37.じゅげむ

例の「日本語であそぼう」の影響でじゅげむが大流行。
でね いやあな予感が。(あたるんだよな 俺のいやあな予感)

多分ね 日本全国の学校の先生方がどっとこれを授業に取り入れるだろうなあって。
子供たちがね 一斉に暗誦するのね。

じゅげむじゅげむ ごこうのすりきれ って

ああ やだなあ。

えっとね

じゅげむは嫌いじゃないの。
だってね ぼくは古典落語だいすきなのよ。

笑点のおおぎりは嫌いだけど 歌丸の後生鰻はだいすき。
人気絶頂のころの小朝はなんだか嫌味な奴だったけど
彼の紀州はもう最高。

TBSで早朝5時からやってた落語番組なんて毎日録画してたし。
志ん生も馬風もみんなすきよ。

宿屋のトミ もいいよなあ。

落語の最大の魅力はなんと言っても演技力。
だってね一人で二役演じるわけでしょ。
しかも話だけで。
あれこそまさに話芸だよ。

じゃあ なんで じゅげむの暗誦がいやかというと。

学校でやらせる暗誦って なんだかマスゲームの匂いがするんだよね。

マスゲームって顔が見えないんだよね。

でね 世の中の様々な誤解って結局言葉の伝達がうまくいってないから起きるわけでしょ?(テレパシーなんて普通の人は持ち合わせてないんだから当然言葉でやり取りするしかない)

どこまでつきつめても人それぞれ言葉から抱くイメージはちがうから(語感の好き好きや字面の好みもあるからね)限界はあるけど。
それでも最低限共通できることってあるじゃない。

それを担保するには言葉の裏付けをきちんと教えてあげることだと思うんだよね。
この言葉はどういうことを表象しているとか。
どういうニュアンスを持つとか。

なのにね

暗誦ってたいていそこの一番大切な部分が抜けちゃうのよ。

もちろん只管朗読の精神はアリだと思う。
それから 形からはいるのもアリだと思う。

ただね 学校教育の現場だとたいてい時間の都合もあって暗誦のみで終わっちゃうんだよね。

それだと逆効果になりかねない。

国語ってつまらないんだ とかね。

そりゃそうだよね 意味のない言葉の羅列を覚えさせられたら俺だって苦痛以外の何物でもないもの。

だからさ じゅげむ やるなとは言わないから
できれば 暗誦じゃなくて 解釈してあげて欲しいんだよ。

その上でね 暗誦するなり 落語演じてくれたら最高なんだけどね。

ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ は
アエイウエオアオ カケキクケコカコ と
何も変わらないんだよ。

ぼくが齋藤メソッドに失望した理由もそこ。

視点はいいと思う。
有名なフレーズを通して古典に親しませるのも素晴らしい。



子供集めてやってることが 児童劇団や大学のアナ研のトレーニングの素人ヴァージョンじゃあ…
もったいないよ。せっかく子供がいて斎藤さんという優秀な講師がいて。

そんなの もっと上手に指導できる人がいるもん。

大学のアナウンス研究会の4年生連れて来て指導してもらったほうがいいよ。

暗誦自体は悪くない。

解釈を伴わない言葉の羅列は時として凶器にさえなるんだよ。