3. 久々の大学

  都留文科大学文学部英文学科での科目等履修生としての生活が始まった。大学での目的はただひとつである。英語力を高めて免許状を取得すること。そのためには、毎日の講義を大切にすることはもちろんだが、それ以外にも英語漬けの毎日を過ごしていかなくてはいけないと思った。

  甲府市山宮町の我が家からは、高速道路利用で1時間半、国道利用で2時間である。自動車での長時間通勤の有効利用をするために、NHKラジオ英会話を録音して車中で聴くことを決めた。

  時事英語に強くなるためにもThe Daily Yomiuriを購読することを決めた。日経から読売に新聞も変えた。ここで改めて英文学科のカリキュラムを眺めてみよう。大学での講義がどのように私の英語力強化につながったのかを述べることにする。

履修方法

  英文学科のカリキュラムは、大別すると学部の共通科目30単位、学科の専門科目98単位に分かれます。卒業に必要な単位数は、合計で128単位以上となります。
 学部の共通科目は、教養科目から16単位、外国語科目から12単位、体育科目から2単位を履修し、合計で30単位となります。英文科の場合、共通外国語は、英語を除く科目(ドイツ語、フランス語、中国語、朝鮮語、スペイン語)から12単位履修します。

  学科の専門科目98単位の中には、必修の英語基礎科目32単位、英米文学概論4単位、4分野必修科目16単位、卒業論文4単位が含まれています。その他にさまざまな関連科目が開講され、幅広い学習・研究ができるようになっています。なお、専門科目98単位のうち28単位までは自由科目で履修することもできます。ちなみに科目名は97・98年度と99年度は若干異なっているが、97・98年度のものを使用する。

  97年度は英作文法T、英作文T、英会話T、英語音声学T、英文学史、英語教育法、L.L演習T、比較文化などの科目を履修した。98年度は英米文学概論、英語発達史、スピーチ、L.L演習理論と実践、英会話U、L.L演習Uなどの科目を履修した。
 
英作文法T 
  40歳くらいの男性の先生である。英文法の盲点を説明するので、興味深かった。「英会話これだけで絶対だ」の2課分を毎時間小テストした。学生には負けたくなかったので必死に覚えたところ、クラスの年間首席の座につくことができた。この講義により雑学のねたが増えたと思う。英英辞典もこの先生の薦めで買った。ただ、ジーニアス英和辞典に異常にこだわる人でに以上にこだわる人で、持っていない私にはつらかった。それに英文法といってもごく一部しかやらなったために、全分野を体系的に勉強したいと思っていた私の希望はかなわなかった。

英作文T 
  40歳くらいの男性の先生である。例題で学んだ後に黒板に学生が出て書いた英文を添削するというスタイルである。関連事項をくわしく説明してくれるので、ノートは2冊になったが、正直なところ、あまり印象に残っていない。細かすぎても学ぶ側にとっては消化不良になるという見本かもしれない。だが、真摯な態度に好感が持てた。

英会話T 
  27歳になる米国出身の男性の先生である。私に一番不足していたものは会話力であり、講義が終わってからも会話に付き合ってもらったりした。

英語音声学T
  55歳くらいの男性の先生である。この講義とL.L演習Tをセットにして、日本人が発音しにくい発音の仕方を、練習することができた。この先生の持論はわかりにくい音声学の専門用語を覚えることよりも指導者として、わかりやすく中高生に正しい発音を身に着けさせるための方法を体得せよということで、現在の授業の時に役に立っている。

英文学史 
  50歳くらいの女性の先生である。講義でのプリントは英語によって書かれていた。最初は難しかったのだが、英語を和訳して要約したものをその先生に見ていただいたり、参考書を読むうちに、英文学への興味が増してきた。人生において教養として英文学を身につけることは大切なことであると思った。英語力を高めて免許状を取得することだけの学習でなく幅広い視野を持つべきだと思わせるような講義であった。

英語教育法 
  65歳くらいの男性の先生である。名前を聞けば誰でも知っている先生なのだが、講義にも独特なものがあった。特に印象的なのはテスト作成に対しての異常なほどのこだわりである。現場でテストを作成する際、この先生に教えを受けたことがどれだけ実行できているのだろうかと思うと、恐ろしくなる。

L.L演習T 
  30歳くらいの女性の先生である。ディクテーションが中心だった。音に対するこだわりは人並み以上で、私が自分の発音を録音したものに何度も駄目出しをして矯正してくれた。感謝している。

比較文化 
  45歳くらいの男性の先生である。アメリカの移民についての講義であった。半年間だけであったが、それまでまったく興味のなかった分野に見聞を広めることができた。英語を教える際には幅広い教養を身につけなくてはいけない。そんな思いを抱くことができた。

英米文学概論 
  55歳くらいの男性の先生である。フォークナーの研究である。生涯をかけて1人の作家を研究する。なんとすばらしい人生なのだろう。私などは毎年のように興味を持つものが変わっていくので、このような生き方には共感を覚えた。

英語発達史 
  50歳くらいの男性の先生である。英語の歴史には興味があったが、この講義の内容はあまりにも高度過ぎた。しかし、妥協のない先生の毅然とした態度には、共感を覚えた。最初は20人の受講者も、最後は8人のみ。このような講義に私の受け持つ生徒を出してみたい。学ぶことが何かをわかるのではないか。

スピーチ 
  英会話Tで教わった米国出身の男性の先生である。ここでは、人前で発表する機会があった。他教科といえども曲がりなりにも金をもらって教壇に立っていた私である。学生と同じ程度のスピーチでは妥協できない。しっかりしたものをやらねばと思った。

L.L演習理論と実践 
  英語音声学Tで教わった55歳くらいの男性の先生である。中学・高校現場でのLL指導に使える講義ということだったのだが、やや消化不良であった。授業の指導案を書く機会に恵まれたのがよかった。

英会話U
  英会話Tで教わった先生とは違うが、米国出身の30歳くらいの男性の先生である。最初に必ずWhat‘s New?と私にふってくるので、少し緊張した。ユーモアがあり、この時の会話で覚えたことが役に立っている。

L.L演習U 
  60歳くらいの男性の先生である。毎回テストがあった。教材は高校のOCAの教科書に似ていた。毎週のテストはやはり大変であった。その反動からか、今でも小テストを出すのは嫌いである。

  以上の各科目を受講した。これらは、私の意志ではなく免許取得のために選んだものなのだが、すべてが今の私にとっては大きな財産となっている。

  一番前に座る。34歳で大学に通うことに抵抗があったのは事実である。ほとんどの大学1年生は私が大学に入学した81年当時に生まれた学生である。後ろに座って彼ら彼女らの姿を見るより、最前列に座って先生の姿だけを見ているほうがよいとの理由からである。おかげで、2年間で1科目を除いてA(優)をとることができた。もっとも、途中から最前列はかえって見にくいし、英会話のパートナーがいなくなるということで、最前列に座ることはやめた。

  高速ダビング機が役に立った。大学図書館に置いてある起きてから寝るまでシリーズ、NHKラジオ英会話3部作の月のダイジェスト版、イングリッシュジャーナルなど、それこそかたっぱしから録音しまくった。本数に比例するとも言えないが、無理に覚えるより聞くだけのほうが楽だった。

  この2年間にどれだけのテープを聴いたのかビデオを見たのか覚えていないが、少なくとも大学受験のときに使った手法は使わなかった。あのころは、頻出英単語・英熟語を覚えるために「でる単」を読み、文法の本を丸暗記し、英文を訳し、日本文を訳し、ただそれだけだった。音を聞いたり、映像を見たりすることはなく、ひたすら読み、書き、覚えていった。とはいっても、私は英語は嫌いではなく、むしろ好きだった。

  しかし、仕事を始めてからは英語とは縁のない生活をしていたし、英語に触れることはまったくといっていいほどなかった。免許状取得を目指して勉強始めて最初に思ったことは、受験勉強で覚えたことを基礎にして、足りない部分を補っていくのがよいのではないかということであった。

  私が高校生の頃は、旺文社の大学受験ラジオ講座があった。100万人の英語もあった。今は、BS放送、CS放送、CDROM、ビデオ、各種テープ、CDなどの教材があふれ、インターネットのホームページでも電子メールでも、あの頃とは比較にならないほどの英語教材がある。しかし氾濫しすぎて、本当に地道に学んでいくという姿勢が生まれにくいという欠点がある。私の高校時代は、今ほど参考書は多くなく地に足をつけて学ぶことができた時代である。そんなこともあって、私は大学の講義を中心において、毎日夜の7時10分から7時45分までは英会話入門と英会話を聴き、10時40分からはやさしいビジネス英語を聴いた。