マポレオンの言葉、その語の説明 の順で載せます (黒<青<緑<赤の順で重要になっていきます)
マポレオン(=ナポレ○ン)語録 byまぽ
マポレオン「私の部屋によく参った!さあこの私の言葉を心に刻み諸君の人生へ役立てるがいい!」
注:ナポレ○ンとはあまり関係ありませんので悪しからず
001 マポレオンは偉大なり :マポレオンが自分を褒め称えるために使う。主にマポレオンが使うが、まれにマポレオン国民がマポレオンを尊敬するときに使うこともあり。
002 万物は私のためにあるようなものだ :マポレオンが世界を征服したときにそれを形容するためにマポレオンの部下の一人「ソクラテス」がしゃべった言葉。しかし実際にはマポレオンのいった言葉として使われている。
003 諸君らをこの闇から救ってやろう :マポレオンが征服した国々でその国の兵士にマポレオンに対する反感を持たせないようにするために言ったとされる。しかし従わずに内乱の絶えない国もありマポレオンはそのような国は武力で鎮圧した。
004 マポートゥスお前もか! :マポレオンの父マポートゥスは絶対王政で民衆を虐げるルイ16世を暗殺した時にルイ16世が発した言葉とされている。しかし晩年マポレオンが書いたマポレオン回想録という本にその言葉がのこっていて、それには「父マポメット 母・・・」と書かれていてマポートゥスとはひとこともでていないのでこれは後世の人が作った言葉だという説もある。
005 地球は丸かった :マポレオンが世界で初めて宇宙に行ったときに地球を見てこのように行ったと言う。この言葉によりコロンブスやマゼランの地球は丸いという説が裏付けられた、貴重な発言である。
006 この私が敗れるとは :マポレオンは1812年ロシア遠征に失敗したときにこのように言ったという。これによりマポレオンはロシアを攻めるのを取りやめ、西アジアのトルコの方に勢力を伸ばし始めた。
007 これが黄金の国か :マポレオンは1835年に日本にやってきたことが密かに知られている。これは極秘事項で、後世に知れ渡ることはなかった。このことは幕府の歴史書に残っていたとされているが、その本は今は現存していない。
008 私の辞書に死ぬという文字はない :マポレオンは1840年に死んだとされているが実は詳しくは分かっていないのである。事実マポレオンは1900年以後も生きていたということがマポレオンの「英雄の歴史」に載っている。
009 私はあのカエサルと同じ星のもとに生まれたのだ :マポレオンが戦争に負けなしのころの言葉。事実マポレオンはこれ以後ヨーロッパの国々から危険視されるようになった。
010 私はコルシカ人だ :マポレオンはコルシカ島で生まれたんです。決してマポンス出身じゃありません。ただそれだけ。
011 日本の中にこんな国があったのか :マポレオンが日本にやってきた時、今でいう兵庫県神戸市北区にある某「北○ず」にやってきて一言述べたのがこの言葉です。その真意はよく分からない。
012 腹のたるみは気のたるみ :マポレオンが若かりし頃そのころの丸々太った貴族を見ていった言葉。この言葉のせいでマポレオンと貴族の仲は悪化した。
013 腕のたるみは気のたるみ :上と同じです。マポレオンは太った人が好きでなかったようです。
014 マポレオンを敬え :正確にはマポレオンの言った言葉ではない。しかもマポレオン自身は自分は国民に選ばれた代表であると思っていたので、これを皆に言わせていたかどうかは不明。ただこのようなマポレオンを絶対的に位置づけをするために使われたと思われる言葉はたくさん残っている。
015 マポレオン国民であらねば人にあらず :どこかで聞いたような言葉である。はい例のあれですね。その例のあれをマポレオンは真似て作ったようです。これは日本とマポレオン帝国がなんらかの関係があったことを裏付ける重要な資料である。
016 鶴は千年マポレオンは1億年 :意味は「鶴は千年しか生きられないがマポレオンは1億年も生きることができるという意味」。事実マポレオンは今も生きていることが数学のマポレオンの第一公式により「マポレオンが生きているということはあり得ない、ということは矛盾している」ことがわかり証明されたが、どこで暮らしているかは分からない。現在マポレオンを見つけた人には100億ユーロの賞金がもらえる。
017 地球はなんと狭い星だ :マポレオンは地球を征服した後こう語った。マポレオンの物語は実はここから始まったのである。
018 マポフィーヌ ああマポフィーヌ マポフィーヌ マポフィーヌことで 夜も眠れず :マポレオンと結婚したマポフィーヌへの恋の歌である。正しくはマポレオンと結婚する前に送ったものです。これを詠むとマポレオンは教養があったことを感じさせる。同じ言葉を4回も使うという革新的な方法が実にマポレオンらしい。
019 私はまた歴史の1ページを刻んでしまった :マポレオンは何かするたびごとにこういっていたという。やたら自意識過剰な男です。マポレオンは常に自分を中心に世の中が動いているとおもっていたようです。
020 私は忙しいのだ :マポレオンは一日三時間しか眠らなかったといわれています。しかも起きている間の一分でさえもマポレオンは惜しんだといいます。このような超人的なことを兼ね備えてこそマポレオンは真の英雄になり得たといえましょう。
021 私を馬鹿にするものは斬る :ある夜マポレオンが酒に酔って友人と話していたときに友人の言葉にマポレオンはついかっとなりこういって友人を殺した。
022 私の墓はピラミッドより立派なものにしてやる :エジプト遠征の時マポレオンはピラミッドの大きさに驚き、そしてこういったそうです。実際にマポレオンはピラミッドより大きい墓を作ったとされていますが、現在その墓がどこにあるのか分からない。これを見つけたら21世紀最大の発見といわれている。
023 すべての貧困の原因はたるみにある :マポレオンは青年の時当時贅沢三昧の暮らしを見ていった言葉。マポレオンはこのころからこの国を救ってやることを決意したことが分かる。しかしマポレオンも出世を重ねるにつれて、贅沢も度を増していった。
024 カエサルはマポレオンに如かず :そのままの意味です。あの方の言葉です。
025 なんとこの世界は狭いことだ :この世界は狭いのです。以下略・・・
026 マポレオンの「マ」は魔王の「魔」である :マポレオンという言葉はそれぞれに意味がある。古代マポレオン語が使われているので、もはや現代人のほとんどはその言葉を知るものは数えるほどしかいない。古代マポレオン語は今から3000年〜5000年前に存在したといわれている、現マポレオン帝国の前身である古代マポレオン帝国で使われていたらしい。
027 私はお前たちごときには負けない :マポレオンは戦争が始まる前に敵軍に向かってこういった。これにより敵軍の士気があがったことはいうまでもなく、しかしマポレオンはそれを見事な戦術で撃破した。マポレオンにはこれが快感だったらしい。
028 見ろ あれがマポレオンの家だ :マポレオンの生家を発見したマポレオットの言葉。この発見は瞬く間に世界のニュースとなり、この言葉は世界の新聞の一面を飾った。マポレオンの言葉とは直接関係がないが、マポレオン辞典にはマポレオンの言葉と記されているが、実は誤りである。
029 でる腹は打たれる :すっかりおなじみのマポレオン語録「たるみシリーズ」の一つ。何度も書きますがマポレオンは太っている人が嫌いだったようです。
030 なぜ私は負けたのだ 負ける要素は1%もなかったはずだ :マポレオンが指揮をとった戦いで初めて負けたときマポレオンはこう叫んだという。以後マポレオンは陸の戦いで負けなしとなり、諸外国におそれられることとなった。
031 貴様らの運命もここまでだ :あの有名な○リュメール18日のあれです。そのときにマポレオンは議員に向かってこういった。やはり貴族排除というのがマポレオンの第一目標だったらしい。
032 ベートーベンよお前は確かにすごいが私の方がもっとすごいぞ :マポレオンはベートーベンに「彼もまた凡人にすぎなかったか」といわれ怒ったが、すぐに我を取り戻しこう言い返したという。自信過剰な方です。
033 やはり私はすごかった :マポレオンはなぞなぞに解けたとき必ずこういっていたという。それ以外にこの言葉が用いられたことはない。
034 日本を占領することは我が国にとって利益があるが北鈴を占領してもなんら利益はない :1945年マポレオンは日本を占領した時にこういった。このおかげで北鈴は独立を保つことができた。北鈴について現在分かっていることは少なく、関係者を名のるものから聞くと建国1600年ほど経っており最近テレビ(白黒)が売られ始めたらしい。日本と50年ほど時間のずれがあるようだ。
035 なぜ神はマポレオンを見殺しにした :マポレオンが死んだときマポレオン帝国の人民はみんなこうさけび嘆き悲しんだという。しかし実際は、これはマポレオンの事前から考えていた綿密な計画でマポレオンは三日後に姿を現す予定であり「マポレオンは死んでから三日後に復活した」ということを人民に植えつけ自分を神格化させようとしたからである。みごとこの計画は成功し、1840年を境にマポレオン帝国内部ではマポレオンの独裁、絶対的マポレオン主義という枠組みが作られたのである。
036 私の行動は計算ではかれるものじゃない :マポレオンは奇想天外なことを平気でやってのけるほどの、器と才能がありました。人は皆、彼をマポレオンという。
037 人はパンのみでは生きることはできないが私はパンのみで生きることができる :これも有名なマポレオンの言葉である。かれは某テレビ番組「パンだけで何日間生き延びられるか!選手権」で見事トップの座を勝ち取った。ちなみに彼の記録は、185日と16時間35分である。これを抜いたものはマポレオンから帝国内で15番目に名誉な賞「ザ☆マポレオン賞」をもらえる。
038 腹がででいるものには罰金10万マポ たるんでいるものには罰金100万マポ 科す :マポレオン帝国で1830年にできた法律。ダイエットブームの火付け役になった。
039 マポレオン新聞を見ろ :マポレオン新聞は1800年に発売された。当時の流行語である。
040 マポ検4級不合格者は人にあらず :当時帝国内で始まったマポレオン検定のうたい文句の一つ。当時はあまり人気がなかったが今はTOEICに並ぶほど人気が高い。
041 私は永遠の英雄になりたい :マポレオンは1945年世界を征服した後、急に病に倒れた。これによりマポレオン帝国は崩壊し世界は様々な国に分かれていってしまうきっかけになってしまった。次にマポレオン帝国ができるときは2003年といわれているがまだ本人は世界のどこかでひっそりと暮らしているため、世界の統一はもう少し先になりそうだ。
042 10人は殺してこい :マポレオンは戦争が始まる前に兵士たちにこういったという。実際には2,3人が限度であったと思われるが、それでもかなりの成果を上げた。この兵士たちの活躍がマポレオンの勝利に大きく貢献したということはいうまでもない。
043 私の偉大さは戦争に勝ったことではなくこの法典を作ったことにあるだろう :マポレオンは世界初の携帯できる法律辞典を作った。これをマポレオン法典という。世界で1500万部の売り上げをあげた。マポレオン法典は現在も発売されているがその値段は10万ユーロと値段もお手頃である。
044 中国とはどういう国だ :マポレオンはアジア諸国を攻めるのは少し踏みとどまっていた。東アジアに関する情報があまり得られなかったからだ。マポレオンはまずインドを落とした後に中国を攻める予定だったようでその前の作戦会議での発言である。当然詳しい情報を持っている人がいるはずもなく、マポレオンは困ったという。
045 身からでたたるみ :別名「身から出たさび」ともいう。さび=たるみですね。何度もいいますがマポレオンはふとっと人が嫌いだったようです。
046 私の言葉は永遠に残るであろう :マポレオンは自分の残した言葉をマポレオン語録に収めた。それを日本語に訳したものがこれである。日本語に訳されたものはここにしかなく大変貴重である。
047 三度の飯より戦争が好きだ :マポレオンは砲兵隊長の頃から戦争が好きだったことが分かる。あの太陽王ともいわれた○イ14世も戦争をすることが好きだったらしい。国王や皇帝というものは戦争に勝って領土を広げるのがとても気持ちよかったらしい。マポレオンも皇帝になる器だったようだ。
048 マポレオンは夜空のお星様になったのよ :マポレオンの死後(実際には死んではいないが)人々にこう語り継がれたという。マポレオンは死んでも人々の心に残る英雄なのだ。
049 マポレオンの「ポレ」は「不敗」という意味である :決して腐敗ではありません。マポレオンという言葉は古代マポレオン語からきているのです。実際にだれが名付けたのか不明。
いよいよ最終回!
050 マポは投げられた :マポレオンは戦争を仕掛ける前にいつもこういったという。どこかで聞いたかのような言葉だが、マポレオンはこの人を尊敬していたらしい。マポとはマポレオン語でサイコロのことらしいが・・・?マポレオン語は未だに解読不明な点が多く、現在ではマポレオン語しゃべる民族はなく、擬マポレオン語をしゃべる民族がフランスの南のほうにいるらしい。そのうち本サイトでも公開されるであろう。マポレオン研究所は世界でも少なく、日本ではここにしかない。外国で研究が盛んなのはウズベキスタンである。マポ検にも少しマポレオン語について問題があるので、そちらのほうを解くことをおすすめする。
マポレオン語録涙の最終回-大変人気があったマポレオン語録はまぽの諸事情により終わらせていただきます。
マポレオン語録皇帝の章へ