◎Language◎
これから書くことは生意気なことなのでそれを覚悟してから読んで頂きたい。(緊張!)
えっと、このあいだ母と『英語が喋れるようになるまで』みたいな事を
話していて、不思議に思ったことが有る。ゆいには8歳したの妹(現在12歳)が
居るのだか、彼女がインターに入ってまだ間もない頃、小学校のESL
(EnglishAsASecondLanguage)のプログラムがひどくて
びっくりしたそうだ。なんだか歌を歌ったり絵本を読んだり、すごく幼稚な事ばかり
習っていて意味がなさそうだったらしい。それを学校側に抗議したところ、
『だいたいネイティブじゃない人が英語を喋れるようになるまでには5年から
8年はかかる。それには、学校の担任と、ESLの教師と、そして家庭教師が
協力しなければならない。何もわからない親は黙っててください。』みたいな
感じだったらしい。疑問に思ったのは、『5年から8年かかる』って事と
『家庭教師』と言うところ。うちの家族が日本を出てまだ4年だし、
兄弟のうちで誰一人として特別な英語のレッスンなど日本で受けていた
わけではない。だけどゆいも弟も妹も今では普通に不自由無く英語で授業も
受けられるし会話も困る事はほとんど無い。そりゃあ完璧に喋れるように
なったわけでは無いけれど、そもそも100パーセントパーフェクトな
語学を喋れる人なんてこの世に居ないのだ。ゆいは日本人でもちろん日本語が
母国語だけどパーフェクトな日本語が喋れるかと言うとそうでもない。
知らない単語や言い回しはたくさん在るし、漢字だって知らないものの方が
多いぐらい。だけどそれでもやっぱり『喋れる』という範囲に入るのは、
日常生活に不自由無く日本語で暮らせる、会話が理解出来る、といった
事の為だろう。英語で同じぐらいのレベルに達するまでも何も8年も
かけなくたって大丈夫だった。それと、うちの父親は「塾に行くのは
金をドブに捨てるのと同じ事」という主義(どんな主義だか(笑))なので
もちろん同じような趣旨の家庭教師なんてハナっからつけようと考えてもない。
ゆいも兄弟達もそんな助けがある事を前提に考えては居ないから、
母が小学校でそういわれたと聞いて不思議に思うやら腹が立つやらであった。
だいいち、家庭教師をつけようがつけまいが喋れるようになる人は喋れるようになるのだ。
それと同じで、いくら高いお金で家庭教師を雇ったって喋れるようになるのが
保証されているわけじゃない。ゆいは語学の習得は本人のヤルキにかかってると思う。
4年も5年もインターに居たけど最後まであまり英語が喋れない人を何人も見た。
でも2年しか居なくてもそれなりに上達して楽しそうに外人とお喋りする人も居た。
家庭教師をつけなくたって宿題も自分の力で調べたり、英語で喋る友達を作って
頑張る人も居れば、家庭教師が居たところで学校では日本人とベッタリで
せっかく親が英語を話す機会を作ってもそれっきり、みたいな人だって居るんだ。
つまり、かけるお金とか時間とかはあんまり関係無くて、喋れるようになりたい、
と思ったら自ずとチャンスを作ってそれを掴んでいくものなのだ。
だから語学(と言っても英語以外はわからなくて申し訳ないが)の習得は
本人のヤルキ次第だ、と言ったのである。だから、親の転勤に仕方なくついて来て、
マレーシアには日本人学校が中学までしかないから仕方なく高校はインター。
だが大学はもちろん日本を受験してまた日本の生活に戻るんだから英語なんて
喋れなくたって関係無い。あと数年の辛抱だ。と思っている転勤族の
『可哀想』な子供達(Heart‘sWindow−Escape参照)が
お金をかけたって時間をかけたってあんまり喋れるようにならないのは実は
当たり前の話なのだ。(とゆいは思う!)自分でモノにしようって言う感情が有って
初めて努力するし上達もする。状況が、まわりに日本人がひとりも居なくて
言葉が喋れないと食料も調達出来ない、という命に関わるような環境であるなら
別だが、クアラルンプールのインターのような、日本人の友達に困らない状態なら
尚更英語なんて喋れなくても良い、と思ってしまって仕方無い。だから
必要最低限の言葉でも充分大丈夫、というわけなのだ。
自分もそんなに発音が良い訳でも無いのにズケズケと生意気な事を言ってしまったが、
そこは最初の一行のお断りに免じて許していただきたい。(真剣)
ゆいの言いたかった事は、子供に英語が喋れるようになって欲しい、と懇願して
お金を注ぎ込んでる親御さんたち・・・子供が自分で喋れるようになりたい!
と思うまではその苦労も水の泡です。それと、英語が喋れるようになりたい、と
思っている方々・・・5年も8年もかからずとも、お金だってそんなにかけなくても、
自分のヤルキと頑張り次第で喋れるようになるはずデス。だから、頑張って!!