27.トレンドリーダー

恨み節のように聞こえるがそうではない。
あえて言えば達観。

これは有名な話だがファッションにおける流行色というのは業界内での話し合いで決定される。
毎年 今年の流行は黒にしよう などと会合がもたれ 一斉にその色を流行らせるべく製品開発にいそしむのである。

世の中には自分自身で基準を決めることができる人たちがいる。
古い言い方だがトレンドリーダー。
こいつになるとダサいとは言われない。
極端な話 こいつが着用しているブランド コイツがしている髪形 コイツが乗っている車 こいつがしている生活スタイル こそがかっこいいわけで
そうなるともはや無敵である。

うちの生徒にかつて「でも これAに見えるやん」といった奴がいた。
非常に見難い文字を書く生徒であった。

オレは言ったもんだ。

「残念ながらおまえには周りへの影響力は今のところない。おまえが書く文字が正しい文字だ と言われるだけの地位なり価値なりをおまえが持ってない以上 相手にあわせるしかねえんだよ」
と。

自己を基準にすることが許されるのは2種類の人間だけである。
1つは今 述べたトレンドリーダー。
もう1種類は世間から変わり者扱いされることを潔しとし、そこにストレスを感じないで生活でき、なおかつ ごく普通の世間を相手にしなくても食べていける収入源を確保した人物。(公務員とか 財産所得の持ち主だとか マニアックな嗜好のものを対象にした商売で名をあげているとか)

両方ともになかなか難しいことである。

ごくごく普通の人間がそう簡単にはできそうにない。

ならばやはりスタンダードを自分に置くのは危険であろう。

いや「私」の領域ではかまわない。

趣味 遊び 自由時間 そういった分野ではありだろう。

が 仕事 勤務時間 営業 その他においては自分と離れたところにある基準を意識せねばならない。

それができないやつはただの子供である。

私は学校教育 特に 公教育にはこの部分を求めたい。
自分自身以外をスタンダードとするものに自分を合わせることを学ばせる。
そのことに異様なストレスを感じさせないよう耐性づける。
免疫を積ませる。

個性なぞ ほっておいても伸びる。
いやでも芽を出す。

必要なのは回りの基準に自己をあわせ
その上でなおかつそれなりに目立ったり脚光を浴びたりすることのできる能力だと思う。