍した投手と言えば10人中9人は金村の名前を思い浮かべたことだろう。(まあ実際は10人中9人は近鉄の選手の名前など一人も
思い浮かばなかったと言うのがあたりだろうが)
おそらく金村選手はかなりの害を被ったことだろうと思う。
これも当事者の選手の人権に考慮して匿名にした結果 無関係の選手の人権に傷をつけた一例であろう。
少年犯罪などでは匿名が原則だからこういうことはさらに多い。
実際私の母校はとある重大事件の現場となったのだが、匿名であったが故に親や
近所から不要な疑いをかけられた悪坊主が結構いた。
メリット デメリット とも大きな問題である。
このサイトの運営においても避けることは出来ない問題で
いずれは深く考えねばならない。
現実的な策として折衷作が妥当なのだろうが、どのあたりが落としどころか
まだまだ考えねばならない。