沖縄の伝統楽器の三線(サンシン)について調べました。
琉球列島には本土の三味線とは異なる棹の短いサンシン(三線)と呼ばれる独特の三味線が使われています。琉球列島の芸能は三線サンシン抜きでは語れません。
中国・日本・琉球の士族階層の特徴を表現する場合、床の間の飾りを例にあげて説明することがあります。中国の床の間には硯と墨と筆を置き、日本では刀かけに大小二振りの刀を大事に飾る風習があった。沖縄では床には三線二丁一対のものを三線箱に入れて飾っていた。これは飾り三線と呼んでいます。
そこの主人が歌舞芸能に理解のある印であり、生活のゆとりを示していたともいわれています。昔は蛇皮は高価で胴に渋紙を張ったものが多く、蛇皮張りの三線がある家は経済的にゆとりのある印にたとえられていたようです。沖縄では人が破産した場合、先ず不動産を売り、次に大切な墓を売り、最後に家伝の三線を売るというのが多いパターンだそうです。
沖縄の作家、大城立裕さんは、床飾りの刀と三線を「武士道」を誇りにする文化と「やさしさ」を誇りにする違いであると述べています。これは、武器を持たず、三線音楽に愛着を持ち、平和を求める沖縄文化を言い当てた言葉と思われます。
三線がいつ沖縄に伝来されたのかは明確には定かではありません。14〜15世紀頃中国から伝わったといわれています。中国から伝来した三線は琉球、沖縄で長い年月の間に工夫と改良が加えられて琉球音楽の主要楽器となり沖縄の音楽を一変させました。琉球王府が三線の改良に力をいれて17世紀初頭には三線主取(ヌシドリ)という役職までおいていたそうです。王府の強力なバックアップのもとで、多くの名工が生まれて生み出せれた名器は宮廷楽器として丁重に扱われたということです。それが後に民間のウチナンチュが家宝として床の間に飾られた由縁なのでしょう。