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ゴジラ〜人の創りしもの〜
作:ぎどらまん

第十章 

国連本部の小会議室に島津は待たされていた。呼び出したのは北条である。内部の人間で呼び出されたのは彼以外になく、また外部から誰かが来たならこんな小さな会議室を使うはずはない。
ならば北条と二人で話すことになるはずになるのだが、それならばなぜ北条は自分の執務室に呼び出さず、わざわざこんなところで話そうとするのか。
ゴジラがいつ現れるかわからない状況で、悠長なものだなどと、ため息交じりに考えている。と、ノックが聞こえて北条が入ってきた。
「おう,もう来てたのか。ご苦労」
そういって席につく北条の横に、見覚えのある男がいて、島津は思わず絶句した。
「あんたは…」
島津に声をかけられて、アメリカ国防長官のベリーは気まずそうに笑みを浮かべた。
「突然秘密裏の会議を持ち込まれてな。お前にも来てもらった。」
ベリーに腰掛けるよう促しながら、北条が言った。
「改めて国連軍の協力を拒否なさるつもりですか?」
島津が冷たく言い放つ。ところが、ベリーは島津の言葉に、意外にも首を横に振った。
「逆だよ、島津君。私は、この国を守るためにむしろ国連軍の積極的な支援を要請したいのだ。」
意外な言葉に、島津は拍子抜けしたように目を丸くした。
「どういうことです。」
「あのハワイでの決戦…信じられなかった。あいつは・・・ゴジラは、まさに悪魔だ。人間同士対立しているようでは、とても対抗できる存在ではない。そう思ったんだ。」
「では、アメリカの公式表明に反するので?」
「あれは私が入院している間に勝手に決められた内容だ。それも、CIAの連中にそそのかされてな。」
ベリーの表情が、怒りを帯びていく。
「その情報は手にしています。やはり、レドリシアを捕えたという情報は真実で?」
「ああ、そしてやつはとんでもない情報を仕入れてきた。それを利用して、CIAはパンドラを大量に手に入れるつもりだ。」
「パンドラ…を!?」
島津と北条の顔から、一気に血の気が引く。
「私は恐ろしいのだ。ゴジラのような存在が、また現れるのが。そんなのはアメリカの派遣を助けるとは思えない。むしろ、破滅を招く。だから…」
「国連軍に協力すると、決意されたわけですな。」
北条の言葉に、ベリーが大きく頷いた。
「それで…CIAはパンドラを入手したのですか?」
島津がベリーに問う。
「いや、それはまだ…確か、ある女の協力がなくては、入手は不可能だそうだが…今頃はもう誘拐しているのかもしれんがな。」
「女…?誘拐する…」
次の瞬間、島津の脳裏にあのピアニストの顔が通り過ぎた。
「まさか…!」
そのとき、北条の胸ポケットからアラーム音がした。失礼、といってポケットから携帯電話を取り出し、話し出す。
「何!判った。」
一瞬あわてた様子で、北条は電源を切った。
「島津…出たぞ。」
「ゴジラですか。」
「うむ。半日以内に、カリフォルニア州に上陸すると考えられるそうだ。」
「どさくさにまぎれてそんなに近くまで…」
島津が唇をかんでいると、前に座っていたベリーがすっくと立ち上がった。
「来るべき時は来た…北条君、くれぐれも、よろしく頼む。私は、大統領を説得する。」
「了解しました。・・・島津、君を前線指揮官に任命する。西海岸支部の第2課と連携し、米軍の援護に当たれ。」
島津が、唇を固く結び、敬礼した。

彼方にあるカリフォルニアの空を反映したかのような、見事な青空である。強烈ともいえる日差しに、海面は眩い煌きで答えていた。時折、海豚の群れがその輝きを弄ぶかのように跳ね回る。と,それまで生き生きと泳いでいた海豚の一群が、突如としてその動きを止めた。
海の照り返しのまぶしさに、一瞬その体が見えなくなった後に浮き上がってきた海豚の群れは、残らず腹這いになってしまっていた。水にぬれきらびやかであった肌は、どす黒く変色している。
そして、空に浮かぶ風船のように浮き沈みする亡骸の下を、巨大な黒い影が泳ぎすぎていった。
アメリカ合衆国海軍第3艦隊の旗艦を務める揚陸指揮艦・コロナドは、満天の青空の下、ニミッツ級原子力空母ニミッツ及びジョン・C・ステニスをはじめとする第3艦隊の艦艇群を引き連れ、カリフォルニア州ロングビーチ沖に停泊していた。
甲板を歩く兵卒たちのどこか強張った顔を艦橋から眺めながら、艦隊司令のジョン=ニコルス中将は、先ほどから握っている拳に、更に力を込めた。
「司令。」
とニコルスに声を掛けたのは、コロナド艦長のボリス=モロスである。
「目標が艦隊西方200キロ圏内に侵入しました。更に進行中の模様。」
「うむ…」
そういって、ニコルスは眉間に皺を寄せた。とんでもない任務を受けてしまった。苦りきった顔から、モロスは司令の心境をはっきりと読み取った。
―海軍屈指のタカ派と称された男も、老いさばらえればこんなものか。
と思い、内心でため息をつく。史上最年少に近い年齢で艦隊旗艦の艦長を拝命されたモロスは、幾多の戦歴を持つ勇将と讃えられた艦隊司令を座乗させたことに、一種の名誉を感じていた。
ところが、いざ司令が乗り込んでくると、党の人物は開戦前から緊張の極致に達し、酷い時には艦橋の全士官に聞こえるようなため息まで漏らしていた。
―気概を失った、老いぼれ。
艦長としては若い上に、徹底したエリート教育を受けてきたモロスにとって、もはや艦隊司令はそんなものでしかなかったのだ。
ニコルスは、そんなモロスの冷たい視線に気づかないわけではなかった。勇将の名が廃ると思わなくはない。だが、それ以上に、ハワイにおける第7艦隊の壊滅的被害は、『最強伝説を持つ』アメリカ軍において自他共に認める勇将としての地位を確立してきたニコルスの心に、大きな傷を与えてしまったのである。
―最強艦隊を壊滅されたというのに、政府はまだ目が覚めないのか。国連軍と協力すべきだ。
これまで一生を海軍にささげてきた重鎮であるが故の重く厳しい一言を発する前に、ニコルスはあろうことか米軍によるゴジラ単独攻撃作戦の司令官に任じられてしまっていた。
―…勝てまい。そして、この国も…
血気盛んな若者の視線を無視し、ニコルスはどこか諦念の混じる、悲壮な覚悟を決めていた。見れば、彼がこれまでこよなく愛し続けてきた海も、いつもより深く暗い青色に染まっているように見えた。


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