
みんななぜ大学に行くのであろうか?僕の友達はみな大学に行っている。行ってないやつなんて一人もいない。しかし、みんな目的を持って大学に行っているのであろうか?僕のことをここからは語らせてもらう。僕は、はっきりした目的を持ってない。高校時代は持っていた。高校に行くのは大学へ行くための通過点であると。そしてその時は大学受験に必要な科目は必死で勉強していた。いい大学に入るために。しかしなぜそこまでいい大学を僕は目指したのであろうか?高校時代僕は物理と数学が好きだった。自然現象をひとつの式で表現するこの二科目の美しさに感動したもんである。こういった高校生は普通は理学部に進むはずである。しかし僕はなぜか工学部に進んでしまった。理由はいろいろある。まず僕の行ってた塾のやつは大体がT大かK大か医学部志望という恐ろしい環境だった。どうしてもそういうやつらには負けたくないためK大志望ということに自然と成ってしまった。しかしK大の理学部は難しい。しかも理系なのに国語という物まで付いてくる。しかも理学部は就職が終わってるということはよく耳にする。でもK大には工学部に物理工学科という一見何をやってるんかよくわからん学科があることをどっかで知ってしまった。赤本かなんかで読むとこう書いてあった。工学とは、人類の夢を実現する新しい技術を創り出すことを目指した知的創造活動です。 21世紀に向けて新しいシステムや材料、エネルギー源の開発、宇宙空間へ活動の場を拡げていくこと、等々数多くの技術的課題があります。新しい技術の創造のためには、基礎的な学問を充分に履修しておくことが必要です。このために物理工学科は基礎的な教育・研究の場を提供します。これを読んだときはもう涙を流しましたね。僕のためにある学科のようなものだと。好きな物理が勉強できしかも世の中のお役に立てる。こんなすばらしい学科があるのだと。
で勉強してこの学科に合格できました。で実際入ってみていろんな科目を勉強しましたが、凄いと思ったのは電磁気学のマクスウェル方程式ぐらいである。他の科目はまったくもって一つの美しい式で自然を表現する意欲が感じられない。ほとんどの科目が近似近似のオンパレードである。特に許せないのが材料力学だ。この学問も妥協に価する近似をよく使う。針のたわみとかもたわみ角がほとんどゼロという近似を用いて運動方程式を導きそれを解いて針がどんな曲がり方をするのか出すんだけど出てくる答えの式が長いこと長いこと。あんな長いだけでエレガンスのかけらもない答えを出して何が楽しいのかわかりませんなあ。しかも例えば針の曲がり方を知ったからといって直接役に立つことは思いつかない。なぜなら材料力学はすべての材料は弾性変形するという前提の下に話が進んでいるからである。馬鹿ですね。機械部品ここここに力が集中して破壊するのが問題になってくるが、はっきり言って破壊するときは塑性変形しているときであり、弾性変形の元で出してきた答えはお釈迦である。つっても設計するときは塑性変形しないように設計するので弾性変形領域の材力はものすごく重要なんだけど、答えが汚い上問題解くのにもテクニックが必要でやり方を間違えれば泥沼の計算との格闘である。課題を解くのに何度格闘したものか。できるやつにどうすればできるか聞いた。「ああ、教科書から似た問題をまず探してなかったらもう無理ね。」この科目が好きなやつと話がしてみたいもんである。
次に許せないのが流体力学である。これの出てくる答えも材力に劣らず長い。なぜなら、この流体力学を支配している基礎方程式が、ナヴィエストークス方程式という書くだけで疲れる糞長い偏微分方程式である。この方程式はあまりの長さと、非線形性により未だに厳密解が見つかっていない。先生曰く「この方程式といたら一億円もらえます。クレイ財団が懸賞問題として7問出してるうちのひとつです。」正に解くのに300年かかったフェルマーの定理みたいなもんである。しかしフェルマーの定理は問題の意味が理解でき解こうという意欲はわく。しかしそれで失敗したやつは数多くいるらしい。しかしこの問題は解こうと思う気すらしない。書くだけで二行になる式をどうやって解けと。素人は式自体間違ってるんちゃうんかとすら思うであろう。でも全世界でこれが解けるのを夢見てがんばってる人がいるらしい。そして・・・うちの大学の数学科にもいるとおっしゃってた。ご苦労なことです。僕たちはこの解けない方程式をどう解いているかというと近似を使って解いているのである。近似を使うとある程度式が簡単になり、微分方程式を勉強したやつなら誰でも解ける(はず)答えも材力と違ってまずまずきれいである。しかし・・・近似のし過ぎで現実と答えが一致しない。水流の中のボールに働く力はゼロ。アフォか?なわけねえだろう。水流の中に平板を置いたときの水流の流れはどうなるか?いろいろ近似して出した流速の分布はきれいである。しかし・・・「こういう分布をしてるのは実際は平板から0.8ミリだけなんです。(意味無いじゃん)後は乱流状態。つまりどうなってるか式では書けんのです。だから平均値を持ってきます。」そんなん流力勉強せんでもわかる気がするのは僕だけでしょうか?
このように大学の勉強はどこで妥協するか(近似するか)が大事なようです。結局何が言いたいのかよくわからん文章になってしまった。そしていつも思う。俺何やってんやろ?そういえば何のために大学に行くのかということが問題になっていたなあ。ある医学部に言った友達はこういってた。「別に人の命なんて助けたいから医学部いってるちゃうねん。医者という地位というか名誉というか。なんなんやろ。 お前だって京大行ったのネームバリューやろ?それと一緒や。」うなずくしかなかった。正確な評論な気がしたから。そして白い巨塔で財前の親父が言ってた言葉が思い浮かんだ。「人間の究極の欲望は名誉や。金ある程度持つようになったら最後は名誉がほしくなるんや。」やっぱそうなんかなあ?なんか重みのある言葉だ。三大欲より上に君臨する欲。( ・∀・)つ〃∩ ヘェー