生態
植物細胞壁に立ち向かう線虫の「秘密兵器」
Nature
427(30), 2004
エクスパンシンというタンパク質は、これまで植物でしか発見されておらず、植物の細胞壁を保つ非共有結合を弱めることによって、細胞壁を急激に侵食する働きがある1。
今回の研究によって、植物に寄生するジャガイモシストセンチュウ(Globodera
rostochiensis)という動物も、機能的なエクスパンシンを分泌することがわかった。この線虫は宿主の植物に侵食するとき、細胞壁を緩めるためにエクスパンシンを用いる。ジャガイモシストセンチュウは植物の細胞壁の共有結合を緩める能力があることが知られており2,3、また非共有結合を緩める能力も持ち合わせていることから、動物は植物の細胞壁を壊す能力が遺伝的要因から低いという一般論と矛盾していた。
植物の細胞壁は高分子を織り交ぜた固い網状組織で、植物を食べる多くの生物はこの多糖類の構造にある共有結合を壊すために、さまざまな種類のグリカナーゼという酵素を出している。
私たちはジャガイモシストセンチュウが細胞壁を壊すために使うタンパク質を突き止めるために、まず手始めとして補足的にDNA-AFLP(増幅制限酵素断・長多型)法を用いて、ジャガイモシストセンチュウの成長段階を追いながら記録を取っていった。すると、cDNA断・であるKT21
(137 ヌクレオチド)が
伝搬性線虫の第二段階にある幼虫で圧倒的に多くみられた。それに対応する完全長cDNA(Gr-Exp1;アセッション番号 AJ311901;長さ 1,061塩基対)は271個のアミノ酸をエンコードしたもので、これには分泌作用としてアミノ末端にあるシグナルペプチドがあることが予想される。
同じような調査(BLASP)を行ったところ、予想上の完成されたタンパク質のなかに2つの異なる部分があることが示唆された。1つめの部分(アミノ酸残基26-118)は各種線虫のエンドグルカナーゼの糖鎖結合のモジュルファミリーIIと酷似していた(AF056110、BAB68522、およびAF323087;39-43%同一で、期待値は2.010-12から0.0008)。2つめの部分(アミノ酸残基150―271)は栽培種タバコ(AAG52887、期待値2.2
10-5)の出すβ-エクスパンシンのようなタンパク質(PPAL)および、シロイヌナズナ(O04484;期待値6
10-4)が分泌するとされるβ-エクスパンシンに著しく似ていた。
これらのエクスパンシンと2つめの部分の類似性から、一連のシステイン残基や、HFDの特徴(Gr-EXP1は同類(FV)を宿しているが)およびその他の特徴があるとうかがえる4。
寄生虫になる前の伝搬性線虫・第二段階幼虫の段階にあるジャガイモシストセンチュウに対しては、WISH法(発生初期に発現する新しい遺伝子を分離して遺伝子発現を可視化できる方法=whole
mount in-situ hybridization)を実施した5。すると、Gr-Exp1cDNA
(ヌクレオチド54-427)から増幅したアンチエンスcDNAプローブが、副腹の食道腺に特定したハイブリッドを形成した(図1a)。Gr-EXP1血清はイモ塊根の拡散物に促されて、線虫の分泌液に強く反応した(詳細は割愛)。
こうした結果から、Gr-EXP1は伝搬性線虫の幼虫の副腹の食道腺で発生し、Gr-EXP1および細胞壁を侵食する酵素は同時に分泌される6と、私たちは結論づけた。細胞壁を侵食する活動7は、伝搬性線虫・第二段階幼虫の破砕液中にみられ、キュウリよりも小麦のほうに強い反応が出た(図1b)。成虫のメスの破砕液にはそのような活動はみられなかった(図1b)。
Gr-Exp1で遺伝子変化を起こさせたタバコの成長葉から抽出したタンパク質は、寄生虫のいない対象群よりも、小麦子葉鞘においてエクスパンシンを有意に多く発生した(図1c)。Gr-EXP1が栽培種タバコおよびシロイヌナズナのβ-エクスパンシンと思われるものと酷似しており、エクスパンシンに特徴的ないくつかのアミノ酸の特徴が存在し、植物の細胞壁でリコンビナントGr-EXP1と線虫の破砕液が活動している可能性があることから、私たちはGr-Exp1が機能的なエクスパンシンをエンコードしていると結論づけた。
植物界以外のさまざまな種において、エクスパンシンとわずかに似た塩基配列が発見されているが8-10、これに対応するタンパク質では細胞壁を侵食する活動は発見されていなかった。これまでわかっている知識から、Gr-Exp1は植物以外の遺伝子として初めてエクスパンシンの上科の構造的、機能的特長を示すものである。この結果から、動物は植物の細胞壁を侵食する能力が劣っているとした過去の見解が疑わしくなってくる。
細胞壁を侵食する酵素とエクスパンシンが同時に線虫から分泌されるときに、エクスパンシンの活動によって細胞壁の構成要素がグリコースに入りやすくなるのかもしれない。線虫は驚くほど速く宿主の植物を侵食する(細胞の膜1枚にかかる時間は約2分)が、これでその説明がつくかもしれない。
生理学
馬による郵便制度の優秀さを現代科学が証明
Nature 426 (785 - 786), 2003
かつて速達の制度は2000年にもわたって(紀元前540年〜紀元後1861年)、馬に頼っていた。しかも配達の平均速度と、馬を交代させる駅舎間の距離との間には、驚くほど一貫性のある制度だった。
|
今回の研究はこの速度と距離との関係が、最高の馬の走りとしていかに理想的であるかを示すもので、現在わかっている馬の生理学および、最近の耐久力記録でそれを説明できる。速達制度で使われた馬のパラメーターは、新陳代謝の増えすぎによる熱ストレスを避け、脚に障害が発生するリスクを減らすように工夫されていた。
馬を使った古代の郵便制度の経験から、馬と騎手は生理学的・生物機械工学的な負荷を適合させつつ、最大限に能力を発揮できるようにしたのかもしれない。例えば、ロイヤルペルシャロード(図1)は全長2,750kmで速達のリレーで7日間かかったが、キュロス大王(599‐530 BC)はこの道路を建設する前に、「馬に乗って試してみたところ、馬を傷めない程度に強くまたがれば、かなり長い距離を進めることができることがわかった。しかも大王は、駅舎を出てからそれだけの距離を直立姿勢で乗っていた」と、Xenophon1は報告している。
いちばん最近のもので、詳しい文献のある馬の郵便制度は「オーバーランド・ポニー・エキスプレス」というもの。1860〜61年のアメリカで西海岸の開拓者のために、カリフォルニア州サクラメントとミズーリ州セントジョセフの間を運行していた。
表1には速達の郵便制度の歴史的な分析結果を示した(参考文献2および補足資料を参照)。場所や文明度の違いを超えて、ある共通点がある。駅舎間の距離は約20〜25km、1人の騎手あたり4〜6駅舎間を走り、平均速度は約16kmh-1だった。騎手の耐久能力は彼らの好気性代謝能力で限られていた。つまり、乗馬による代謝コストは毎分1.9〜2.4リットルの酸素で(補足資料を参照)、これは最大代謝力の66.4%に相当し、最長276分まで(つまり92km、4〜5駅舎間)維持できる。
速達便の平均の速さは、馬のトロット(速足)からギャロップ(全速力)の間に相当する3,4。おそらく、日中は比較的速い速度(例えば、20〜22kmh-1)で、夜間は比較的遅い速度(約10〜12km
h-1)だったのだろう。これらの速度はギャロップとトロットそれぞれの最高時(つまり、移動距離あたり最低限の代謝コストのとき)の速度と一致する3,4。
馬齢4〜7歳で体重390kgの馬(http://www.xphomestation.com/facts.htmlを参照)は、10〜12km h-1でギャロップしたときに、15〜28 102min-1の代謝力があった。これは最悪でも、その馬の最大の好気性代謝能力の「わずか」69%には相当する(40.5102min-1と計測)。したがって、1時間半ごとに馬を交代させる必要があったのも不思議ではない。それが、例えばヒトのように馬ほどたくましくはない生物の場合には、同じ代謝負荷で4時間以上動ける7。
この違いを調べるために、私は競馬と耐久レースでの実際のスピード記録を分析した(図1)。レースの距離の対数に対してグラフで示したところ、2つのデータセットは個別の(対数)関数にぴったり合っているものの、中長距離で速度が急に落ちているのが明らかにわかる。
ヒトはグリコーゲンが漸進的に減っていくのが主な理由で、どんな距離を走るときも比較的なだらかな下降線をたどる。だが馬は短・中距離のレースでパワーアップしても、10kmを超えると速度が落ちていく。
距離によって走りが違うことを決定づける数々の要因や、それらの要因のどれが昔の郵便制度の戦略に影響を与えたのかは、馬の運動生理学の知識でわかる。脾臓は体内の全赤血球の30%を含んでおり、運動の強度に応じて、交感神経系が脾臓内の赤血球量をコントロールして体内に流す働きをしている。
こうした体内の血液の「ドーピング」はヘマトクリットの量を40%から65〜70%増加させ、好気性代謝とともに、短・中距離の競争において重要な役割を担っている。だが一方で、馬はこのような「ターボ・チャージング」の代謝機能のために、長距離走の場合にはオーバーヒートという問題が生じる。
身体の体積のうち筋肉が55〜60%を占める動物は、大量の熱を発生し(行った機械的仕事の3倍に等しくなる)、この熱は汗とともに発散させなければならない(10〜15リットルh-1)。この負担によって持続可能な走行スピードが落ち、長距離走では「パワーアップ」の働きが無意味になってしまう。
長距離では、馬のアドレナリン閾は32km h-1(参考文献10参照)、ヘマトクリットは約46〜49%だった(参考文献11参照。この増加分の原因の・とつは血液の濃度上昇によるもの)。つまり、熱ストレスと卒中、肺高血圧症や出血(血漿の損失や血液の過粘稠度によるもの)のリスクは減る…12…。ただし、非常に長い行程になると神経筋の疲労や筋骨格の損傷を起こし、ギャロップの仕方が変わったり、脚に障害が起きる可能性もある…12…。
こうした観点からみて、馬による昔の速達制度は最適な速度と走行距離で行われ、馬にとって損傷のリスクが低いものだったと思われる(脾臓は空にならず、好気性代謝も行われず、適切に熱を発散していた;図1b、下の線)。賢いやり方だったといえる。当時、日中に配達していたスピードは20〜22km h-1で、これは現代のエリート馬で激しい競争やトレーニング、食事や休憩の管理体制下にある場合の35km h-1よりも遅い。山道や数々の障害物があったためことも、昔の郵便制度で使われていた馬の平均速度が遅かった原因になっているだろう。
郵便制度の歴史において、馬の生理学の知識がない時代に、馬の熱ストレスや身体障害という生命を脅かすリスクを減らし、現代と同じ最高のパラメーター(最高の走行距離とスピード)を達成できたのは、注目に値する。
過去の駅舎間の距離は、現代における耐久レースの獣医チェックポイント間の距離とほぼ同じである。この獣医チェックポイントは、心臓血管、代謝、運動状態を20〜30kmごとに調べるものだ。馬とともによいコンディションで最も速くゴールに着いた騎手だけが、勝者としてふさわしいということだ。
地学
バルハン砂丘が砂漠を移動する方程式を解く
Nature
426(619-620), 2003
バルハン砂丘はそれ自体が場所を移動する三日月形の砂丘で、砂が少なくて風が一定方向に定まらない地域にみられる。今回の研究では、砂が粗い2つのバルハン砂丘が形を保ちながら、お互いを突き抜ける様子を数学的に示した。野外観察で確認したこの孤立波の動きのパラメーターでは、2つの砂丘がぶつかるときの高さが重要なカギを握っている。
バルハン砂丘はその驚くべき移動性によって、乾燥した砂地の道路やパイプラインといった建造物を破壊することがある。砂丘が移動する速度は年間数十メートルに及ぶことがあり、砂丘の高さとは逆の傾向を示す。つまり、小さな砂丘のほうが大きな砂丘より速く進むということだ。
だが、砂丘の動きや進化の仕方を評価するのは難しい。長期間に及ぶ観察が必要であり、数十年にわたって野外観察の方法に一貫性が必要とされるからだ。このため、過去のいくつかの研究では砂丘の地形や形態を描写している。例えば、暴風雨のとき、風上側で激変する砂の動き、急勾配の面を伝わるなだれ、などである。これまでの観測は単独の砂丘か、あるいは砂丘のパターンであって、砂丘同士の相互作用を対象としたものはなかった。
|
今回、私たちは小さなバルハン砂丘が大きなバルハン砂丘に突き当たるときに起きる状況を観察し、方程式にして解いた。その結果、砂丘は一定の状況下で非線形波動「ソリトン」のような動きを示し、姿を変えずにお互いを貫通することがわかった(ソリトンは非線形方程式の解と一致する。例えば、浅い海に伝わる波を示したものなど)。
この動きは、大きなバルハン砂丘の風下側に小さなバルハン砂丘が観察された結果と一致する。おそらくこれは、お互いに形を変えずに突き抜けたということなのだろう。例えば、モロッコのLaayouneの付近、ペルーのラ・パンパの砂漠などの大きなバルハン砂丘の荒野の中でも、大きな砂丘の風下側で小さな砂丘は発見された(図1)。しかし一般的には、小さなバルハン砂丘は大きなバルハン砂丘にぶつかると、完全に飲み込まれてしまうと考えられている。砂の形は、砂丘の急勾配の面を横切るときには必ず崩れてしまうという見方からだ。
私たちは、ガウス関数の形をした大きな砂山で、最初は比較的小さな砂山の風下に置いた状況を説明した一連の方程式を解いた。この状況に吹き込む風の強さは、0.5m
s -1の速度に固定した。しばらくすると、ガウス関数は典型的なバルハン砂丘の形になっていった。
小さいほうのバルハン砂丘は、ある時点で大きいほうのバルハン砂丘にぶつかり、2つの砂丘が複雑なパターンで混合する状態になり、3つの状況が観察できる。つまり融合、増殖、孤立波の動きで、2つの砂丘の相対的な大きさによって状況は変化する。
対象群のパラメーターとして、私たちは2つの砂丘、つまり△h/h2および、これよりも小さい砂丘であるh2の相対的な高さの違いを選んだ。風上側の砂丘の急傾斜面の安定性が、2つの砂丘が混合状態になる最終段階および、両者の相対的な速度に影響を及ぼしている。
|
△h/h2が小さいときは、2つの砂丘は同じような速度で動き、孤立波のパターンを示す(図2)。中間段階の混合状態では、後ろ側の砂丘はあまり速く動かないため、前側の大きな砂丘の急斜面まで行くことはない。後ろ側の砂丘は前側の砂丘よりも、ある時点で大きくなりすぎたために、進む速度が低くなるからだ。
つまり最初は大きかった砂丘は小さいほうの砂丘となり、スピードを増して2つの砂丘の混合状態から抜け出してしまう。実際には、小さいほうの砂丘が大きいほうの砂丘を突き抜けるようにみえる。だが本当は、2つの山は混じることはない。大きなかたまりが入れ替わっているだけだ。
h2と△h/h2の数値によっては、入り込んでくる砂丘よりも突き出てくる砂丘のほうが大きいが、ほかの数値では入り込んでくる砂丘のほうが小さいと示されている。つまり、砂丘はソリトン関数のように厳密に動くのではなく、むしろ孤立波に近いといえる。h2と△h/h2の中間の値は、2つの砂丘で大きさと体積がまったく同じ状態を保ったとき、つまりソリトン関数のように動くときに存在する。
小さいほうの△h/h2では、2つの異なるソリトン関数がみられた。2つの砂丘の高さの違いがとても大きければ、小さい砂丘は完全に飲み込まれてしまう。高さの違いが中程度のときは、「増殖」と言うべき現象が観察された。バルハン砂丘の三日月形の先端部分に、2つのごく小さな砂丘が出現したのである。
風の方向が定まらず砂が多くある地域では、別のタイプの砂丘が発生する。これは横断砂丘として知られ、一方向の不変式になる。孤立波の動きは、横断砂丘でも起きる可能性はある。横向きに動く砂丘の相互作用については研究が必要であり、砂丘全体の動きをシミュレートしなければならない。
工学
電流を利用した操作性の高い「ラボ・オン・ア・チップ」装置
Nature 426 (515-516), 2003
「ラボ・オン・ア・チップ」のシステム(実験室での分析や反応をガラス基板上等で行うシステム)は、パイプを装備した工場のようである。だが、チップ上のマイクロチャンネルを流動する粒子、細胞、タンパク質が壁やチャネル上にくっついてしまうことがあり、物質を運ぶうえで問題が生じる可能性があった。
より適応性の高いマイクロフルイディック・システムでは、固い表面の上で液体を液滴として運ぶことができるが、液体が固い壁にくっついてしまうため、同じような問題が残る。
今回の研究では、液体の中に液体を流すマイクロフルイディック・システムによって、水や炭化水素のマイクロリットルやナノリットル単位の液滴を自由に流動させてみた。このシステムでは、濃度を高くしてフッ素化した油の上を液滴が浮き、油の下に設置した電極によって生じる交流または直流の電場によって流れていく。このようなマイクロフルイディックのチップは、マイクロ単位での運搬や混合、化学物質や材料の合成のためのツールとして応用できるだろう。
|
私たちが開発した、液体中に液体を流すマイクロフルイディック装置(図1)では、フッ素処理した油(F-油)の表面を、水やドデカンの微小液滴が自由に流動していき、油膜の下に通した電極から交流(a.c.)または直流(d.c.)の電場を発生させる。空間的に不均一な交流電場が誘電泳動を引き起こし、分極できる物質を高い電場へと引き寄せる。液滴はエネルギーを発する電極へと移動し、その上で浮かび、電場へと引き寄せられていく(図2a)。
異なる電極の電圧を変えるスイッチをプログラミングをすることで、液滴の動きを変えることは簡単にできる(図2a,bおよび補足資料を参照)。今回の実験で使った電圧(200〜600V)はほかの誘電泳動実験で使われているのと同じ水準である。交流電流における液滴の速さは、誘電泳動の理論にしたがって電場の強さで計測した。
液滴は粘性抵抗しか受けないので、著しく低い消費電力で動く。ただし、固い壁の電極に接触したときはより動きが遅くなる。水滴は直流電場に引き寄せられるか、あるいは強くはねつけられ、2.0mm s-1の速度で進む。つまり、液滴には著しい電荷または双極があり、クーロンの法則による反発や誘導によって動いている、ということを示唆している。
液滴の帯電や再帯電は、F-油を通じたイオン移動によって起きると考えられ、この現象は常に観察された。このほか、予想以上に強い偏光が液滴の内側に出ている証拠も得られた(この件は別稿で・介する)。こうした強い帯電効果によって、炭化水素の油の液滴を操作することもできる。だが、こうした液滴では双極子モーメントの誘導されやすさが低いために、左右対称の交流電場には反応しない。
|
いろいろなものが混じった液滴の熾狽ノ無機物の固形物が沈殿して、透き通った貝のような球ができていた。また、マイクロ単位やナノ単位の粒子を含む液滴が乾いて、不均衡な微小の集合体ができていた(図2c、補足資料を参照)。実験で使ったチップは、こうして残された粒子を操作するために使うこともできる。
私たちの研究グループは、界面活性剤を使ってドデカンと水の液滴を混ぜ合わせることで、炭化水素を外皮として左右対称な水のカプセルを作ることもできた(図2d、補足資料を参照)。
本稿で・介した適応性の高いマイクロフルイディック装置は、幅広い応用が可能だろう。例えば、いろいろな物質の混合や生物学的な微量測定などだ。より複雑な応用分野としては、生きた細胞や遺伝子材料を個別の液滴に入れたり、生化学反応の実験、沈殿物の分析、パラレルドラッグや毒物のスクリーニングなどが考えられる。
医学
幻覚剤エクスタシーの危険に関与するタンパク質を発見
Nature 426(403-404), 2003
アンフェタミン系覚醒剤をレクリエーション的に使うと体温が著しく上昇し、死に至ることもある。だが、UCP-3(脱共役タンパク質3)というミトコンドリアのタンパク質が不足しているマウスでは、通称エクスタシーとして知られる幻覚剤「MDMA」(3,4-methylenedioxymeth-amphetamine)に反応する熱発生が少ないため、体温上昇という危険で毒性のある影響から守られていることが、今回の研究によってわかった。
この結果から、UCP-3はMDMAの引き起こす高熱症において重要な働きがあることがわかり、エクスタシーという公衆衛生上の問題が広がるなか、これを解決するための新たな治療法が開けてきた。
国連の報告書によれば、1995〜2000年にかけて世界的にMDMA(図1)のレクリエーショナル的な使用は70%増加したと推計されている。その結果、入院例や死亡例も増えている。死亡例のほとんどは、しつこい高熱症候群によるもの。高熱症によって骨格筋が衰え(横紋筋融解症)、これに引き続いて腎臓やその他の臓器機能が不全に陥る。
|
MDMAの引き起こす高熱症の分子的な根拠は不明だが、骨格筋が熱発生の調整にあたって一定の役割を果たしている可能性はある。リアノヂン受容体が媒介するカルシウムの循環や、ミトコンドリア自身が保有する脱共役タンパク質の働きによって、熱が発生するのではないかと考えられる。
こうしたタンパク質は、細胞呼吸で発生するエネルギーによるATP合成のプロセスを阻害して、熱を発生させる。例えば、発熱を調節するうえで重要な脱共役タンパク質1(UCP-1)を含むミトコンドリアに、褐色細胞は多く含まれている。関連するタンパク質のUCP-2およびUCP-3はUCP-1と塩基配列の50%以上が同じだが、これらも体温調節に関与しているかははっきりしない。
例えば、UCP-3を欠損させたマウス(UCP-3-/-またはUCP-3「ノックアウト」マウス)は正常の基礎体温があり、低温の環境にも適応する。つまり正常な生理的条件下では、UCP-3の機能は体温調節を行うものではない、ということがわかる。
このため私たちのグループは、MDMAの毒性によって引き起こされる病理的な体温反応をUCP-3が媒介するかどうかを調べた。UCP-3は主に骨格筋に存在し、MDMAは骨格筋の温度を著しく上昇させるため、私たちはUCP-3-/-のマウスとワイルドタイプを比較して、MDMAへの体温反応を調べた。
|
|||||
すると、ワイルドタイプのマウスはMDMAを投与後、投与量に応じて骨格筋の温度が上がっていった(図2a)。投与後1時間以内に体温はピークに達したが、少なくとも2時間は高い体温を維持していた。直腸の温度も同じような反応をみせた(図2b)。
これとは対照的に、UCP-3-/-のマウスの最初の体温はワイルドタイプのマウスとほぼ同じだったのが(ワイルドタイプのマウスは38.6±0.08℃、UCP-3-/-のマウスは38.7±0.08℃、Pの有意差はなし)、UCP-3-/-のマウスは骨格筋も直腸の体温も、MDMA投与後に著しく低い上昇値しか示さなかった(図2a,b)。
UCP-3-/-のマウスの骨格筋にはUCP-2が少量存在していた。このため、UCP-2がUCP-3-/-のマウスにみられたごくわずかな体温上昇に関与していた可能性もある。あるいは、脱共役タンパク質とは関係のない体温機能(例えば、α1アドレナリン受容体が媒介することで起きる血管収縮)が関与していたのかもしれない。
マウスなどの齧歯動物およびヒトへのMDMAの致命的な影響は、高熱症と相関関係があることから、私たちはUCP-3-/-のマウスが死を免れるかどうかを調べた。マウス体内でのMDMAの毒性はほかの種よりもばらつきがあるが、死亡率25%の致死量(LD25)は、体重1kgあたり約50mgとみられている。
こうした条件下で、ワイルドタイプのマウスにMDMAの投与量を増やしながら与えていったところ、4時間以内に死亡した。5匹のうち1匹は20mg kg-1の投与量で死亡し、10匹のうち3匹は40mg kg-1の投与量で死亡した(図2c)。だが、これらの投与量をUCP-3-/-のマウスに与えても死亡しなかった(それぞれ、n=5とn=10)。
今回の結果から、MDMA投与によって引き起こされる骨格筋および身体全体の体温上昇には、UCP-3が必要条件となっていることがわかる。内生的に生み出される反応性の高いアルデヒドがUCP-3を刺激することがあり、この種の分子とMDMAとその代謝は、構造的に似ている部分がある。
エクスタシーが脱共役タンパク質の活動に直接働きかけているかどうかを確かめるには、さらなる研究が必要である。MDMAを過剰摂取した場合の体温反応には個人差があり、この個人差は骨格筋中の脱共役タンパク質の働きと関係している可能性がある。例えば、甲状腺ホルモンによる治療を行うと、アンフェタミンによる高熱症を悪化させることがあり、甲状腺ホルモンによってUCP-3が促進されることが知られている。 UCP-2とUCP-3、またはこのどちらかがエフェドリン、メタンフェタミン、コカイン、レクリエーショナル的な覚醒剤で似たような高熱反応を起こし、MDMAと関連性のある薬剤などの毒性を媒介している可能性もある。
エクスタシーによる体温上昇ではUCP-3が分子的に媒介する役割をしていることが、今回の研究で示された。つまり、脱共役タンパク質をターゲットとする薬剤を作ることで、新たに重要な治療の方向性が開ける可能性が出てきた。
生態
花とそこで暮らすコガネムシの「ホットな関係」
Nature 426 (243-244), 2003
新熱帯区の森林では、大きなコガネムシの成虫の多くは、放熱する花の花房の中でほとんどの時間を過ごす。そこで食べて夜中に交尾をし、翌日は休んで過ごし、また別の花へと飛んでいく。
私たちは、仏領ギアナのサトイモ科の花の温度および、Cyclocephala colasi
beetlesと呼ばれるコガネムシの花周辺の温度における呼吸数を測ったところ、このコガネムシは花の中にいるときよりも、外にいるときのほうが、活動に必要なエネルギー量が2.0〜4.8倍大きいことがわかった。つまり、花の出す熱は授粉を媒介する虫にとって重要なエネルギーをもたらし、そのおかげで花の外で必要とされるエネルギーコストの一部を使うだけで、食べたり交尾できる状況になっている。
自家放熱する花は、原始的顕花植物のいくつかの多様な系統で、めしべが最初に受粉してから花粉が落ちるタイプのものにみられる。これらの種類の植物のほとんどは、虫、とりわけ甲虫によって授粉が行われる。虫はめしべとおしべの間で約24時間、花の内部で自主的にとどまっているのだ。
花内部での熱発生によって、虫を引き寄せる香を発散する量は増えやすくなる。だがこれによって、花は虫を引き寄せる時間だけでなく、虫が花に存在している間中放熱を続けていることの説明はつかない。ある種の花では、花の温度が虫の活動温度で生理学的に保たれているのはなぜか。そして、なぜ温度調節が起きる場所は花房内部で、熱発生して香を出す組織で起きるわけではないのか。
多くの昆虫は活動時に体温を上げる必要があり、新陳代謝によって自ら熱(温血)を出すことで体温を上げるという事実に、その答えはあるかもしれない。昆虫は体が小さいという理由もあって、新陳代謝で必要とする発熱の増加量は非常に大きい。例えば、陸地で活動する甲虫では、体温は16倍に増える。したがって、温かい花の環境はエネルギー源として非常に貴重な存在であり、それによって虫は活動のエネルギーコストを下げることができる。
| 図1 温かい歓迎:熱発生する花であるPhilodendron
solimoesenseは、仏領ギアナの新熱帯区の森林でみられ、コガネムシのCyclocephala colasiなど虫の授粉役への御礼に温かい房を提供する。白い肉穂花が開いた切り口から突き出ている。花房は下に隠れている。 |
|||||||
|
|||||||
私たちは、Philodendron solimoesense という花の主要な授粉役となっているC. colasi
EndrOdiのエネルギー支出に対する花の温度の影響を調べた(図1)。日没後に肉穂花の温度は急速に上昇し、これにともなって強い香の放出され、甲虫がやってきた(図2a)。夜中に甲虫がまだ活動しているときは、花房の平均温度は周辺の温度よりも3.4〜5.0度高かった。呼吸計で休んでいる甲虫は新陳代謝率が低く、温度上昇にともなってわずかに伸びただけだった。
これに対して、活動している甲虫の新陳代謝率は温度下降にともなって上昇していた(図2b)。活動している甲虫の呼吸は爆発的な上昇(150倍)を時折みせ、吸熱が行われていたことがわかる。こうした吸熱はあらゆる温度で起きていたが、27℃以上ではより頻度が低く、短く、激しさの程度も低かった。
休息時と活動時のエネルギー支出の差をより正確に調べるために、私たちは試験的に温度を一定にして、比較的短時間の吸熱を含めて同じ40分間での新陳代謝率を平均化した。花房と周辺の空気の温度を使い(図2a)、活動中と休息中の甲虫にエネルギー論の方程式を応用して(図2b)、私たちは夜中ずっと活動中と休息中の温度における新陳代謝率の違いを計算した。その結果は「エネルギー節約の要素」と表現される。これは周辺温度において活動時に必要とされる余剰エネルギーに対して、花の温度で必要とされる余剰エネルギーの割合として計算したものだ(図2a)。この割合は、甲虫がやってくる夕方には4.8で、夜明けには2.0まで下がる。
仏領ギアナの温暖な低地でも、花房が外気よりわずかに温度が高ければ(それぞれ28℃と24度;図2a)、甲虫が受けるエネルギーの恩恵は大きい。ブラジルの高地では気温が6℃まで下がるため、フィロデンドロンの中で活動するコガネムシにとって、この恩恵はさらに大きいはずだ。
大きなコガネムシで受粉する花の熱発生は、熱帯雨林で広く存在し、少なくとも6科(バナマソウ科、バンレイシ科、サトイモ科、ヤシ科、モクレン科、スイレン科)で900種類はあるとみられ、Cyclocephalaだけでも220種類以上発見されている。熱の恩恵は、顕花植物の進化の早期段階では、さらに重要であったかもしれない。