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04 水の城

「乱子ちゃんは…乱馬の妹か何か? 無関係じゃないわよね。とっても似てるわ。勇気のあるところとか」
「そう? えーと、そうなの。あたしは乱馬の妹で、あたしもパンダ団の一員なの」
「そうだったんだ! どうりで」
 あかねは少し考えてから、立ち上がった。
「あたしはお城からは出られないけど、乱子ちゃんに水の城のこと、教えるわね」
「ちょっ、ちょっと待って。塔の下に乱馬がいるから、乱馬に言ってよ」
「えっ。乱馬がいるの!?」
 あかねは嬉しさの混じった、必死な表情で言った。「会わせて。お願い!」
 らんまはそれを見て安心した。あかねは乱馬が嫌いになったわけではなさそうだ。らんまとあかねは部屋を出て、侍女とすれちがいそうになると物陰にかくれ、塔の一階まで降りた。らんまは塔を出た所の茂みにあかねを待たせて、いったん塔にもどり湯を調達した。
 乱馬は水をかぶると女になるが、湯で男にもどることができる。乱馬は男の姿に戻り、背が高くなったのを感じながら、外に出た。
「あかね」
「乱馬っ」
 あかねは乱馬に駆け寄って、いきなり抱きついた。乱馬はびっくりして、抱きしめ返す余裕もなかった。
「無事でよかった! どこも怪我してない?」
「だっ、だだだ大丈夫」
「ごめん、ほんとにごめん。あたしのせいで…」
 あかねは身体を離して乱馬の無事を確かめた。
「乱子から聞いた。お前は悪くねーよ。このくらいよくあることだ。それより、おれを水の城へ連れてってくれるんだろ?」
 おい、人が倒れてるぞ! という声がした。水蓮の塔の裏口で気絶している兵が見つかったらしい。時間はなさそうだ。乱馬とあかねは大風車へ向かった。




「あたしも、小さな時に一度中に入ったことがあるだけで、大風車の中はほとんど知らないの。ふだんは誰もいないわ。入り口はこっち」
 入り口の戸は釘で打ち付けられ、封印されていた。木の戸だったので、乱馬は力ずくで壊して入った。中はかびくさく灯りもない。外も暗かったので目は慣れていた。大風車の塔は水蓮の塔の2倍近くの大きさがある。乱馬たちが入った一階は地面にとても巨大な穴があった。
「なんだこの穴」
 乱馬は淵まで行ったが底は見えなかった。
「昔はそこから水をくみ上げていたんだって。落ちたらあがってこれないわよ」
 乱馬とあかねは2階へあがった。乱馬の背丈の何倍もある歯車が、たくさん見えた。色々な形の歯車が縦横無尽にかみ合っているが、どれも動いていない。歯車を縫うように階段があった。
 伝説のとおり、水の城が大風車の塔の中にあるとは考えにくいが、なにか鍵はあるだろう。
 乱馬とあかねは塔の中ほどの高さにある、バルコニーのようなでっぱりまでやってきた。塔のいたるところにこういう大きなバルコニーがあって、外の空が見える。月明かりでいくらか中より明るい。階段は埃だらけだし、さび付いた歯車を調べたりしながら登ってきたから、あかねの長いドレスのすそは黒くすすけていた。
「大丈夫か? あかね」
「うん、平気」
「大風車が動けば水の城が現れるんだったよな。この風車、なんで動かなくなったんだ?」
「わからない。昔は色々と手を尽くして調べたらしいけど、結局どこが壊れたのかわからなかったんだって」
「いいかげんな技術者ぞろいなんじゃねーの。こういうのはどっか殴ればなおるんだよ」
「失礼ねっ。そんなことないわよ。あんたとちがってこの風車は繊細なの!」
「ガサツな女に言われてもなぁ…」
 あかねが拳を振り上げた。乱馬はさっとそれに構えた。
 ふたりがそんな冗談を交わしているところへ、いきなり、声がした。
「盗賊! 姫から離れろ!」
 乱馬はとっさにあかねを引き寄せた。大風車の塔の中から、額にバンダナをした騎士が出てきた。良牙だ。
「きさま、姫をぶじょくしたな! 許さん!」
 良牙は剣を抜いた。
 あかねが、
「良牙くん、ちがうの。聞いて」
 と言いかけた。乱馬はそれを制した。話しても無駄だ。
 乱馬も剣を抜き、あかねに「さがってろ」と言った。乱馬は良牙と対峙した。
「一度お前とはやりあってみたかったんだ」
「これ以上、我らの姫に近づくことは許さんっ。この場でお前を始末する」
 良牙の目には怒りが燃えている。捕まって殴られたときから予想していたが、今、良牙と向かい合って乱馬は確信した。この男はあかねを愛している。
 二人の切っ先の先には、互いに相手をとらえている。どちらも動かない。隙がない。
 さっき一度良牙の剣を受けたがなかなかの豪剣だった。だが、剣は力だけじゃない。こいつ、速さはどうかな。
「だーっ」
 良牙が剣を振り上げ、かかってきた。乱馬はかわした。良牙は振り下ろした剣を横ざまに振った。乱馬は受けた。
 そこからはふたりの激しい応酬である。乱馬は受けたり流したりしながら良牙の力量をはかった。力ばかりの馬鹿でもないようだ。良牙と剣を交わすうち、ふたりは場所をバルコニーから大風車の塔の中へうつしていた。いま、巨大な鉄の歯車の上である。歯車から落ちたら底なしの穴へまっさかさまだ。
 良牙が叫んだ。
「きさま、おちょくっとんのか! そっちからも来い!」
「いわれなくても…」
 乱馬は剣をひらめかせた。良牙は受けきることができずに、胴にくらった。しかし簡易の甲冑を着ているため、肉には届かなかった。
「くっ、くそ」
 良牙は切られた胸をおさえた。力量の差に気付いたらしい。
「これで最後だ!」
 と乱馬は剣を振ったが、良牙はうまく受け流した。それた切っ先が歯車の軸を支える金具にあたった。
 変なきしむ音がしたと思うと、歯車の軸に亀裂が入り、錆を飛ばしながら折れた。軸の先にあった、乱馬の背丈ほどの分厚い歯車がかたむき、落ちた。乱馬も良牙もあっけにとられていた。
「こ、こわした…」
 乱馬がつぶやいた。大風車をまわす部品をこわしてしまった。
「盗賊! 大事な城の風車になんてことをっ」
「おめーがおれの剣を避けるからだっ」
 その間、落ちていった鉄の歯車が下層の色々な部分にぶつかり、ガァン、ガツンと下っ腹に響くような音をたてていた。ひとしきり音が終った。
 すると、地震が始まった。しかもおさまらない。歯車を落としたせいで、塔全体が壊れるのかもしれない。乱馬はとっさにあかねのいるバルコニーへ出た。良牙もそれに気付き、後を追った。
「あかねっ。大風車が崩れるかもしれねえ。逃げよう!」
「ええっ!?」
 良牙は乱馬をつかんだ。「盗賊、姫さまに触るな!」
「うるせえ。今それどころじゃねーだろ」
 地震がいっそう大きくなり、地鳴りの塊が近づいてくるかんじがした。次の瞬間。
 ゴゴゴゴゴゴ…
 塔の内部から水柱があがった。良牙がそれに巻き込まれ、吹き上げられて行った。らんまは水に吹き飛ばされないよう、あかねの手をつかみ、バルコニーにしがみついた。そのまま30秒ほどすぎた。収まらないのではないかと思われた水量が減って、水柱もおさまった。
「あかね、平気か?」
 あかねはむせていた。全てが水浸しだ。あかねは落ち着くと、らんまを見て、あ、と言った。そういえば女になっていた。
「ごめん、黙ってて。おれ、実は、乱子だったんだ」
「うすうすわかってた」
「おれ、水をかぶると女になるんだ。いままでは、成り行きでだな」
「いいよ別に」
 あかねはふと、らんまの背中側の、バルコニーの外を指差した。「見て! 風車がまわってる」
 らんまとあかねはバルコニーのぎりぎりまで出た。大風車がまわっている。一定の周期で羽根が視界をさえぎった。
 大風車の根元からは水が噴出している。大風車の塔だけでなく、城のあちこちから噴水のように水が噴出しているのが見えた。空気はいがらっぽい砂漠の風から、うるおったオアシスの風にかわっていた。いま、風車の塔は水音に包まれている。水は城を中心に、城下町へも流れていくようだ。大通りが川のようになっているのが見えた。
 空は白んで、夜明けが近いようだ。
 らんまが言った。
「水の城って…この城のことだったんだな」
 あかねはとまどいながらも、喜びを隠せない様子で言った。
「ねえ、もっと上まで行ってみよう」
「おう」
 あかねとらんまは手をとりあって、歯車が動き出した大風車の中へ入って行った。




 城の本館と大風車の塔の結合部まで登ってきた。ここにはもう歯車はなく、部屋になっている。らんまはある部屋の前まできて、叫んだ。
「ここだっ。おれの探してたとこ!」
 あかねは扉の上に書かれている、部屋の名前を読んだ。
「呪泉の間…?」
 扉はすでに半分開いていた。大風車の仕組みからか、中は水の流れがおりなす美しい庭園だった。とても天井が高い。窓からは朝日が差し込んでいる。部屋の反対側にも扉があって、それは城の本館へ通じているようだ。
 らんまはあたりを見回しながら言った。
「おれ、元は完全な男だったんだ。女になっちまう体質をなおしたくてよ、水の城にある呪泉に女を治す男溺泉てのがあるって聞いて、ずっと探してたんだ」
「そうだったんだ」
 あかねはまだ乱子が乱馬だということに慣れないのか、じろじろこちらを見てくる。
「お前も男溺泉探してくれよ」
「立て札とかないの? だってたくさん泉があるじゃない」
「はまるなよ! それぞれの泉に呪われた伝説があって、それに溺れると動物とか怪物になっちまうんだ」
「うそっ」
 あかねは少し泉から離れた。
「落ちなきゃ大丈夫だって…ん?」
 乱馬は前方に動くものを発見した。行ってみると、泉のひとつに良牙の鎧と服と剣が浮かんでいる。かたわらには、良牙のバンダナと同じ模様の布を首に巻いた、黒い子豚がぶいぶいと鳴いていた。
「まさか、良牙か!?」
 らんまは子豚を拾い上げた。「水に流されてここに落ちたのか。お前もついてねえな」
 あかねがやってきた。
「きゃっ、何その子、かわいーっ♪」
「お、おいこいつは」
「お城で飼おうっと!」
「まーそれ以上変なとこに落ちないように、しっかり抱いててやれ」
「? 何のこと?」
 あかねはらんまから子豚を受け取った。
 らんまはあらためて庭園に無数に広がる、泉を見回した。
「何も目印がないし、どれが男溺泉なんだろうな。かたっぱしから良牙を投げ込んで調べるしかないか?」
 我ながらなかなか斬新なアイデアだ。
 城側の扉から、誰かがらんまを呼んだ。
「らんまーっ」
「若頭ーっ」
 シャンプーと玄馬を先頭に、パンダ団の面々だった。
 らんまは手を振った。
「うまく牢から出たみてーだなー!」
「すぐそっちにいくあるっ!」とシャンプー。
「あっ、ちょっと待てっ。そこらの泉に落ちるなよ!」
 ひと足遅かった。シャンプーは落ちて猫になるし、玄馬はパンダになった。パンダ団の半数近くが虎になったり、猿になったりしていた。
「いわんこっちゃない!」
 パンダ団がそうしている間に、いきなり水量が増した。泉からあふれた水が足元を濡らしそうになって、らんまはあかねを抱き上げ、高い岩に登った。パンダ団の皆も城への扉に避難して行った。
 あかねは言った。
「…あの泉って、混ざってもいいもんなの?」
 溢れ出した泉は全部混ざってひとつの湿地帯のようになってしまった。らんまはあかねを岩の上に降ろすと、がくりと膝を落とした。
「せっかくここまで来たのに…男に戻れないぃいいいいい」
「ら、らんま。ええっと。気を落とさないで、半分女のままでも、いいことだってあるわよ」
「……」
「可愛い服が着れるし、それに、ダンスパーティーではエスコートしてもらえるわよ」
「そんなもんいらん! 妙なめぐさめかたすんなっ」
「とにかくここを出ましょうよ。どんどん水かさが増してきてる」
 らんまとあかねは呪泉の間を出た。




 どんどん上の階にのぼって、とうとう屋上である。風車の羽根が下で見たのとは逆の向きに流れていく。空気が新鮮だった。街と城はすっかり朝だった。いつもと違うのは、大風車がまわりはじめ、水が満ちていること。
 らんまは男になりそこなったが、不思議とそれでも構わない気持ちだった。水が満ちれば、雨乞いの必要はない。あかねを死なせないで済んだ。じわじわと喜びが胸に満ちてきた。
 風が、すっかり濡れて汚れたふたりの服を乾かすようで気持ちよかった。
 らんまは横目であかねを見た。あかねは子豚を下ろし、街が潤っていく様子に感動したようで、見入っている。きれいな横顔だ。最初に会ったときみたいに悲しい影は背負っていない。
 あかねは深呼吸して言った。
「らんま、ありがとう。全部らんまのおかげよ」
 らんまの方を向き直って手をとった。花が咲くように笑った。
「あたしを連れてって! パンダ団と一緒に行きたい」
 なんていい笑顔だろう。最初に会ったときの笑顔もいいと思ったが、今日のはまぶしいくらいだった。
 あかねを連れて行きたい。今度こそ一緒に旅に連れて行ってやるんだ。冗談を言ったり喧嘩をしたり、ずっと一緒にいたい。あかねが好きだ。
 すんでのところで、「よし、一緒に来るか」と言うところだった。乱馬は台詞を飲み込んだ。
 こうなることはわかっていたはずだ。水の城が復活したときから。もう目の前の少女は運命の奴隷ではない。逃げて盗賊になる必要はないんだ。 昨日までのあかねを思い出そうとした。自分のために生きるんじゃなく、他の皆のために死のうとした、あかねの姿勢を思い出すんだ。あの勇気と孤独を思えば、おれのすることなんて、小さなものだ。
 らんまはわざとからかうような目であかねを見た。
「お前みたいな凶暴な世間知らず、泥棒には向かねえよ」
 あかねはきょとんとしている。一拍おいて言い返してきた。
「な、なによー。昨日は連れてってくれるって言ったじゃない!」
「気が変わったんだよ」
「そんな」
 らんまはあかねから少し離れた。
「お姫さん。おれはもう行くよ。下で皆が待ってる」
「らんまっ」
「大袈裟だな。今生の別れじゃあるまいし。また遊びにきてやるからよ、そん時はご馳走してくれよな」
「きっと、きっとよ。会いに来てね」
「ああ、きっとだ」
 階下で、姫さまー! とあかねを呼ぶ声がした。
「ほら、城のやつらが探してるぜ」
 らんまはあかねを置いて走り出した。
「らんまっ」
 らんまは振り返らなかった。




 乱馬は玄馬の調達した船にのり、川を下っていた。白い風車の城からはどんどん遠ざかっていく。まだ街は水路が整備されていないが、水不足が解消されて、活気にみちていた。玄馬とシャンプーは早く船をすすめるよう、手下をせかしている。
「何そんなに急いでんだ?」
 と聞くと、玄馬は両手の5本の指にはめた指輪と、金のつぼを見せた。
「城からかっぱらってきたんじゃ。早く逃げんとつかまるぞい」
 どうりで、櫓をこぐ音がやけに早い。
 乱馬は船のふちに腰を下ろして、白い花みたいな風車を見つめていた。風車は一定の速度で回転しつづける。胸元の、琥珀の首飾りを握った。
「さよなら、あかね。もう2度と会わない」
 会えばきっと連れて行きたくなる。無垢な姫を泥棒の女にしてしまうのは嫌だった。
 我ながらずいぶん格好つけたものだ。無理のしすぎで、涙もでない。今まで狙って盗めなかったのはあかねが初めてだっだ。
 玄馬が思い切り乱馬の背を叩いた。
「なんじゃ、元気がないのう!」
 どぱーん、と水しぶきをあげて、乱馬は川に落ちた。
「ちくしょうっ! 絶対男にもどってやるからな!」
 水の中から女の叫び声があがった。


 それから、動物の姿を借りて盗みを働く盗賊団は諸国に名をとどろかせ、ときおり、風車の国の姫にも噂が届いた。


(まだまだ手直ししますがとりあえず完成)

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