最終更新:2003/11/24
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昔のプール(〜昭和59年秋)
立地条件に問題あり!?
学校のプールは普通、どこにありますか?
プールに行くには、校舎を出て体育館の脇を通って行く所が多いと思います。
ところが、改築前のプールは校舎の前、廊下側ではなく、教室側に面していました。

ということは、色々投げ込まれるんですよ。小さい物から大きい物まで・・・
大きい物は、教室の椅子が入っていたときもありました。そういう物は部の備品にしてしまうので、まだ被害(?)が少ないほうです。
問題は小さい物のほうです。設備が古いので、浄化槽が機能していないこともあり、1週間も経たないうちにプールの水は緑色になってしまいます。
小さい物って全く見えなくなってしまうんです。

泳いだ後、「軽く歩こうかなぁ」と思って歩いていると、「ウッ!!」突然、足の裏に強い痛み!
もうしゃがむしかありません。驚くのは本人よりも周りの人達です。
「あっ歩いているんだ」と見た次の瞬間には消えてしまうのですから・・・
 「きっ消えた・・・」

犯人(?)は画鋲です。
濁ったプールの水では画鋲のような小さな物は上から見つけることは出来ません。
おかげで歩くときはスリ足でおそるおそる歩くクセが付きました。
シーズン通して拾った画鋲の数は27個以上にもなりました。

そしてまた大変なのが台風などの強風の後です。
周りは高い木に囲まれており、台風が過ぎた次の日に来てみると、葉っぱはもちろん、折れた木の枝が入っていることもありました。
ですから、台風の後は、まずプール掃除をしてから、練習に入ります。

空から降ってくるものは画鋲(?)の他にも、野球の球があります。
グランドが隣接しているため、野球部が練習していると、時々ファールボールが飛んでくることがあります。
いままで直撃はありませんでしたが、硬球ですから、おちおち練習もしてられません。
ボールが飛んでくる度に「赤色の絵の具とケチャップを用意して・・・」なんて
「どうやったら血をリアルに見せることができるか?」とか
「今度、ボールが飛んできたら、おまえはそこで浮かんで、おまえはこう叫んで・・・」とか
なんてことを話したりしました。(練習しろよ!)

そうそう、こんなものもありました。
「漢字書き取りテストの結果」です。
それはたしか、初代部長のものだったような? 点数もそれほど・・・?
設備に問題あり?
母校・都立小金井工業高校は歴史の古い高校(のよう)です。
ですが、創立当初からプールがあったわけではないようです。
いろいろ話を聞くと、卒業生からの寄付によって、後からプールが作られたと聞きました。
それでもずいぶん昔の話のようです。
一応、ちゃんとした25m×6コースの普通のプールですが、深さが普通ではなかったようです。
作られた当初は、1番深いところで3mもありました。
その名残は、排水口です。
さすがに、深さが3mもあっては危険だということで、1.5mまで埋められたのですが
排水口の位置は変えられません。
それをいいことに(?)よく遊びました。(へへッ)
1.5mの排水口のフタは簡単に外れるので、(止めるためのネジもない)外すとマンホールのような穴になっています。 マンホールといっても人が2人入れる程度、直径が80cm位だったと思います。
わざと外しておいて、落とし穴にしてみたり(濁っていて下は見えない)
人を閉じ込めて、フタしてさらにその上に乗って・・・(今考えるととってもキケン)
ある人は、「中に入ったら、フタを閉めろ」と言って、自分から頭から中に入り、フタを閉めたあと、頭から出てくる。 (つまり直径80cmの穴の中で回転しているってこと)なんてことをやってました。

先にも書きましたが、設備が古いため、浄化槽があまり機能していませんでした。
1週間もしないうちにプールの水は緑色になってしまいます。
そのため(?)かどうかわかりませんが、プールのラインは白いタイルでした。
白いタイルの白線は、コケも付かないので多少濁った水でも良く見えました。
(普通 プールのラインって青とかですよね?)
そうそう、コケといえば、コケはプール壁面にも付きます。
ある日、1コース側壁面で3,4人潜って何かしているようでしたが、気にもとめず、練習が始まりました。 たまたま1コースを泳いだ時、思わず吹き出して溺れそうになりました。
壁面に向かって潜っていたのは、底にたまったゴミを取っていたのではなく、○×ゲームをしていたり、 絵を書いて遊んでいたのです。
シーズンの初めと終わり
プールでの練習するシーズンのはじめと終わりってどのようにして決めてますか?
学校が決めますか?顧問の先生が決めますか?部会のなかでみんなできめますか?
当時は部長が決めてました。
部長が泳げたら、シーズンイン。泳げなくなったら、シーズンオフ。(単純です。)
同好会から部に昇格させた張本人ですから、水泳に対する熱意は相当なものです。

部長 : 「お〜い 集まっているか〜? 練習始めるぞ〜」
部員 : 「えっ〜 やるんですか〜? 寒いッすよ〜」
部長 : 「い〜から はじめるぞ〜 それっ!」(飛び込んで25m泳ぎはじめます・・)
  ( バシャ! バシャ!! )

 25m泳ぎ終えたとたん、泳いだ勢いだけで上がってきました。

部長 : 「さっ寒いっ! 今日はヤメ 解散!」
部員 : 「ほらね! だから言ったでしょ」 (それは10月中旬のことでした。)
部活
水泳の練習メニューのなかで一番 燃えるものはなんでしょう?
それはリレーです。
ダッシュ20本とか ロング800mとかやっても ただ延々と黙々と泳ぐだけで
面白くもなんともありません。
ところがリレーとなると、相手チームと張り合ったり、負けたときの罰ゲーム怖さに頑張ったりと
普段の練習とは違った盛り上がりがあります。

その盛り上がるリレーでもあんまり力の差がついてしまうと面白くありません。
いくら水泳部でも得意種目と不得意種目があります。
そこで、4種目(バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロール)続けてリレーをします。
個人メドレーのように一気に4種目を泳ぐのではなく、
(もちろんそれもやりました。個人メドレーリレー でもあんまり・・・)
たとえば1種目に4本泳ぐことにして、チーム全員が4本泳ぎ終えたところで、次の種目に
移り、その種目もまた4本泳ぐ ということを4種目つづけてリレーします。

これの良いところは、部員の得意種目、不得意種目、すべて泳ぐので偏った練習にならないこと
だいたいどこの集団にも 時々、妙なことを思いつく人が必ずいませんでしたか?。
チャーハンとタンメン
母校・都立小金井工業高校の最寄の駅はJR武蔵小金井駅です。
(高校は中央線・武蔵小金井と国分寺の間で線路に面しています。)
武蔵小金井駅をはさんで反対側(東小金井と武蔵小金井の間)には
ジャノメミシンの工場がありました。(今は工場は無くなり、マンションが建っています。)
武蔵小金井駅からそのジャノメミシンの工場までの道を「ジャノメ通り」といい
飲食店が並んでいます。(工場は無くなっても飲食店街は健在)
その「ジャノメ通り」の奥の方に、そのお店はありました。

店の名前は「きらく」
小金井工業の学生が良く行く店でもありました。
高校生が良く行くとなるとそれはもう「安い」「ボリューム満点」「うまい?」です
つまり、安くて、ボリュームがあれば味なんて二の次ということです。
ですから、水泳部以外でも野球部などの体育会系の部は行き着けになっていました。

幸い(?)工業高校にもかかわらず、しかも水泳部であるにもかかわらず
当時、女子部員が2名いました。
そんな彼女達が先輩達に連れられて「きらく」に行ったところ
ボリューム満点の料理をたいらげてしまい、ついたあだ名が
「チャーハン」と「タンメン」
いわくつきの?コース
先にも書きましたが、プールは、かなり前に作られたもののようです。
ですから、プールの造りも現在のような金物ではなくコンクリート製でした。
作りが古いのでコンクリートが欠けたりすることもありました。
そして流血惨事は起こりました。

そう、あれはたしか3コースで起きた出来事でした。
大会直前でターンの練習をしていたのか?
それとも単なる気まぐれだったのか?
クロールのクイックターンをした時でした、「ガシッ!」
振り降ろした足が、欠けたコンクリートのコースに刺さり
3コースには流れ出した鮮血が・・・

結局、4針ほど縫うケガをしてしまい、その3コースでのクイックターンは
しばらく禁止となりました。
そして最後のお別れ
その年の夏も終わり、改築工事の内容を知ったとき、ちょっと複雑な気持ちでした。
プールが校舎の前から無くなり、体育館の奥、しかも、格技場の上に作られるなんて・・・
(複雑な気持ちというよりもウレシい気持ちで一杯!)

蚊に刺されながらも着替えたあの日のことも
椅子が投げ込まれ、唖然としたことも
ファールボールに怯えながら練習したことも
小さな敵:画鋲に悩まれることも
3畳しかない部室にも
人には見せられないテストの答案用紙が部室天井裏に隠してあることも
みーんな過去のこと、もうそんなことに悩まされることがないなんて・・・
( プールのお別れ会 と 最後の瞬間 )


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