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ゴジラ〜人の創りしもの〜
作:ぎどらまん

第八章 

2006年4月9日。午後8時。
島津は、大野と吉田を連れてあるパブへ来ていた。以前北条やエーベルバッハと来た場所である。
落ち着いた曲が店を包む中、老若男女問わず曲が奏でられているピアノの周りでゆっくりと踊っている様子を、大野と吉田はまじまじと眺めていた。
「珍しいか?」
ウイスキーを一口のみ、島津が尋ねる。
「はい…大野くんに時々連れて行ってもらったりするのは、もっと粗野なところで…」
「悪かったな。」
仏頂面の大野が口を挟んできた。
「別に、そんな意味じゃないわよ。」
吉田も言い返し、大野を睨み付ける。島津はその様子を、穏やかな顔で眺めていた。
「隊長、珍しいですね。」
ふと、大野が島津に呼びかけた。
「?どういうことだ?」
「いや、なんと言うか、いつもの隊長なら、こういう状態には基地で厳しい顔して押し黙ってるんだろうなと思って…」
今日この場に大野と吉田を誘ったのは、島津だった。
これだけでも珍しいというのに、今現在、島津たちを取り巻く状況は、決して芳しくない。
それなのに、島津は異常なまでに穏やかな顔でいるのだ。
長年島津に連れ添っている大野が疑問を持ったのは、当然のことだった。
「ん?まあ、ピアノがな。」
「確かに、良い音色ですよね…。」
吉田が、大きくうなずきながらいう。
大野は、またピアノのほうに視線を戻した。
そして、ピアノの周りで静かに踊る一団に目が視界に入った。先ほどから気になっていたものだ。
「なあ、吉田。」
大野が、少し小声で声をかけた。吉田が大野のほうに顔を向ける。
「少し、踊らないか? 」
「え、何言ってるの?大野くん、あんなのしたこと無いでしょ?」
「いいから!」
大野が吉田の手を引き、立ち上がった。
吉田は一瞬島津のほうを見たが、行ってこいというように頷く島津の顔を確認すると、少しためらいがちな笑顔で大野の後について行った。
ぎこちない動きで一団に入っていく二人の様子を確認し、少しにやりと笑った島津は、またピアノのほうに視線を戻した。
先ほどと代わらない穏やかな顔、しかし、そこにはどこか悲しみがこもっていた。
お前は、もう俺に弾いてくれはしないんだな…
そのとき、ピアニストが島津の視線に気づいた。
勿論、先日と同じ東洋系の女性である。
島津のことを覚えていたのか、先日と同じように微笑み返した。島津も、会釈で返す。
と、視線を上げた島津に、一瞬ピアノの後ろにあるテーブルが目に入った。
男が3人、座っている。服装は普通の若者と変わらない。しかし、その様子は少し違っていた。
―素面だな。
確かに、3人はまるで酔ったように、和やかに世間話にふけっている様子ではある。
しかしその視線は、一般人には気づかれないほど一瞬であるが、まるで鷹の目のような視線を『何か』に向けているのだ。
島津でさえも3人が一瞬目に入ったとき、その一人がその目をぎらつかせていなければ、まったく気がつかなかっただろう。
―プロだな。何かある。
島津が、彼らが時に向ける視線の方向を追った。
―あの女か。
島津の目が、一瞬厳しくなる。
そのとき、吉田が大野の手を引きながら戻ってきた。
「おお、どうだった?」
島津が尋ねると、吉田は首を横に振った。
「…ごめん」
大野が小さくなっている。
「ま、柄に合わんからな。ほら、飲め。」
そういって、島津が大野のコップにウイスキーを注いだ。
「どうも、すいません。」
「うむ…ところでお前ら、ちょっと俺に付き合ってくれんか?」
島津の目が、真剣なものに変わる。その凄みに、大野と吉田は居住まいを正した。

店の片づけを終えたピアニストは、真夜中人通りも少なくなった路地を歩いていた。
華やかであった店での姿とは一変し、地味な服装に着替え、帽子を目深に被り、華奢な背中からはむしろ寂しささえ漂う様子である。
ピアニストが、角を右へ曲がった。
いつもどおりの道。
何も恐れることは無いのに、いつも恐れてしまう。
曲がった先に、あの『赤い目』が待ち受けているのではないか…
そこに立っていたのは、3人の男であった。
服装は普通の若者のそれではあるが、何か雰囲気が違った。
「リョウコ=キミサワだな?」
真ん中の眼鏡の男の言葉に、ピアニストは一瞬言葉を失った。
「CIAだ。貴様のことは、レドリシアから聞いている。…一緒に、来てもらおうか。持っているんだろう?キューバーを…」
眼鏡の男の隣に立つ、伸ばした金髪を結った男が言う。
ピアニストの仮面を先ほどまで被っていた君沢遼子の顔が、とたんに真っ青になった。
「あなたたちには…渡せない。」
君沢はそう声を絞り出すと同時に後ろを振り返り、駆け出した。男たちがそのあとを追う。
君沢は後ろを振り返ろうとはしなかった。
なんとしても守らなくては。その使命感だけが、彼女の原動力であった。
と、その君沢の華奢な腕を、色黒の太い腕がつかんだ。
金髪を結った男は君沢に追いつこうとして、その足を止めた。目の前には、いかつい顔をした浅黒い男が立っている。
「いかんな。大の男が、女一人を追い回して」
君沢を背中で守りながら、島津が男に吐き捨てた。
両隣には、大野と吉田が立っている。
男は一瞬何が起こったかわからず呆然としていたが、やがて、島津の顔にその目を留めた。
「シマヅ…」
島津を睨み据えながら、男が呟いた。その目に、怜悧ともいえる鋭さが宿る。
「貴様…俺の名を?」
島津がいぶかしげに問い返した。
しかし、あまり聞こえていなかったのであろう、大野と吉田はきょとんとしていた。
島津も、そういって一瞬ためらっていた。
本当に自分の名を呼んだのだろうか?こんな見ず知らずの男に…だが、その生命を感じさせない、ガラスのように鋭く冷たい視線には、どこか覚えがあった。
「まさか、お前は…」
島津がそういいかけたとき、男の仲間が追いついてきた。
「ホフマン、どうした?」
眼鏡の男が、金髪を結った男に話しかける。
(やはり、思い違いか。)
ホフマンという男の名を聞き、島津はでかかった言葉を奥にしまった。
「ジョイか。こいつらが邪魔を…」
そういいながら、ホフマンがジョイの耳元へ寄った。
「…国連軍だ。どうする?」
島津たちには聞こえないように呟く。とたんに、ジョイの額に皴がよった。
「ちっ、…退くぞ。」
島津たちを一瞬にらむと、ジョイたちは逃げるように立ち去っていった。
その様子を確認すると、島津は君沢のほうを振り返った。
「もう、大丈夫ですよ。」
そういう島津の目は、さっきとは打って変わってやさしい輝きを持っていた。
「ありがとうございます。あの、あなた方は…」
「俺たちは通りすがりの・・・国連軍です!」
冗談交じりに大野が言う。明らかに、君沢の整った顔に見とれていた。
「大野君!こんなときに冗談言うんじゃないの。」
吉田が大野を小突いた。
「いてっ、何だよ、むきになりやがって…」
「国連軍…本当ですか?」
君沢が問い返した。
「ええ、まあそうですが…それが何か?」
君沢の少し青ざめた顔に、島津が少し訝しげな様子で聞き返した。
君沢の目が、真直ぐに島津を捉える。その口が、少し動いたようにも見えた。
「…いえ、なんでもないです。」
そういって、君沢はすぐに島津から目をそらした。
「そうですか…とりあえず、うちまでお送りしましょう。」
「いえ、結構です。」
そういって、君沢は後ずさりした。
「しかし…」
「本当に大丈夫です。今日はありがとうございました!」
君沢は島津の声を振り払うようにそういうと、半ば走るようにしてその場を去っていった。
その様子を、大野と吉田は呆然として、一方の島津は眉根に皺を寄せて見送るのであった。


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