殺人と死




人を殺したいと思ったことはありますか?


僕はあります。

誰しもが一度は抱いたことのある感情であろう

だがその感情は生半可な気持ちであっただろう。

殺していないのだから。

そしてあなたは「殺さ」なくてよかったのだ。

たとえ相手が殺したいほど憎い人でも殺してはいけない。

よく考えるのだ。

相手の周りの環境を。

例えば、家族。

例えば、親。

例えば、恋人。

相手が殺されれば周りの人間が悲しむだろう。そして殺したあなたを「殺したいほどに」憎むだろう。

そしてあなたはもしかすると相手の周りの誰かに殺されるかもしれない。

繰り返しではないか。

こんなに「無意味」な事はやってはいけないと思う。

冷静になるんだ。





テレビで殺人のニュース。

動機は「カッとなって、その場で殺した。」

これを聞くとすごく嫌な気分になる

殺された人は犯人に殺されたのではない。

犯人の「心」が殺したのだ

だから罰せられるべきなのは決して犯人じゃないと思う

犯人の「心」が罰せられるべきなのだ。

だから「死刑」なんてどういった理由でしてるのだ?

死刑には理解できない。

犯人も人間なのだ。

殺しちゃあいけない。

みな少なからず「死刑」についてはおかしいと思っているはずだ

いわば

人間そのものが「犯人」なのではなかろうか?

死刑を認めている人間そのものが犯人だと思う。

そして死刑を認めている我々がある限り、殺人はなくならないのではなかろうか?



なぜ人を殺してはいけないか?


あるものは「自分が殺されたくないから」と言う。


またあるものは「殺したければ殺せ。あなたも殺される」と言う。

僕もこれらの意見に同意している


だが僕は「殺されないために自分は殺人を犯さない」と思っている自分が嫌だ。


損得じゃなく、「人の気持ちを考えて殺してはいけない」と思う人間でありたい・・・


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