◎Change◎
マレーシアと言う国、クアラルンプールと言う街に関しては今までも色々書いた。
(MalaysiaBolehとKLTour参照)
でも今日は、一年近くマレーシアから出ていて帰って来て思った事を書きたい。
2003年5月、このクアラルンプールと言う街に8ヶ月ぶりに帰って来た。
最初は別に変わった事なんて気付かなかった。うちのコンドミニアムが
塗り替えられてちょっと綺麗になったな、とガードマンが変わってるな、ぐらい。
でもまたここで生活するにつれて、一年経たないうちに随分と
変化を遂げていることに気が付いてしまった。うちのすぐそばにある
屋台みたいなところは床がタイルになって綺麗になった上に道路まで舗装して
でこぼこ道じゃなくなってた。その上カフェに有るような水しぶきを飛ばす
扇風機まで取り付けちゃって、ちょっとしたお洒落なレストラン気取り!
スンガイワン(ブキビンタンに有るショッピングモール)の前に
モノレールの駅がでーんと構えちゃって、それを中心にレストラン街みたいのも
出現。モノレール自体は試運転の時事故が有ったらしくまだOPENして
居ないけど、その駅のまわりは変わっていた。ゆいが好きだった中華料理屋さんも
パワーアップしたのか何なのか綺麗になって店の大きさも広げたみたい。
学校の前の道も歩道が綺麗に整備されて妙〜に歩きやすくなってた。
ゆいたち家族がはじめてマレーシアに来た時に泊まった懐かしの
パークロイヤルホテルもフロント改装中らしくロビーが異様に小さかった。
一番ショックだったのは先週末行ったチャイナタウンの変貌だ。
ぺタリンストリートと言えばごちゃごちゃした偽者のVCDや偽ブランド品の時計や
バッグ、香水、それにヒッキリナシに鳴っている目覚し時計でごった返してる
有名な安売り通りだった。なのに・・・なのに・・・先週末行った
ぺタリンストリートは途中3分の1が改装中、マックに行く側の3分の1が
従来のごちゃごちゃ、そしてコタラヤ側の3分の1が出来上がったアーケードと
舗装されたレンガみたいな通りに包まれたまるで日本の商店街だった。
妙な青みたいな緑みたいな色のアーケードなんかつけちゃって何様だ。
車が完全に通れなくしちゃってるし、妙に小奇麗で、日本の商店街とどこが
違うんだ?ゆいはマレーシアって国の良さがどんどん失われていくみたいで
すごい哀しかった。それに、まだ改装されてない方の3分の1だって、前みたいに
VCDの偽者とかは売ってないの。CDも。一年前は映画なら何だって
チャイナタウンに行けばVCDが5リンギで手に入ったって言うのに。
法律が厳しくなってリスクもコストも大きいからもう誰も売ってないんだって
そこのオジサンが言ってた。それを哀しがるのは映画俳優とかに申し訳無いかも
しれないけどでもやっぱ哀しいよ!俳優なんてあんなに金持っててデカイ家に
住んでるのに貧乏学生のゆいから映画見るだけでそんな高い金取るんかい!?
貸しビデオ屋も無いマレーシア。偽VCDが5リンギで買える良い加減さ
が好きだったのに。あのごちゃごちゃした何でも有りのチャイナタウンが
好きだったのに。全く、安さと何でもあるとこがウリじゃ無かったのかヨ。

だけど、こうやって悲しんでしまうのは人間の自分勝手な感情なのかな?
人だって街だって物だって、ずっと変わらないものなんて有るわけ無いんだよね。
日本だってアメリカだってヨーロッパだって、変化し続けながらだんだんと
今の形になったわけで、今の状態がたまたま好きなだけかもしれないし。
マレーシアだって今までもずっと変化して来た中で、たまたま自分が出会った
時のマレーシアが好きだから変わってしまって文句を言ってるゆいは
やっぱり自分勝手なのかもしれない。形有るモノは皆いつか壊れるから、
だから形にならない思い出と言う状態で心に、頭に覚えてれば良いのかもしれない。
ボロボロだった学校の前の道を、みすぼらしかった屋台街を、日本の商店街とは
程遠かったチャイナタウンを、知っている、見たことが有る、覚えてる
ってだけでゆいは幸せだったのかもしれない、と思った方が良いのかな。
ゆいが思ってる「古き良きマレーシア」が本当に古くて良いのか、どれぐらい
古くて良いのか、なんてわからない。だけどこの街はきっとこれからも
どんどん変わっていく。いつかKLタワーの上に上ってみても、一面灰色で、
緑なんて無くて、高層ビルばっかりで、東京タワーからの景色と区別が
つかない場所になっているかもしれない。それでもゆいは、初めてマレーシアに来た
時の感動を、好きだったクアラルンプールの景色を、覚えていたいと思う。
形有るモノは形を変えても、その形を焼き付けた脳裏での映像は、
きっと変わらないでいると信じたいよ。