桜、散る季節

   

序章〜逃亡〜

 

既に何人殺したのかは、もう覚えていない。右手に持っている銃―ブローニング―の銃弾を換えたのは、既に十数回。走っては撃ち、また撃つ。それを何度も繰り返していた。そして今俺は、ビルとビルの間にいる。一人の女を連れて。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。それより追っ手は?」

女―明智まどか―が言った。

「殺気はない。長崎も俺の腕を知っているからな。無駄に多くの追っ手を出して、殺されるのは組織の恥だ。少し移動しよう」

俺はまどかを連れ、ビルの谷間から大通りに出た。ここなら狙われる可能性は低くなる。俺は泥酔した連中の蔓延る大通りを歩いた。まどかは、俺の左腕にしがみついている。

 

しばらく歩いたところで、左の小路に入った。更に前進する。“ガラン!”刹那目前のマンホールの蓋が開き、中から男が飛び出てきた。その男の左胸には、侵食された月を象った『滅月会』―俺がかつて所属していた組織―の証であるバッジが付けられている。俺は素早く黒のコートの右ポケットに入れたブローニングを出し、即座にその男を撃った。男は額から血を流し、死んだ。次いで右斜め前方の建物の影に隠れていた男の首を撃ち抜く。事はわずかで終わった。俺は二人の死体をマンホールの中に落とすと、再び歩き始めた。

 

一時間程歩いただろうか。俺達は、場末の薄汚れた酒場に入った。この酒場にある建物の地下が、俺と奴の待ち合わせ場所になっていたが、未だその時刻には遠かったので、ここで暫く待つことにした。薄暗い照明の小さな部屋の中には、浮浪者じみた男、売れない売春婦、麻薬の売人とその顧客など、あらゆる『裏』の世界に住む人間が酒を飲んでいた。無論、俺達と同業の者もいる。

「はい、元秀。少し飲もう」

まどかがカウンターの奥にいる店の主人からバーボンを二つ受け取り、俺と向かい合わせに座った。

「少し早かったみたいだね。飲んで時間潰すしかないね」

彼女はバーボンを一口飲んだ。俺も彼女に倣いながら、ふとまどかを見た。ショートカットを茶色に染めた髪、美しい顔立ち、細く、長く伸びた手足。何処をとっても文句のつけようのない彼女を見ながら、俺は今までの自分自身を、思い返していた。

 

 

第一章〜小早川元秀〜

 

 父親は全く何処の誰だか知らない。母親は自らの身体で金を手に入れていたようだった。当初俺はその金で食っていたが、やがて母親は荒れ始めた。原因は、客に執拗に打たれたコカインだった。その結果、彼女は俺に暴力を働くようになっていた。耐えかねた俺はある日、台所にあった包丁で彼女を刺した。呆気ないものだった。その一刺しで彼女は死んでしまったのだ。俺は家にあった金をかき集め、外に出た。確か五、六歳の頃だったか、それ以前だったと思う。

途方に暮れた俺は辺りを彷徨った。手元の金はすぐになくなり、俺は生きる手段として盗みを覚え、繰り返した。しかし、所詮は子供だった。何度目の盗みだったか覚えていないが、俺は侵入した所の家主に捕らえられた。相手は女だった。俺は逃走することも、殺すことも考えた。しかしその女は俺の両手足を縛り、やがて家の奥から一人の男を連れてきた。長身のその男は、全てのものを威嚇するような表情をしていた。この男に殺されるのか―――。俺は幼心に死を意識した。しかし、男が喋ったことは、俺の覚悟とは全く別のものだった。

「この子は俺の手で育てよう。見るからに孤児であろう」

男はしゃがみこみ、俺に言った。

「私の名は長崎康弘。『滅月会』の総長だ。見るからに君は親がいないようだが?」

俺は頷いた。

「よし、今日から君は私達の仲間だ。君、名前は?」

そう言えば、俺は未だ自分の名を知らなかった。後で調べたことだが、俺は戸籍にも登録されてなかった。

「そうだな…………。………小早川元秀でどうだ?」

悪くはないと思い、再び頷いた。こうして俺は、長崎康弘の保護の元、育てられることとなった。

出会ったその日から、俺は様々なことを教えられた。長時間走ることのできる体力、どんな力の強い人間にも負けない強靭な肉体といった身体的能力から、常に冷静沈着に物事を判断でき、不測の事態にも対応できるような精神的能力、剣術、柔術、そして射撃などの実戦的なことを、次々と教えられた。後にはパソコンでのハッキングや、人脈の作り方など、更に『裏』の世界に生きるために必要なことを教えられた。

 

   

第二章〜黒衣の暗殺者〜  

 

十六の時、養父とも言うべき長崎康弘は俺に一つの封筒を渡した。

「仕事だ、元秀」

中には二枚の写真が入っていた。

「和田幸政。金の亡者だ。奴は政治家から金を受け取る代わりに、その金を使ってそいつらの不正を隠匿している。私はこういう男は許せない。かつて戦前の『血盟団』が理想とした一人一殺主義を我が『滅月会』に取り入れる」

「………で?」

俺は続きを促した。

「元秀の初めての仕事としては、悪くないだろう。和田財閥の元総裁だからな。この男を殺れ」

「……分かった。武器は?」

長崎は懐中から一丁の拳銃を取り出した。

「ブローニングだ」

「悪くなさそうだ」

俺は手渡されたブローニングを眺めた。

「成功を祈ってる」

「ああ」

俺はそれを懐中にしまうと、長崎と別れた。

 

深夜零時。俺は、標的の自宅近くに潜んでいた。『滅月会』情報部の調べ上げたデータは正確なもので、時間も、場所も合っていた。俺はそっと、ブローニング―勿論サイレンサー付きの―を構えた。撃鉄は既に起こしてある。……最後に俺の顔でも見せてやるか。そう思った刹那、標的である和田が俺の方を見た。殺気で感づかれたのだろう。だが和田が声を上げるその前に、俺のブローニングが吠えた。軽い反動の先には、和田が額から血を流し倒れ、死んだ。

この初仕事の後も、俺は次々と長崎の命令通り、暗殺を繰り返した。政治家や財政界の要人は勿論、時には同業者や暴力団員、警察官や学校の教師なども殺した。俺には何故長崎がそう命じるのかは分からなかったが、言われるがまま暗殺に手を染めた。その人数が増える度に、『滅月会』での俺の地位は上がっていた。給金も増え、配下の人間もできた。それと同時に見え透いた追従をしてくる連中も増え、俺の保っていた冷静さが乱れる時もあった。

 

   

第三章〜リストカッター〜  

 

それが何時のことだったかは、最早覚えていない。俺が、長崎と酒を飲んでいた時だった記憶はある。最初は普段と同じく、二人で飲んでいた。そして一人の女が途中から同席した。

「あの……、初めまして」

その時彼女がどういった服装をしていたとかよりも、その言葉と表情を覚えていた。

「桜井佑佳です……。あっ……、今は開発部の人間なのですが……貴方と同じように、長崎総長に拾っていただいた者です。あっ………、宜しくお願いします……」

そう言った彼女、桜井佑佳は微笑った。俺と同じ境遇に育ったこと、そしてそれにも関わらず微笑ったのにも驚いたが、彼女のそれには、普段周囲の人間が俺に押し付ける冷笑いに含まれているものが無かったのには正直刮目した。

「………あの…どうか……、しました?」

思わず見つめた俺の視線に、彼女が訝しがった。

「あっ……、い、いや、何でもない」

「元秀、何慌ててるんだ?」

普段より歯切れの悪い俺の言葉に、横から長崎が口を挟んだ。

「酔ってるだけだ」

俺は手にしたバーボンを一気に飲み干した。事実、理由はなかった。彼女は時々俺の方を見ながら、水を飲んでいた。

その日以来、俺は暇な時間が出来ると彼女のことを考えていた。やがて彼女の元を訪れる機会も増えていた。彼女といると何故か落ち着くことができる、そんな気がしていたからだ。

 

「あの……小早川さん」

彼女の元を何度目か訪れた時、不意に彼女がそう言った。おとなしい彼女には珍しい声の強い調子だった。

「私……、今まで何度か小早川さんとお会いしましたけど……、今日初めて、笑顔を見た気がします」

笑った?俺が?思わず言い返してしまった。

「はい。私はまだ小早川さんのこと、少ししか存じませんが……嬉しいです。あの……、こんなことを小早川さんに申し上げるのは可笑しいことなのかもしれませんが………、最近私は、こうしている時間を何時も求めていました。小早川さんと一緒にいない時間が、昔と何一つ変わらない筈なのに不安で……。だからこれからも、………私の側に、いて下さい……」

俺と同じだった。俺が考えていたことと、全く同じだった。

「俺も……同じだ。何で何時もこう考えるのかは分からないが、俺も……俺も桜井と……」

全て言い終わらないうちに、彼女は俺の身体に抱きついてきた。

「……私……今まで、誰からも必要とされていませんでした……。真夏の熱い日も、冬の雪の日も、ずっとずっと独りでした……。もうそんなのは嫌なんです! だから、ずっと私を離さないで………愛して下さい」

彼女は俺の胸に顔を伏せ、泣いた。

「俺も独りだった。これから……それも終わりだ。二人で、ずっと二人で生きていこう」

俺は生まれて初めて愛しく思った女を、そっと抱き締めた。

 

 俺と桜井佑佳の蜜月は、こうして始まった。今までと何ら変わりなく二人でいるだけだったが、かつて以上の安心と信頼感があった。笑うことや、愛することといった、長崎が教えてくれなかった感情を、佑佳は教えてくれた。そして彼女の一挙一動が、かつて俺が次々と仕事を潰していった時以上に、生きる為に必要だった。今まで俺は、ずっと独りだった。俺を養育してくれた長崎でさえもう、心から笑ってはくれなかったのだから、それ以外の人間は尚更だった。冷笑と見え透いた追従、そして蔑視。佑佳はこれらのものを、全て払拭してくれた。俺もまた、佑佳と同じだった。

 

もう二度と離さない―――。そう固く誓った筈だったものは、呆気なく崩された。長崎が俺に告げた、冷たい言葉。桜井佑佳が死んだ、と―――。有能な配下を失った総長の表情が、それが真実であることを告げていた。自分の中で、何かが壊れていくような気がした。生まれて初めて、不変の事実に逆らいたくなった。確かめざるを、得なかった。

 「佑佳!」

佑佳の部屋に飛び込んだ俺は、愕然とした。ベットの上に、静かに眠っている、佑佳がそこにいたからだ。

「佑佳………」

抱き上げた彼女は、いつもより軽かった。そして、冷たかった。

「嘘だろ………佑佳! ……佑佳! 起きろよ!」

叫びながらも、何か身体の奥から沸き上がってくる感情に、俺は抗する術を知らなかった。

「佑佳……」

そして、俺は泣いた。

 

訳も分からず、気付いた時には部屋にあったカッターナイフえ左手首を切っていた。何度も何度も切り、鮮血と痛みが、感情のように流れ出した。生きる意味を知らなかった俺に、それを教えてくれたのは、佑佳だった。唯一俺を必要としてくれたのは、佑佳だった。そして唯一俺に好意を持ってくれたのは、佑佳だった。佑佳がいるから生きてこれた。佑佳の為に生き続けていた。俺は、こんな佑佳にこれからの俺の全てを捧げるつもりだった。それが、俺が佑佳に出来る唯一のことだったから。それが無くなった時、果たして俺に生きる意味があるのだろうか?

長崎の手早い処置のせいだったのか、手首を切って意識を失った俺は、別室に運ばれ治療されたらしい。気が付くと、左手首には包帯が幾重にも巻かれていた。

『黒衣のリストカッター』この奇妙な渾名が付いたのは、この頃だったような気がする。

 

 

第四章〜再燃〜  

 

結局俺は、死ぬことができなかった。長崎がまだ、俺を必要としたからだ。尤も、この場合の必要というのは組織の為であり、佑佳のそれとは全く異質のものだった。このため長崎は、俺の部屋の近くに多くの配下を配置し、薬すら持つことが許されなかった。佑佳の想い出となる筈だった彼女の持ち物は、多くが処分され、或いは彼女と共に埋葬され、俺には記憶しか残ってはくれなかった。それ以外には何も無かった。愛も、希望も、夢も、野望も、そして、生きる意味さえも。俺には死以外に欲するものは、無かった。

長崎は、俺に仕事すら持たせなかった。持っていた武器も全て奪われた。事実上の軟禁状態に俺は追い込まれた。眼を閉じても開いても、見えるのは佑佳だった。初めて会った時の、あの表情。終電に乗った時偶然一緒になって談笑した、あの時間。組織の建物の中で擦れ違った時の、あのはにかみの表情。初めて入った部屋の中で、俺に食わせたいと料理を始めた時の、あの楽しそうな表情。連れられて初めて行った夏祭りの時の、青の布地に紫陽花を彩ったあの浴衣姿。何れも些細なことであったが、その一瞬一瞬は全て脳裏に焼き付けられていた。

 

人は結局、独りで生まれ、単独で人生を歩み、そして孤独に死んでいく。しかしそれは自明の理であり、不変の真理であり、主体的或いは客観的に見ても決して覆すことが出来ない筈であるが、人間の本能のレベルにおいて実に呆気なく否定される。誰もが皆、孤独を嫌い、愛を欲する。心の渇きを潤す一種のミネラルウォーターを拒否できる筈はないのである。例え裏切られ、全ての女を憎む男でも、利用され罠に落とされ全ての男を嫌悪する女でさえも。何より大切なものは純粋な愛であり、それを信じる勇気である。

 

桜が咲き、雨に散り、太陽が全てを照りつける。そして紅葉が色付き、木枯らしに落ち、冬の冷たい風が吹き抜ける。この循環が何度か繰り返され、時は過ぎた。佑佳が死んでから三回目の桜の季節、俺は遂に長崎から仕事を命じられた。久し振りに握ったブローニングの感触が、『黒衣のリストカッター』を蘇生させた。自殺という悲嘆への決着の手段は、大量虐殺の流血の快感に敗れた。一人一殺主義の『滅月会』の中で一人万殺主義を掲げた俺は、仕事を全て殺った。鉛弾一つで人を壊すことは、全てを失った俺の生きる意味になっていた。

 

「元秀。お前の新しい配下だ。この前の仕事で殺された三木の代わりだ」

記念すべき五百人目の殺害を終えた俺に、長崎が一人の女を伴って言った。

「………三木と同じくらいか、それ以下の配下は邪魔なだけだ」

長崎は俺の言葉を無視し、伴っていた女を前に出させた。

「初めまして。『滅月会』特殺部副総長、明智まどかと申します。本日付けで総統府に昇格になり、小早川元秀副総長の配下に付けさせていただきます。宜しくお願い致します」

彼女の言葉を聞いた途端、俺は長崎を見た。特殺部から総統府に移ることは昇格と言われているが、事実上は降格と言える。何故なら、俺のような例外を除いて殆どが直接仕事に関わることができなくなるからだ。それは例え俺の配下となった者も同じだ。又、誰よりも血を求める―――これが『滅月会』の入会条件の一つだった筈だ。そして特殺部の副総長の座に就けるほどの実力の持ち主を、長崎がわざわざ降格させる筈はないと思った。

「志願だよ」

長崎は即座に俺の疑問に答えた。

「何故だ?」

俺は明智まどかと名乗った女に尋ねた。

「はい。『滅月会』の中で一、二を争う実績の持ち主でいらっしゃる小早川副総長の技を、直で拝見し、学ばせていただきたいと思ったからです」

尤もらしい理由だった。そして俺には、拒む理由がなかった。

「……分かった。認めよう」

 

 

 

第五章〜埋まっていくもの〜

 

新しく俺の配下に加わった明智まどかは、有能な女だった。現在俺の配下にいる十三名のうち、仕事の精度は最も高かった。気付かれぬ尾行、正確な射撃、そして逃走。彼女の武器であるベレッタは、何人の血を吸ったのだろうか。そんな完璧な仕事を遂げた後でも、彼女は冷静さを保ったままだった。

そんな彼女がミスを犯すのは、何故か俺との仕事の時だった。普段は単独行動をする俺であったが、同業者を殺る時には優秀な配下を一人、連れて行くようにしていた。それに俺は明智を選んだのだが、何故か一つミスを犯す。尾行に気付かれるようなことをしたり、逃走時に追っ手に見つかったりといったことが多かった。常に冷静な筈の明智が浮ついているような気がした。そして耐えかねた俺は、遂に明智を呼び出した。

「何故お前はいつも俺といる時にミスを犯す?やる気がないのか?」

問い詰めると彼女はうつむいた。

「あ…あの、そうじゃないんです!私は……失礼なお話ですが、小早川副総長とご一緒させていただくと……凄く緊張して……」

「緊張?別にする必要はない。最低限の仕事が出来ればいいんだ」

「あの、そうじゃなくて………。……好きなんです。私、あなたのことが、好きなんです」

「………!」

信じられなかった。頭の中で佑佳の記憶と今が交錯した。

「あっ……すみません。こんなことを……」

「嘘じゃ……ないよな?」

「は、はい」

「俺は……今までに一人にしか好かれたことがなかった。……しかも彼女はもう、この世にはいない」

「そ、そうだったんですか……。だけどあの、そんなことはないと思います。ただ口に出せなかったために、伝わらないで終わってしまう恋もありますから。小早川副総長は、とても魅力的な方だと思いますよ」

佑佳が死んでから、俺はずっと誰かに好かれたいと思っていた。独りで生きることに疲れていたからだ。今現在、俺を好いてくれる者はいなかったが、ここに明智がいる。彼女がそう望むなら、俺は彼女の希望に沿うべきではないのだろうか?

「……俺でいいのか?」

「……はい。あなた以外には考えられません」

俺はそっと彼女を抱き締めた。愛しさが込み上げてきた。佑佳以来の感情に、俺は全てを忘れていた。

   

 

第六章〜裏切り〜

 

まどかといるようになってから早や三ヶ月。佑佳の時と同じように、俺は彼女といる時間に安らぎを覚えていた。ここに俺を好んでくれる女がいる。俺は、それだけで生きる意味を思い出していた。

「元秀……いる?」

まどかが俺の部屋に入ってきた。俺は彼女を部屋の奥へ導いた。

「元秀、大変なの」

「………………?」

「さっきね、私の友達で情報部にいる女の子から聞いたんだけど……」

そこでまどかは言葉を切り、辺りを見回した。やがて部屋の周りに誰もいないことに感づいたのか、再び話し始めた。

「長崎総長が元秀のこと、殺そうとしてるわ。多分、私と一緒に」

「……それ、事実か?」

いかにまどかの言葉とはいえ、俄かには信じ難かった。

「事実よ。開発部の桜井悟史総長とつるんで即効性の毒薬を考案してるみたい」

「………何というひどい裏切りだ……」

今まで育ててくれた長崎が俺を捨てるなど、思ってもみなかった。しかし、長崎に対して反抗的な感情も抱いていたこともまた事実であった。

「長崎と戦うのか……。死ぬかもな、俺ら」

「………ねえ、元秀。こんなことで死ぬなんて、嫌じゃない?私は……嫌だよ。私が死ぬのも勿論、元秀がそうなるのも。だから……ここから脱出しない?」

「『滅月会』を裏切れというのか?」

「先に裏切ったのは長崎よ。私達は悪くない」

「……そう……だな」

俺は決意した。どっちにしろ、まどかまで死なせるわけにはいかなかった。

「私が『滅月会』に入る前、少し放浪してた時があったんだ。その時に何人か放浪者の友達がいるから、その人達を使って何処かの組織に入って、長崎を暗殺しかえしてやろう!」

こうして俺達は『滅月会』を脱出した。長崎は即座に追っ手を送ってきたが、俺もまどかもそれぞれの武器で全てを射殺した。俺達の行き先は、『滅月会』と対立している『黒桜連盟』の総統、黒田勝之のところと決まった。

 

   

最終章〜遅すぎた事実〜

 

――――「元秀、そろそろ時間だよ」

追憶に耽っていた俺を現実に引き戻したのは、まどかの声だった。

「そうか。そろそろ行くか」

俺は残っていたバーボンを一気に飲み干し、席を立つと店の主人に金を渡した。そして一旦店の外に出ると、その建物の地下への階段を下った。

“ギィ”地下一階の錆付いた扉を開け、薄暗い部屋の中に入った。

「黒田。小早川だ」

俺は先に名乗った。

すると奥の方から声が聞こえた。こっちの方に来い、と。俺はその言葉に従い、部屋の奥へと足を運んだ。この部屋は縦長になっているらしく、その一番奥に一人の男がいた。

「お前が小早川元秀か」

「ああ。黒田勝之だな?」

「そうだ。まあ、座れ」

男―黒田勝之―は近くにあった椅子を俺に勧めた。俺はそれに腰掛けると、正面に向き合った黒田の容貌を観察した。深謀そうな、怜悧な顔立ちをしているが、意外に若そうだ。

「まどか」

黒田がまどかに声をかけ、手招きすると彼女はそっと男の方に移動し、俺に向き合った。

「元秀……いや、『滅月会』小早川元秀元副総長。あなたには色々お世話になりました」

まどかが言った。俺には、まどかが何を言いたいのかが分からなかった。

「ここでお別れってことだよ」

黒田がそう言うと、懐中から銃―ワルサーPPK―を取り出し、俺に突きつけた。

「……………!」

「やっと気付いたか、小早川。俺達『黒桜連盟』は『滅月会』と対立している。潰してやりたかったんだが、お前の存在が邪魔でね。だから、先に死んでもらうことにしたんだ。色々調べたら、お前は自分に好意的な女に弱いってことが分かったから、まどかを送り込んだ。まどかは俺の彼女だ」

全ては、俺を殺すための罠だったというのか。まどかの愛は、偽りだったというのか。

「サヨナラだね、元秀」

まどかが言うのと同時に、黒田がワルサーの撃鉄を下ろす音が聞こえた。俺はワルサー越しに黒田を見つめ、思わずふっと微笑っていた。

 

                          桜、散る季節 完

 

 

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