02 乱馬と盗賊パンダ団
あかねは窓を開けた。ロープが大きく揺れて、宙を掻く人の足が見えた。一人の男が、ロープをつたって窓に降りた。
「あっ」
あかねは息を呑んだ。月明かりで顔が見えた。おさげ髪のこの男は、昼間、あかねの馬車を襲った盗賊だ! 腰に昼間と同じ長剣をさしている。
「おっと、騒ぐなよ…」
盗賊は口の前に人差し指を持っていって、しっ、と言った。
「今夜は脅しに来たんじゃない。取引に来たんだ。水の城のことを教えると約束するなら、お前をここから逃がしてやる」
あかねはあっけにとられていたが、盗賊が近づいてくるのを見て、あとずさりした。これが乱子ちゃんの言ってたチャンスなのかしら。
「外に出たくないのか」
盗賊は手を差し伸べた。なぜその手をとったのかわからない。お祈りをしたせいかもしれない。おそるおそる手をとった瞬間、ぐっと引き寄せられた。
「そう来なくちゃな」
盗賊はあかねを抱いたまま、窓から出る気らしい。しっかりつかまってろ、と言われた。盗賊は片腕にあかねを抱き寄せて、ロープを腰に一周めぐらせ、城の壁を何度も蹴りながら降りた。高くてハラハラしたが、盗賊は手馴れた様子で降りていく。間近で見た盗賊の横顔は、やはり自分と同じくらいの年の少年だった。
地面が近くなると、野太い声がした。塔の下に誰かいるらしい。
「若頭ー。首尾は?」
盗賊の仲間らしい。数人いる。
「上々だ」
と盗賊の少年は答えながら地面に降りた。
「この娘、もしかして水蓮の塔の姫さんですかい?」
暗がりで誰かがあかねをのぞきこんだ。
「そうだ。連れて帰る」
誰かが小さく口笛を吹いた。
盗賊の少年は、あかねの手を引いた。盗賊の一味は城の庭の端まで来ると、背の2倍もある塀を乗り越え、馬に乗った。盗賊の少年の馬に乗せられ、少年の背につかまりながら、あかねは聞いた。
「盗賊さん、どこに行くの」
「おれたちのアジトだ」
馬上では舌を噛みそうなので、あかねはそれきり黙った。これからどうなってしまうのだろう。すべてがあんまり突然で、まるで夢みたいだ。
一行の馬は暗い街を走りぬけ、裏道に入り、曲がり、直進してまた2回ほど曲がった。もう道を覚えられない。わざとややこしい道を通っているのかもしれない。お尻が痛くなったころ、馬は止まった。場末の、2階建ての木造の建物の前に馬をつなぐ所があり、盗賊たちはそこに馬をとめた。
男たちは木造の建物に入っていく。あかねも少年に連れられて入った。入り口は狭く埃っぽいが、中は木の匂いがした。あかねはソファとベッドのある、広い部屋に通された。
「盗賊さん」
部屋のランプを灯していた少年は、そう呼ばれてこちらを見た。
「盗賊さんっての、やめてくんねーか。おれ、乱馬っていうんだ」
男の子らしい、はにかみを誤魔化すような雰囲気が感じられて、あかねは少し安心した。盗賊も人間だったのだ。
「じゃあ、乱馬…。あたし、これからどうなるのかしら」
あんまり質問が漠然としていて、自分でもあきれてしまった。
「悪いようにはしねえよ。今日はもう遅いから寝な。おれ、これから皆の所に顔出さなくちゃいけねえから。ここは俺の部屋。あのベッド、使っていいぜ。トイレは右、水は左だ。寝るときはランプ消せよ」
「うん」
「部屋からは出るなよ」
「うん」
「それじゃ、…おやすみ。お姫さん」
少年は部屋から出て行った。ベッドの横の時計を見ると、まだ11時すぎだった。だとすると、塔から出たのが10時くらいか。あかねは初めて嗅ぐ、街の家の匂いを嗅いだ。全然寝つけそうにない! どきどきする。あかねはランプを持って歩いて、カーテンの柄を照らしたり、本棚を照らしたりした。あんまり深く探ったりはせず、トイレに行って、髪飾りを外しベッドに入った。
この部屋に入ってはじめに思ったのが、乱馬という少年に乱暴されないかということだった。おそらく大丈夫だろう。彼とは数言しか話していないが、あかねを安心させようとつとめているらしい。
考えるのに疲れてしまって、うとうとし始めたころ、あかねは少年が部屋に入ってきてランプを消すのを感じた。そうだ、ランプを消し忘れていた。思い出すと同時に眠ってしまった。
あかねが起きたとき、乱馬はソファで眠っていた。昨日のことは夢ではなかったようだ。
城では今頃大騒ぎだろう。乱子ちゃんはどうしているかな?
そういえば、昨日は昼用のドレスのまま眠ったのだった。服はくしゃくしゃになっている。あかねはしわをできるだけ手でのばして、水がめの水を汲んで顔を洗い、手で髪をととのえた。部屋に鏡はないらしい。
乱馬が起きた。
あかねは「おはよう」と言ってみた。
おう、と言う返事が帰ってきた。乱馬は部屋を出て顔を洗い、二人分の朝食を持って来た。食べ物はもらえるのね。あかねは漠然と思った。
「食えよ」
乱馬は盆を差し出した。パンとスープだった。パンは少し堅くて何パンかわからなかったが、塩味だった。スープは野菜と何かのごった煮だったが、悪い味ではなかった。
「おいしいわ」
あかねは言った。
「そっか。よかった。お姫さんは口が肥えてるだろうから」
「そんなことないわ。あかねって呼んでよ」
乱馬は朝食を食べながら、あかねに、盗賊のルールを教えた。
「おれたちの盗賊パンダ団は財宝を求めて諸国を旅してるんだ。狙った獲物は絶対逃さない。たまには悪さもするけど、一応おやじが頭でおれが若頭だから、皆おれの言うことはきく。おまえはしばらくおれの部屋で寝起きすりゃいいよ」
「しばらくって、いつまでいていいの」
「とりあえずお前、世間知らずだろ?」
あかねはうなずいた。
「箱入りっていうか…城入り娘だったんだから、城を出て暮らしたいなら、普通の暮らし方になれたほうがいいんじゃねえの」
「じゃあ、街の暮らしに慣れるまでいていいの」
「とりあえずな。それと、この部屋以外は勝手に出歩くなよ。特に夜は」
「なんで?」
乱馬は一瞬ためらって、言った。
「ここじゃあ、若い女は男の部屋で寝るのが普通なんだ。うろうろしてたら部屋につれこまれるぜ」
あかねはうつむいた。聞かなきゃよかった。やっぱりここは物騒なところなんだ。
とりなすように乱馬が言った。
「その服じゃ動きにくいだろ。食べ終わったらなんか着るもの探してやる。それから、買出しにいくけど、一緒に来るか?」
あかねはうなずいた。
市まで馬でつれてこられて、あかねは降ろされた。今はスカートではなく、パンダ団の女達が着るような膝下の丈のズボンをはいている。あかねは、ズボンをはくのは生れてはじめてだった。
乱馬は一緒に来たパンダ団の女の子と何か話をして、あかねを呼んだ。
「こいつ、面倒みてやってくれよ」
そう言ってあかねの背を、髪の長い少女へ押した。乱馬と一緒じゃないの? あかねは乱馬を見た。
「女たちは男とは別に、食料とかの買出しに行くんだ。じゃ、シャンプー、あとで”うっちゃん”で落ち合おうぜ」
「わかたある」
髪の長い少女は笑顔で乱馬に手を振った。が、乱馬が見えなくなるといきなりあかねをねめまわした。
「お前が乱馬の新しい女か。ふぅん。乱馬も物好きあるな」
「な、なによ! 失礼ねっ。あたしと乱馬はそんなんじゃないわよ」
「きっとすぐに飽きて捨てられるある。右京もそうある。乱馬は私の夫になる運命ね」
乱馬って、純情そうに見えて女たらしなのかしら。あかねは不安になった。
「ついてこないと置いてくあるぞ」
シャンプーは馬の口をひきながら、どんどん大通りを歩いていく。あかねはシャンプーとパンダ団の女達につづいた。あかねは初めて近くで見る市場に、いちいち感動した。山のように盛られた果物は色とりどりに美しいし、時々家畜とすれ違うときは動物のすえた匂いがする。どれも城の中にはなかったことで、新鮮だった。生活している国民を近くに感じた。やっぱり城を出てみてよかった。
あかねははぐれまいとして、シャンプーたちについて歩いた。女達は大量に食料を買い込み、馬の背に積んでいた。あかねは買い物をしたことがない。誰もあかねにかまわないし、なんだか仲間はずれにされているみたいだ。
昼頃になって、女達は大衆食堂へ来た。店の看板には”うっちゃん”とある。店の前につないである馬をみて、シャンプーが、
「乱馬たち、先に来てるあるな」
と言った。
店内は煙草くさく、パンダ団の男たちが昼食を食べていた。奥のテーブルで乱馬が手をあげた。あかねに合図したように思ったが、シャンプーが手を振ってそれに答えた。あかねは乱馬を見つけてほっとした。あかねとシャンプーは乱馬のテーブルに座った。乱馬は店主らしい女にあかねとシャンプーの食事を注文した。
乱馬のテーブルには、かっぷくのいい、頭に手ぬぐいを巻いた中年の男が座っていた。乱馬は中年男をあごでしゃくって、あかねに言った。
「これ、おれのおやじ」
乱馬の父親ということは、パンダ団の頭だ。あかねは会釈した。
「はじめまして。あかねと言います」
「乱馬が連れて来た三の姫さんか?」
「はい」
「わしはパンダ団の玄馬じゃ。よろしくな。乱馬もかわいい嫁を捕まえてきたじゃないか」
乱馬が、噛んでいたジャガイモを
ぶばっとふきだした。
「そっそん…」
「あたしそんなつもりで来たんじゃありませんっ」
先に否定されてしまって、乱馬はあかねにしらけた目を向けた。
「おれの方からおことわりだ。寸胴女」
「なっんですって!?」 そんなひどいことを言われたのは初めてだった。「乱馬のバカ! 乱暴者!」
「世間しらず」
「ドロボー!」
「おれ、ドロボーだもん」
乱馬がけけけと笑ったので、あかねは、食卓の下からすねを蹴とばしてやった。乱馬は目を白黒させている。
あかねはすました顔で食事をはじめた。
それから数日が過ぎ、あかねは盗賊たちとの生活に慣れてきた。乱馬に言わせれば、あかねの金銭感覚は狂っているらしいが、お金のシステムもわかってきた。そうじや洗濯も習った。料理だけはいくらやっても上手にならない。乱馬は家事を習うあかねの横でちょろちょろして、ヘタクソだの不器用だのとからかってくる。同い年の男の子はみんなこんなに子供なのかしら、とあかねはあきれた。 最初のうち、乱馬を意地悪な人だと思ったが、すぐに優しい男の子だと気づいた。彼なりに気を使ってくれているのだ。
女達は最初思ったよりずっと親切で、仲良くしてくれるようになった。シャンプーはあかねを敵視しつづけている。
ある日乱馬の部屋で、乱馬の着ている服をみて、あかねは言った。
「乱馬、その服そでが破れかけてる」
「えっ。ああ」
「かして。なおしてあげる」
「いいよ。裁縫なんてやったことないだろ」
「ばかにしないでよ。お城にだって刺繍の授業があったんだから」
乱馬は上着を脱いであかねに渡した。シャツ一枚の乱馬の身体は、思っていたよりずっとたくましい筋肉をしている。あかねはあんまりそれをみないようにして、裁縫箱を借りてきた。
乱馬は縫い物をするあかねを見ていた。
「…本当に刺繍の授業、あったのか?」
「うるさいわねっ。気が散る!」
自分は裁縫が苦手だということを忘れていた。あかねの手元を見ながら、乱馬はしばらくだまっていた。
「あのよー。そろそろ水の城のこと、教えてくんねえか」
「うん…」
とあかねはつぶやいた。
「おれたち水の城を探しにこの国に来たわけだし。そろそろ足がつきそうなんだ」
「うん」
実はあかねは水の城のことをあまり知らなかった。大風車がとまるまでは水の城があった、と聞いていたが、乱馬に会うまでおとぎ話だと思っていた。
「ねえ、水の城には何があるの?」
「宝がある」
「宝を手に入れたら、皆は行っちゃうの?」
「そうだ」
あかねは教えたくない、と思った。少しでも長く盗賊団と、乱馬と一緒にいたかった。
「お前さ、水の城のことが終ったら―――」
「できたっ」
あかねは乱馬に押し付けるように服をわたした。「着てみて」
乱馬は上着を着たが、そでは袋状に縫われてしまっていて、手が出なかった。
「おい…っ」
「あっ ごめんね。あたし、女の子たちと買い物に行く約束したから」
あかねは部屋を出、裁縫箱を返して玄関に行こうとした。乱馬の部屋の前を通るとき、廊下で乱馬とシャンプーが話しているのを見かけた。おもわず立ちどまった。
「あかねが出かけるって言ってるから、見張っててくれ」
乱馬が言った。
「了解ある。でもいつまであの女を、乱馬の側で特別あつかいしてやるのか。乱馬は私の夫になるのだぞ」
「誰がお前の夫だっ」
「用が済んだらあの女の喉をつぶして売るよろし」
「悪い冗談やめろよ。とにかく、水の城への道を知ってるのはあかねだけなんだし…多少の優遇は…… …」
それ以上聞いていられなかった。わかっていたはずなのに、乱馬の口から言われるとショックだった。乱馬を頼りすぎてはいけない。仲良くなりすぎてはいけない。別れはすぐにやって来る。あかねは玄関へ走って行った。外では、友達になったパンダ団の娘たちが3人、あかねを待っていた。
「ごめん、行こうか?」
食料の買出し以外で買い物に行くのは初めてだった。娘たちは自分のこづかい銭で服や装飾品を買っていた。あかねは、欲しいものがあったら言えといわれていたが、自分の自由になるお金は持っていなかった。
「あかねも買いたいものがあったら言ってね。あたしが若頭の代わりにたてかえといてあげる」
と言ってくれる子もいたが、あかねは断って見るだけにした。
そういえば、シャンプーがあかねたちのあとをつけてきているはずだ。あかねは人ごみを見回した。乱馬から一目おかれているだけあって、シャンプーは忍びの技術に長けている。素人のあかねにみつかるはずがなかった。
あかねは小さな雑貨屋を見つけて入った。店の一角にアクセサリー売り場があって、あかねはそれに見入った。あかねは濃い琥珀のペンダントを手に取った。乱馬によく似合いそうだ。乱馬の瞳と同じ色だし、偶然にも琥珀の中の模様がパンダのように見える。
乱馬は水の城のことをききだしたくてあかねと仲良くしてくれたのかもしれないが、それでもあかねは、何かお礼がしたかった。城を出るときにつけていた髪飾りを、今もしていたので、あかねはそれを外して店主に差し出した。
「この髪飾りとペンダントを交換していただけませんか?」
店主は、物々交換はしないんだけどねえ、としぶったが、真珠に銀をあしらった髪飾りを見ると承諾してくれた。
パンダ団のアジトへ帰ったら真っ先にこれを乱馬にあげよう。そしてここ数日考えて、決めたことを言うのだ。あかねは乱子の言葉を思い出していた。
―――大切なのは運命を選ぶことだ。
あたしの選ぶ運命を、乱馬に話そう。ペンダントの包みを握って、あかねの決心は固まった。
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