Story
主人公シュウジは15才。幼い頃はお兄ちゃんとよく遊んだ、お兄ちゃんのことは、たぶん好きだった。
昔は幸せだった。でも、本当はそうじゃなかった。シュウジは100%の「ひとり」だ。兄の犯した罪も、母が出て行ったのも、父が全てから逃げ出したことも、全てをその15才の
まだ小さな背中に背負ったシュウジは100%の「ひとり」だった。
どこまでも落ち続ける日々、救われない「運命」をひとりきりで哀しく生きた少年の話。
感想
「どうして、にんげんは死ぬの?」表紙にこう書かれたこの本がある日目に留まった。一言でいうと、この物語は哀しい。グロテスクな要素がまた哀しさをいっそう引き立たせて
いるのかもしれない。こんなにも深い物語を読んだのは初めてにちかいと思う。
シュウジのセリフひとつひとつが重い。神父サマの言葉のひとつひとつが温かくて厳しい。エリの仕草の一瞬一瞬が気高い。オラはこの物語を読んで、ニンゲンの脆さが憎い
と思い、ニンゲンの強さもまた、切ないと思った。
「死なないとずーーっと『いない』ままになっちゃうじゃないか。死ねば『いる』」
「穴ぼこだ、暗く、深い、二つの穴ぼこだ。」
「死にますよ。」
シュウジは孤独だった、それは想像を絶する孤独だっただろう。ただ、ヒトとつながりたいと思い。それだけを胸に煉獄の道を走りつづけた。何度も死のうとした。何度も生きよう
とした。そんな少年にオラは涙した。また「運命」と「宿命」の違いを知り、孤独と孤高と孤立を知った。途中で何度か聖書の一節がでてくるのだが、ハッキリいって何が言いたい
のか、何についての言葉なのか難しすぎてオラにはまるで理解できなかった。でも、理解できなくても、わかるコトがある。知らなくても、わかってしまうコトがあるように。これは
この本を読んでみてオラなりに気づいたコトだ。シュウジも聖書についてこんな風に言っている。
「ただ、言葉だけがある。言葉だけが俺の目をとらえ、胸にひっかかって離れない。」と。
それから、ドコまでも落ちてく様はまさに“疾走”であったと読み終えて感じる。そして最後ではきっとシュウジは「ひとり」ではあったけど、「孤独」ではなかったんじゃないかな、
と思うし、そうであってほしいと思う。