1. 運命を変えた校長からの呼び出し

  当時私は第一商業高校(一商)に在籍していた。商業の教諭だった私は、2年生の会計科担任として、山梨県高等学校商業教育研究会事務局(商研事務局)での多忙な仕事をこなしながら、充実した日々を送っていた。ちょうど1年前の1996年2月に高等学校整備新構想が発表され、一商は1999年3月をもって廃校になることが決まっていた。96年度は、高教組中央委員・分会書記長として廃校反対運動をしたものの、この時期には運動も事実上終わり、一商の残務処理の話が出始めていた。

  そんな時期に当時の遠藤 進一 校長から校長室に来るように言われた。校長は商研事務局の会長である。私は商研の仕事上のことで校長室に行くことが多かった。そのときも当然仕事の話だと思っていた。校長からの話はこうだった。「結論から言うと、英語科に転科する意志はないか。実は本校も廃校になるが、今後とも商業高校の数は減少し、商業の先生の数を削っていかなくてはならない。転科する先は英語科である。2年間の研修の後に現場に復帰する。研修中の給与その他の身分保証はあるが、研修中の学費の半分は自己負担になる。」というものであった。1997年2月14日の日のことである。