36.さみし〜(笑)
あれがいけなかった。
土曜の夜の飲み会。
かつては十数人集まっていたのがいまやたった3人。
うち一人が独身であとの二人は妻子持ち。
まあその面子の中では比較的早く結婚してしまった手前あまり言えないのだが。
夜の仕事をメインとする人間にとって家族との交流だけというのは
贅沢な悩みだがさみしいものだ。
ひさびさの対面なので私の本の話題から始まって
人生設計がなんたら 転職がなんたら。
さあて そろそろかなと思っていたときに
あれがかかっちゃったんだなあ。
「う〜ま〜れ〜か〜わる〜
さっぽ〜ろ〜の〜ちに〜
きみの〜な〜を〜よぶ〜
おり〜んぴ〜っくと〜」
ああ もうダメ(笑)
不思議だヨねえ。
オレ 67年のはや生まれ。
72年の札幌オリンピックはリアルタイムの印象ゼロ。
じゃあなんでかというと
これが19××なんだよなあ。
あれさ はじめは何年だったか忘れたけど
ある年の大晦日のフジテレビの特番だったんだよね。
たんたんとね
当時の世相を映すフィルム(ビデオではない!)を背景に
年代別にヒット曲が。
のちに深夜枠でレギュラー番組になったけど
インパクトはあの大晦日のほうがあったよなあ。
あわてて録画した覚えもある。
当時はね 今と違ってああいう音源とんでもなく貴重で。
再発とかなんてまず期待できなかった。
多分この仕事はじめて2年目か3年目だったんだろうなあ。
正月特訓で帰れなかったんだろうね。
大晦日なんてさ
サークルでも所属してない限り孤独なもんよ。
で 紅白じゃなくて年忘れ日本の歌なんぞを見てたんだなこれが。
で その流れで。
もう泣けたねえ。
多分子供の頃聞いてたんだろうな。
それが突然つながったんだろう。
なんというか
アタマの中にずうっとあれがね 残っちゃったのよ。
余談だけどこの夏札幌行ったときもひそかに俺の頭の中には
夏にもかかわらず
そして駅ビルも出来て既に当時の面影もない?町並みにもかかわらず
ずっとあのフレーズがリフレインしてたんだなあ。
う〜ま〜れ〜か〜わる〜 ってね。
60年代ってすごいパワーがあったんだよね。
で 70年代は反省と翳りが見え始めたとき 公害とかね オイルショックとか
で 80年代に再び勢いを取り戻して やれバブルだ何だ
そして90年代 ああ 失った10年
オレは一体何をしていたのだろう。
なかったことに? それすると子供たちいなくなっちゃうもんなあ。
ともあれ
多分ゆうせんのA32あたりを流してたんだろうけど。
泣けたなあ。
でね
オレの年末の行事を語ると(これは年末のあいさつ用の原稿に書いてある)
それで盛り上がっちゃって。
ああでもないこうでもない
あれはあの年だ これはその年だ なんてね。
でもさ ほんと希望に溢れてたよね。
オレね クレヨンしんちゃん オトナ帝国の野望 がさ
笑って見れないのよ。
オレ きっと イエスタディワンスモアに入っちゃうと思う。
あのときも しんのすけ 邪魔すんじゃねえ なんてね
思っちゃったんだよな 不覚にも。
誰だっけ?
こどもにとっての将来は「希望」で
おとなにとってのそれは「老後」だって言ったの?
ええい そんなこたあねえよ。
オトナだってちゃんとかっこよく生きられるんだよ。
そりゃちょっとばかしせつねえけどさ。
君らみたいに無邪気に可能性とやらだけをつまみに飲めやしねえけどさ。
けど オトナだって 一生懸命なんだよ。
ああ せつね〜 (笑)
追伸
いかんいかん こんなの書いては(汗)