Cruel Love

 

第1章〜6月6日、雨〜

 朝から沈んでいた。全てのことが最早どうでも良かった。昨夜の返答は、未だにされていなかった。俺はただ、ただそれを待つしかなかった。

 11時頃だっただろうか?彼女から、待ち望んでいた筈の返信メールが届いた。しかし、その内容は先程まで予想していた通りの、否定型の内容だった。俺は別段、何とも思わなかった。いや、何かを思う気力が無かったと言った方が正しいのかもしれない。昨日の夜、自分の胸に抱く淡い感情を伝えたメールを彼女に送り、その返事が無かったことで既に全てを諦めていた。俺は、とりあえず彼女に返信した。「とりあえず友達でいさせて」と。彼女は他の男に恋をしていた。その恋が破れたとき、もしかしたら俺の元へ来る、と愚かなことでも考えていたのだろうか。それとも、『他の男』が、俺自身だと思っていたのだろうか。

 雨が降り続く中、俺は地元にある湖へ向かった。以前ここに来た時、非常に静かな場所だということを知っていたからだ。雨のおかげで湖が霧にかすみ、何とも言えぬ幻想的な景色が広がっていた。この湖に身を投じれば、楽になるだろうと考えた。しかし、去年の夏に死の恐怖を覚え、それ以来口にはするもののそれ自体に直面することは極度に怖れ、避けていた。雨が、切り裂かれてた心を更に破壊していた。

 家に帰り着いた俺は、即座に携帯電話のメールアドレスを変更した。そしてそれを俺の友人達にメールで知らせる際、今までの事を相談していた女友達に事後報告をした。彼女は、その相手が誰なのか、明るく尋ねてきた。俺はそれを素直に教えたが、彼女のその明るさが妙に腹立たしかった。

 

第2章〜6月7日、晴のち雨〜

 もう彼女には会いたくはなかった。俺は、その日から彼女のいる所へ通うことを止めた。彼女に会う度、俺が辛い思いをすることは明白に分かっており、彼女の悲哀な視線に見つめられることが嫌で仕方がなかった。幸い、彼女と遭遇することもなく、相談役の女友達もいなかった。

 昼過ぎ、あれだけ気分良く晴れていた空が泣き出してしまった。この雨に濡れたい。俺は思った。雨に濡れ、流され、何処とない場所で人知れず身を隠したいと思った。雷鳴が轟き、付近に稲妻が叩きつけられた。本当にそれに恐怖したのか、可愛い子ぶったつもりなのかは分からないが、女達が悲鳴をあげた。俺は、それに反応する気力すらなかった。だが、僅かに舌打ちをした。隣にいる友人が、どうしたのかと尋ねてくるほど俺は沈み、無表情で雨を見ていた。

 

第3章〜6月8日、曇のち雨〜

 最も怖れていたことが起こってしまった。俺が、莫逆の友とも言える男と談笑しながら歩いている時、偶然にも彼女と擦れ違ったのだ。彼女を見た時、俺は、思わず声を荒げた。司会の墨で彼女が視線を逸らしながら去っていくのが見えた。振り返ることなどしなかった。俺は妙に悲しく、そして妙に腹立たしかった。

 昼、またもや彼女の姿を発見した。俺は、ただ無言で彼女の前を走り抜けた。走り去っていく俺を、彼女はどんな視線で、或いは見ていたのだろうか。そんな事は、俺の知ることではなかった。

 夜、俺は旧友に会うべく、とある場所にあた。自宅以外で、今の俺が唯一落ち着ける場所ではないだろうか。そして俺は、その安堵感を切に求めていた。

 しかし、待ち合わせの時刻になっても、旧友は姿を現さなかった。ふと俺は、彼女にメールを送ってみた。その時、彼女は俺にこう知らせてくれた。「私の級友に、この事を言った人がいる」その言った人とは、俺の友人の中の1人だった。親友に次ぐ、信じるに足りる友人だった。俺は、その男に裏切られたと思い、それを彼女に告げた。それと同時に、自虐的な台詞も吐いていた。果たして、彼女は男を庇った。その上で、俺に自虐的なことは言うな、と言ってきた。その男を庇う彼女の口調に、俺は苛立ちと嫉妬を覚えていた。そして、こんな俺をあの人はどう思うのだろうかと、過去の想い人を思い出していた。

 旧友との再会に歓喜し、又彼女のことを忘れようとし、俺は盛り上がっていた。俺が帰宅したのは、雨が降り始めた深夜24時半過ぎのことであった。

 

第4章〜6月9日、晴〜

 昼過ぎに目覚めた俺は、最も親しい友人を呼び出した。彼もまた、俺と同じ境遇の身であった。近くの湖に行こう。俺はそう彼を誘った。

 彼女への恋が破れた時に来た湖に、俺は再び立っていた。晴れていたので、幻想的な感覚は無かったが、静かで、のどかで、幾らかの切なさを醸し出す風景であった。いつか昔に、幼友達と見た景色に似ていた。俺と男は、土手の草原に身を横たえた。これからどうするのか?今まで全てのことを彼女に捧げてきた。全ては、最終目標の彼女のために――――――。しかし、それは志半ばで消滅した。最早生きている価値も無い。そう言っても過言ではなかった。何言か喋ったあと、俺達は黙り込んだ。空を見、湖を見ながら、彼女の追憶でもしていたのであろうか。男はそれでも俺よりは前向きに考え、新たな出会いを求めようと決意していた。俺は、そんな男が羨ましかった。忘れられるのなら、こんなに長く沈んでなかっただろう。しかし、俺は彼女を忘れられず、沈んでいた。

 

第5章〜6月10日、曇のち雨〜

 俺は、北に向かっていた。自転車に乗って、北に向かっていた。彼女が自分よりも北に住んでいるのにも関わらず、俺は北に向かっていた。

 辿り着いた所は、かなり開けた都市の駅前であった。既に夕刻からの路上ライブの歌声も響いており、かなり盛り上がっていた。俺は、彼女と2人で行こうと計画していた場所を順々にまわっていた。まるで、彼女の影を追い求めるように。カップルが多かったことは腹立たしかったが、各所をまわりながら彼女と2人でいる姿を想像している俺自身の方が、よほど腹立たしかった。

 帰路の途中、夕立の雨が降り始めた。当初は傘をさしていたが、強風の為やがて役立たなくなってしまった。俺は、冷たい雨に身を濡らすことを決意した。

 心無い雨に降られ少し頭が冷えたのか、俺の脳は冷静な思考ができるようになってきた。それと同時に涌き出てきたのは、自嘲心と強い後悔だった。なぜ、あんな自虐的なことを言ってしまったのか。何故、叶わぬ恋に未だ想いを馳せているのか。そして、何故彼女を好きになってしまったのか。確たる答えは出てこなかった。しかし、俺の心中ではたった1つだけ、決めたことがあった。自虐的になって暴言を吐いたことを謝ろう、と―――。俺は、雨の中に一筋の光を見た気がした。

 

第6章〜6月11日、晴のち曇〜

 結局、この日の夜、俺は彼女に謝罪のメールを送った。彼女は彼女で、嫌なことが多く、何と言ったら良いのかが分からなかったらしい。俺は独学で取り入れた心理学を基に、彼女のそれを尋ねた。俺は、それが彼女自身の問題だと思い込み、その通りの返信をした。その見返りは無かった。俺は、また彼女との距離が開いていくのを感じた。冷静に考えてみれば、それが良かったのかもしれない。しかし、感情的にはそれを拒んでいた。叶わぬ恋だと知ってても、俺は彼女のことが好きだったのだから。

 人というもの、理屈では分かっていてもどうにもならないこともある、ということを知った。かつての『私』だったそれを決して許すことはなかったであろう。例え、俺と同じ状況だとしても。『私』とは違った、人間の恋――つまり、無駄な想いだとしても想い続けることもあるし、確証も無いのに彼女が他の男と微笑っているのを見て嫉妬したり――を、今俺はしていたのだった。止めたくても止められない、そんな新たな人間味を知り、俺は再び独りになった。

 

第7章〜6月12日、曇〜

 彼女への想いが通じないことが分かって、早や1週間が過ぎた。俺は疲れきっていた。彼女に恋焦れて、苛立つことが。だが、止めることは出来なかった。限りなくゼロに近い状態から、いやむしろマイナスからの再出発をしよう、と俺は思っていた。前ほど頻繁じゃなくてもいい。顔を見なくてもいい。俺がここに存在し、どんな時でも想いを馳せているということを彼女が分かってくれ、それを覚えていてくれればそれで良かった。最早、俺に彼氏になろうという野望はなかった。辛い恋になることも、冷酷な恋になることも覚悟はできていた。決して諦めない。雨は、やがて雲に変わっていた。

 

 

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