「きつねの嫁入り」
3.
「あなたをください」
ボクの妻、妻、妻、妻……(エンドレス)。
脳内反響を重ね、リピートをひたすら繰り返したところで結論が出た。
願いごとを叶えてもらう→結婚=きつねの嫁入り、という公式が成立するわけだから……願いごとを叶えてもらわない→赤の他人≠きつねの嫁入り、の公式が逆説的に成り立つことなる。よし。
狐だかなんだか知らないけど、誠意をこめて願い下げだと伝えよう。きっと伝わる。心が大事だというものな。
「今のところ生活に不便ないし、困ってることもなし。よって契約不成立、お断り!」
大学受験が控えているが、こちらは推薦枠を狙うつもりでいる。
混乱を極めた状況下では羞恥心、恐怖心すらどこかへ行ってしまうらしい。というかありえない。十八歳の身空でなぜに早々と身を固めなきゃならんのだ。こんな訳のわからない目に会っている人間って、地球の人口六十一億らしいけど他にいないと思う。ああ貴重な経験だなあ。
銀二は笑みを絶やさない。
「では、腕相撲しましょうか。ボクが勝ったら雪はお嫁にくる。いいですか?」
「……いや、よくないです」
あたりまえだ。こいつの力は半端じゃない。絶対負ける勝負をして何になるというのだ。
「じゃあ、力ずくで連れて行っても?」
強烈な言葉に、詰まる。なんと言うか、むかつく。
「絶対いや! あんたねえ、とりあえずあたしが、その……ええと、す、すすす好きならそれ相応の態度ってもんがあるでしょ。第一そんな結婚のどこが幸せなの」
「ボクが幸せです。――それに、雪だってそのうち嫌でもボクのこと好きになりますよ」
あたしは顎を落とした。自意識過剰、ナルシストとはこのことだ。そこまで自分に自信があるというならある種尊敬に値する。
駄目だ。あたしの精神構造で対抗できるかどうか分からないけども。でも――
「あんたね……。好意を寄せられるのが嫌いな人間なんかそうそういないけどね。あたしだってそれなりに嬉ししけど、けどねぇ! いいこと? 性格の相性ってのは大切なんだからね。世の中の目に見えることってそりゃ重要だけど、心はどうしたって無視できないのよ」
いいこと言った!
「ちなみにあたしの好みは普段は横柄な態度なんだけど、実は情にもろくて(フランダースの犬の再放送を見て人目を憚るように涙ぐみ、雨に打たれる捨て犬は絶対放って置けない)優しい心根癒し系タイプね。そしてどんなにまずいチョコでも無言で食してくれて『いや、ありがとう』と微笑を返してくれる……!」
そして、とんでもなく強い。
いや、これは道場に捨て犬を拾ってきては連れてきて師匠に怒られている、諏訪 聡史さん(26)のことではないからね。ああそう言えば、ホワイトデーのお返しにもらった時計は宝物すぎて実生活ではめることができないでいるなあ。ペットOKのマンションに越したらしいしけど、あれ以上飼うと犬屋敷になってしまわないかなあ。
狐はますます笑みを深くした。
「ものすごく具体的ですね」
「……まあね。というわけで放しなさいって」
肩に置かれた手をはずすべく一歩下がってみた。こんどは外れた。水分を吸って湿ったコートを脱ぎ突き返し、身体を反転させる。よかった。非常識よさらば。投げつけたカバンを探しに、そして家へ帰るべく坂を登る。
「……ボクは狐の魔物なんですけどね。聞かれなかったので言っておきます」
背後で聞こえた声にあたしは振り返った。今さら、もう何を言ってるんだとは思わなかった。あたしの中にへんな確信みたいなものがあって、こいつは人間ではないと思っているからだ。
「この姿はなんと言いますか、――見る者が最も好ましい姿をとるらしくって。今、雪が見ているボクの姿は、他のどんなひとが見るボクの姿とも一致することがない」
狐にあたしはきちんと向きなおる。銀二は笑っていなかった。
「いつもそうだ。まずボクの姿にのぼせ上がって誰も本当のボクを見ない。しかもそれは相手によって、てんでバラバラだ。姿って自分を確立する重要な要素だと思うんですけど、どこにも本当のボクはいない。これって思う以上に淋しくってね――慣れない」
慣れない。
「ならボクは相手がボクをどう思っていようと、ボクが好きになったひとを傍に置こうと思った。どうせ相手にとって好ましい容姿をしているんだから、そのうち情が移れば好きになるでしょう?」
今のあたしはどんな顔をしているんだろう。ものすごく微妙な表情をしているに違いない。だってねえ、出会ってまだ一時間も経ってない人間にこんなことを言われても。戸惑うっていうか、戸惑うというか、戸惑う……。
ど、どうしよう。ちょっと悲しい涙を誘う話にあたしは弱い。作戦か。
けれども確かにそれは、最悪かもしれない。いや、最悪だと思う。だって自分が持って生まれた姿がお父さん、お母さんありがとう。神よあなたは罪な方だ的な目に入れても痛くないような麗人なら、たとえ誰も自分の内面を見ていないとしても、自分のゆるぎない外面は褒めてもらえているわけだ。少なくとも自分を確立する姿という一部分を認めてもらえている。でも、こいつの場合は人から一番目に付く外面さえ自分の一部分ではなく借り物……――その人にとって一番好ましい姿で、しかもそれだけを見て誰も内面を目てくれないとしたら……なんて寂しいことなんだろう。
つまるところ、こいつを本当の意味で見ているやつは誰もいないのだ。
うわ、それはつらい。あたしなら絶対やだ。ほ……ほだされそう、いかんいかん。
「ボクは捜した、ボクの好きなひとを。時間をかけて丹念に」
だから、と狐は言葉を切る。いかにも狐らしい目でこちらを見る――睨んだ。
「ちょっとボクは怒ってる。誰ですか、それ?」
は?
今のあたしの顔は大体想像できる。訳がわからんを表情筋総動員で表現しているに違いない。眉間にシワが寄っているのも感じとれた。
「雪がものすごく具体的に例を上げてくれた、好みのタイプの持ち主ですよ。ボクは、ボクの好きなひとがボクを好きでないことは我慢できますけど、他の誰かにその気持ちが向いてるのは許せません。誰ですその馬の骨。ぶっつぶしたいんですけど」
「ば、馬鹿ー!」
いやまだ「手に入らないなら、いっそ殺す」とか言わないあたり、落ちるところまで落ちていないようだけども、十分お巡りさんを呼べる範囲内の危険思想である。自分が悪いことも全部他人のせいにしてるし。
「ななな何言ってんのよ。良いですか、あんた誰かに気に入られたいのにそれが成授しなかった場合、それは相手が悪いんじゃなくて、あんたの性格の問題なのよ。誰かに八つ当たりするのはお門違いだし、自分でそういう性格じゃなかった自分に腹をたてときなさいよ。ついでに言っておくと、あんたが好きになった相手っていうのが、あ、あた……あたしだという点も今すぐに見直すことをお勧めする」
「ボクが雪を好きな点については見直す必要はありませんけど、ふむ……」
そう言って銀二は考え込むように顎へ手をやった。
あたしは顔に熱がのぼっているのがわかる。頬が熱い。はっきり言って恥ずかしすぎる! 言っとくけどあたしもまだ十代の小娘なのよ! 思春期なのよ! 面と向かってこれ以上の言葉を吐かれた日には、言葉だけで心臓発作または心筋梗塞を起こして死ねる。あんたそうなったら人殺しよ。どうすんのよ。
「……いや、やっぱり違うな。雪、これは八つ当たりではなく憎い恋敵を減らす、という意味で取っていただきたいです。怒っているのはまあ気に入らないからですが、ぶっつぶすのはそれをぶつけるためではなくて邪魔な相手を抹殺するためですから」
つまるところとても冷静的な判断なのですよと銀二はうんうんと頷く。
「あ、ぶっつぶすと言っても殺しはしませんし、言わば牽制球ですね。今すぐこの街から消えろとかそんなもんですよ」
「馬鹿ーっ!」
何語……? あたし日本語と初級の英語しかできないから、その他の言葉で話されてもちょっと……。ああっ! マジで理解できない。何なのさ、あたしに恨みでもあるわけ? さっきから意味の分からない言葉をぺらぺらと……!
すると狐は自嘲の笑みを浮かべる。あたしは少し気分を落ち着かせた。
「ああ、もう一つ怒っている理由がありました。どうでもいい奴らはとことん魅了できるのに、本当に大切なときには使えないこの無用の力に対してすごく腹が立ちます。どうして雪にはきかないんでしょう。雪にならそれでいいのに」
あたしは溜息をつく。
ナルシストだなあ。
「あたしは外見だけで人を好きになれるほど軽薄じゃないわ。というかほとんどの人がそうだと思うけど。……あんた今まで運がなかったのよ。もっと世間に目を向けていろいろ出会いを楽しめば良いのに」
「ボクはおよそ三百年かけてボクが好きになれるひとを探した。それでも運がなかったと言うんですか? ――ボクを好きになるひとならそりゃあたくさんいましたけど、ボクが好きになれたのは今のところ雪、君しかいない」
な、ナルシストだなあ。
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