HOMESTAY Life 

7月31日 St. 12th day

 その後、ホストファミリーが迎えに来てくれて、自宅に向かった。大学から30分ぐらいの場所で30キロくらい離れているのだろうか。落ち着いた住宅街で映画などにでてくるような町並みだった。家はレンガで庭も大きかった。家族はパパとママとオリビア(17)とティム(14)の4人家族。部屋はオリビアの部屋を使わせてもらうことになっている。残念なことに、オリビアはティムの部屋で寝るらしい・・・(笑)。本当に女の子の部屋だなと思い、関心(?)した。家を案内してもらったあと、あまりの疲労のため寝てしまった。

 隣の家も一緒に行った日本人がホームステイしている家だ。夕方から近所にいるもう一人の日本人と合わせて3人の歓迎スパーティーを開いてもらった。ロウソクやらテーブルクロスやら気合いを入れてもらって、バーベキューを食べた。ドイツ系アメリカ人なので、ソーセージなどドイツ料理っぽいのが多かった。途中でスコールのような雨が降ってきたので残念だった。家の中では子供たちと一緒にトランプゲームをした。知らないルールもあっておもしろかった。あっという間に時間が過ぎてしまった。

  分からないと言えば丁寧にゆっくりと教えてくれ、家族はみんな優しく接してくる。とてもうれしかった。寝る前の一言・・・。ホストファミリーって、みんなホストなの?? (寒っ)

 

8月1日 San. 1th day 

 今日は朝からオリビアにポロ(乗馬?)の試合に連れて行ってもらった。本当は朝寝ぼけていて、理解してないのに、言っている英語を聞き流してしまい、訳も分からず車に乗ったら牧場に連れてこられたのだ。はっきりと聞き返せばよかった・・・。だからこのくそ暑い中、帽子も持たず、黒のTシャツに室内着の3本ラインと大変な一日を過ごさなければならなかったのだ。

 アメリカは高校生、16歳から車の免許を取ることができる。オリビアはいくらすいているからといえ、普通の道で100キロ、高速で120キロ。マジ怖かった・・・。だって、一つしか学年が違うだけなのに・・・。オリビアは10年もポロをやっていて、いろいろ説明してくれたので、結構楽しい一日だった。今度は馬に乗せてくれるらしい。ちょっと楽しみ。

 夕食は自分のために生のサーモンと白飯を用意してくれた。久しぶりに食べたご飯はおいしい。その後少しバスケットをしたあと、トムの友達とボーリングに言った。(みんな中学生・・・) こっちはサマータイム採用なので、夜でも9時くらいでも明るいのだ。横に50レーンも並んでいる大きなところでびっくりした。でもスコアが最悪で79・・・。情けないよ、中学生にも負けたし。100は越えると思ったのに。言い訳・・・穴が大きすぎてうまく投げられなかったんだよ。

 

8月2日 Mon.14th day

 今日は朝10時くらいまで朝寝坊できた。ママにマーケット(商店街)に連れて行ってもらった。世界中の食べ物が集まっていて、もちろん日本食や生魚があった。でも考えていた以上に高かったので、驚いた。昼食はイタリアンサンドイッチを食べたが、あまりおいしくなかった。イカスミのようなもののせいで、歯が真っ黒だった。

 家に帰ってからプールに行った。3時をすぎてから行くのだからねその発想がすごい・・・。ウォータースライダーや波のプールがあり楽しかった。さすがアメリカ・・・。60度はあるスライダーがあり、びっくりした。滑っている人はあまりいなかったようだ。恐ろしくて滑る勇気はなかった。騒ぎすぎて、疲れた疲れた。

 夕食はパパの友達を招いて、ステーキを食べた。この間の店より全然おいしかった。パパの友達はとても日本に興味を持ってくれたので、日本のことや日本料理を紹介した。日本語の仕組み(漢字、カタカナ、ひらがな)を説明するのに苦労した。「なぜ3種類もあり、混合して使うのか?」と聞かれ、うまく答えられなかった。梅干しはそこまでまずいと感じないらしい。みそ汁はみんな大好きだった。

 夜はゆっくりと部屋でラジオやCDを聞いていた。FMは絶えず音楽が流れていて、とてもいい。放送局も日本の倍くらいあって、とてもおもしろい。明日からは日本人のみんなと小旅行。すごく楽しみ・・・。

オハイオ州クリープランドに小旅行 に続く

 

8月5日 Thr. 17th day

 今日は朝早くからオリビアと牧場に行った。そして、オリビアの馬に乗せてもらった。誰もいない田舎の牧場の周りの森の中を馬に乗ってツアーした。乗った感想はとても高く気持ちよかった。馬の体温も感じられて、素晴らしかった。けど、初めてだったので馬がなかなか言うことを聞いてくれず、苦労した。だんだんと扱いに慣れ、うまく走ってくれた。ホストファミリーの家の犬、ラスコも一緒に走ったり、騒いだりしていた。機会があったら、また馬に乗ってみたい。

 夜には、パパとティムと一緒に大リーグを見に行った。ピッツバーグ・パイレーツ対アトランタ・ブレーブス。やっぱりアメリカの球場の雰囲気は日本と全然違った。とても大きく、きれいなところだった。音楽ががんがんと流れていて、敵も味方も関係なく、野球のプレー自体を応援していた。パイレーツは弱いチームだと聞いていたが、やっぱり弱かった。今日も負けてしまった。でもいい試合だったと思う。マグアイアが来ている試合も見ておきたかった。

 

8月6日 Fri. 18th day

 今日は再び近くのショッピングモール"South Hills Village"に買い物に行った。時間を決めておいて、一人で中を回ったので、いろいろなものがみれた。服を少し買ったが、こっちの物価はすごく安い。いっぱい買いたかったけど、もって帰るのが大変なので、少しにしておいた。こっちではMDをほとんど見かけなかった。

 夕方からホストファミリーたちを招いて、ピッツバーグ大学の公園で、日本人たちがピクニックを企画した。こっちで言うピクニックとは、屋外パーティーみたいなものだ。少し食べたあと、日本人対アメリカ人でサッカーをした。こっちの日本人軍はみんな疲れて、すぐにばててしまった。腕も歯が立たなくて、悔しかった。途中から公園にいたほかの知らない人も混じってきた。みんなフレンドリーですごく楽しかった。

 オリビアの家族は明日からヴァケーションと言うので、隣の家でステイすることとなった。お別れもまともにできなかったので、残念だった。

 

8月7日 Sat. 19th day

 今日は朝五時に起きて、六時に出発して、ナイアガラに向かった。みんなクッションを持っていって、移動中の車の中はとにかく眠いので、ずっと寝ていた。6時間かかったが、そんなに長く感じなかった。ナイアガラについたのは、12時前で、それから滝壺まで行くボートに乗った。ビニールのカッパのようなものをくれたが、それでも、水が飛んで、ずぶぬれになってしまった。特にジーパンとスニーカーは最悪だった・・・。まるで、スコールの中にいるようで、滝の迫力もすごかった。あまりにすごい水なので、前がほとんど見えなかったが、それでも体ですごさを感じた。これは言葉ではすべての感動を言い表せない・・・。またぜひ来たい。ボートに乗ったあと、今度は車でカナダ側に行った。国境を見えて入国するため、パスポートが必要だった。パスポートのスタンプが増えてうれしい。カナダ側からみるとまた違うように見えた。

 こちらの家は前の家と違い、夜更かしせず10時くらいには寝てしまう。だから夜は、音楽を聴いていたり、テレビを見たりしていた。テレビを見ていても、見て聞いているわけではなく、眺めているだけ・・・。でも、今は一人でいる時間が欲しいわけでもなく、せっかくなので外国人ともって接していたいなっと思った。帰国まで一週間を切ってしまった。なんか悲しい気分・・・。

 

8月8日 Sun. 20th day

 今日の朝はゆっくりだった。昨日の疲れをとると言うことらしい。おかげで体は元気いっぱいだ。九時くらいに起きて、シャワーを浴びて、11時半くらいから、ブランチだった。ホットケーキとソーセージを作った。アメリカ人は料理に手間をかけるときはとことんかけるが、手抜きの時は本当に何もしない。しかも、日本人のように毎食きちんと食べないのだ。でも、食べるときにたくさん食べるので、あんなにすごい体になるのだろうか。ホットケーキを作るのが、失敗して黒くなってしまった。でも、ホットケーキはアメリカの食生活の中で、シンプルな味でおいしい方だと思う。

 お昼過ぎからまたまた3回目のSouth Hills Villageにいった。今日はあまり買わず、おみやげをちょこちょこと。帰りにたまたまスラム街を通った。アメリカはこのような貧富の差が激しい。スラム街の高校なんてひどいものだ。まるで廃校のようだった。その後ホストファミリーの高校生クリスティーナの高校にも行った。本当に近代的な建物だった。日本はアメリカほどこのようなことがひどいわけではない。考えなければならない問題であると思う。

 

8月9日 Mon. 21th day

 今日はホームステイ最後の日だった。10時過ぎにでて、一度大学に集まり、PGSISのアンケートを書いた。たくさんの質問があって、大変だった。もちろんすべて英語・・・。考えていると、今までのうれしかったことや楽しかったことが蘇ってきた。思わず涙が流れてきそうになった。とてもハードスケジュールだったけど、なんだかんだ言って、楽しい思い出ばかりだった。その後大学で、最後のランチを食べた。オーダーメイドのサンドイッチはいつ食べてもおいしい。

 夜はホストファミリーと最後のお別れパーティーをした。船上ディナーパーティーで、いろいろなものを食べた。食事のあと、船の外で、みんなといろいろなことを語り合った。この旅の思いでは決してつきることはなかった。川に沈む太陽が妙に切なかったのを覚えている。船が着いて、ホストファミリーと別れるときはみんな泣きじゃくっていた。悲しかった・・・。帰りに日本人みんなは歌を歌った。悲しいバラードばかりだった。

In ワシントンD.C. に続く