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PROFILE 17

Why?
何か新しい刺激が欲しく、またエスカレーター式の高校に行っていたこともあり大学受験の必要がなく、いい機会だと思ったから。
How?
学校で留学制度を紹介していて、その中にYFUという留学団体があったので応募し試験で合格した。
When?
1997年8月〜1998年7月 高校3年の夏から
Where?
country U.S.A
State Massachusetts
City Springfield
マサチューセッツ州の南東部でコネチカット州のすぐ近く。Bostonまで車で約2時間の距離、New Yorkまでは車で4〜5時間。州3番目の大きさでバスケットボール発祥の地として有名。ちなみにバレーボール発祥の地のHolyokeもすぐ近くのある。Springfieldは移民者が多く割合で言うと、白人3割、黒人3割、プエルトリコ系(ヒスパニック系)3割、その他約1割(ベトナム人、タイ人、中国人などのアジア系、その他)という人種のるつぼ。

School!!
Science and Technology という名前の公立高校。全校生徒は約2000人(日本でいう中学3年生〜高校3年生の4学年)と規模が大きく、創立2年目の新しい学校。新しい学校だったので私を含む6人の留学生(ドイツ人4人、エチオピア人1人)が最初の留学生だった。(ドイツ人の一人は飲酒がばれてドイツに途中で強制送還されていた)

学校で最初に驚いたのは、学校の中の至るところに警備員がいたこと。学生証を持っていない生徒はこの警備員によって学校に入れてもらえない。また授業が始まると教室に鍵をかけるため遅刻者は教室にいれてもらえず、トイレ行くのにも先生に許可証をもらわなければいけなかった。にもかかわらず、学校の秩序は悪く麻薬を売り歩く者、武器(主にナイフ)を携帯するものなどが多数いて、しまいには先生を襲撃して逮捕された者もいた。またけんかが多発し、1〜2週間に1回ぐらいは大規模なけんかが起こり(けっこう見ていておもしろい!)多数の生徒が停学処分をくらっていた。女の子も血の気が多く、結構かわいい女の子5人が男1人を囲んでぼこぼこにしていたのを1回目撃した。あと発煙筒などがよく学校のトイレに投げ込まれ、火災報知器が鳴りクラスが中断することもしばしば。最初は面白かったが、何回も起こるので途中からはいい加減外に避難するのも嫌になった。圧巻だったのは警察が学校に麻薬犬を連れてガサいれにきて、一人一人金属探知器で武器を携帯していないかを検査し、かなりの武器、薬物類が押収されていた。

Class
1日4クラスで1クラスが90分

中国語
初級クラス 周りの生徒は全員中学3年生で自分一人が高3だった。簡単!。

コンピューター
タイピングのクラスで後々役立ったクラス。Excelもやった。

数学
レベル的には中3〜高1ぐらい 因数分解やニ次関数など。ちなみに生徒全員が計算機を持参し、計算はすべて計算機を使う。(これは効率がいいかもしれないが、機械に頼りすぎているため計算が苦手な人が多いように思った。)

生物
わけわからん。いまだに何をやっていたのかわからない。

体育
学校専用グラウンドがなかったためすべて室内 バスケット・バレーボール・水泳・トレーニングルーム(設備がすごい!さすがスポーツ大国!)で筋肉トレーニング等 1クラスの生徒は50人ぐらいいたが、大半がやる気がなく着替えもせずにぶらぶらしていて(ほとんどプエルトリコ系、先生も特に注意していなかった)実質的には25〜30人ぐらいのクラス。

アメリカ史
最初はつらかったが先生が面白かったので一番好きなクラスだった。授業は難しいが試験は暗記が得意な日本人には簡単!ただし外人の名前や地名を覚えるのには苦労した。

ESL(英語)
英語が第二言語の人向けのクラス 周りはプエルトリコ人がほとんどであと残りはアジア人。内容はビデオ鑑賞や、レポートの書き方の練習など。

Activity!!
秋期
サッカー 結構強いほうで州の西地区ベスト8まで進出 サッカーをしている時が一番面白かった。逆に最後の試合に負けた時はマジで悲しかった。練習グラウンドまでスクールバスで移動するためその結果友達もここでたくさんできた。

冬期
学校で日帰りのスキートリップがあり(参加費1回30〜40ドルぐらいだったと思う)それに数回参加した。ナイトスキーでかなり寒かったがこれも楽しい思い出の一つ。

春期
バレーボール かなりの弱小チームだったがそれなりに面白かった。  

Family
黒人の家 家族構成=ホストマザー・ホストシスター(10才)・ホストブラザー(7才)ドイツ人の留学生(男17才)。過去何人も留学生を受け入れている家族だったのでお互いやりやすかった。 楽しかったこと

楽しかったこと!!
たくさんのいい人達にめぐり会えたことが一番よかった。今振り返ってみると嫌なこともけっこうあったが、それを含めてすべての経験が楽しかったように思えるくるから少し不思議。

辛かったこと!!
しいていえば、食事とトイレという基本的なことがつらかった。

食事は朝と昼は学校の食堂で食べていたが、メニューが少なく昼は、マクドナルドのハンバーガーをまずくしたようなバーガーかサラダしかメニューがなく、たまにタコスらしきものが追加されることもあったがこれもまずかった。また家に帰ってもホストマザーが働いていて忙しくあまり料理はしなかったので夜にインスタントバーガーしかない時などがありその時は、朝・昼・夜ハンバーガーという恐ろしいことになってしまい飽き飽きした。

トイレは日本にいる時はウォシュレットに慣れていたのだが、当然アメリカにはなく慣れるまではかなりつらかった。あと学校のトイレではアメリカ人の大半が大の便所のところで小をしてまきちらすので、便座がかなり汚れていた。そのためよっぽど緊急時でないと汚くて便座に座れなかったのでいつも便座をきれいにするものを携帯していた。それに便所に悪そうな黒人が数人でタバコなどを吸いながらたむろしている時などは最初はかなりびびってしまい、あまりのプレッシャーにでるものもでず、なれるまで苦労した。

現在勉強していること!!
大学で法律を勉強

将来の夢!!
作家になること

Comments!!
嫌なこともあるかもしれないけど、何事も前向きに考えて滅多にできない体験を楽しんできてください。