Sarah -Chapter 2-


突然だけど、私は人のうちに居座る事にはなれている。
別に威張れた事ではないけれど、両親が不仲なせいで、けんかがあるとしょっちゅう友達のうちに非難していたからだ。
それは私が小学生の時からずっと続いていた。高校に入ってからは、隆とちょっとケンカした時の避難場所もたくさんあった。
電話もしないで押しかけていった事もある。
我ながら人のうちに泊めてもらうプロだと思う。

こんな私でも、彼女のうちな最初からなぜか特別な雰囲気があった。
まぁ、彼女が私の全然知らない人なんだろうけどね。
でもそれだけじゃない。
サラのうちは引っ越して間もないせいか人の気配が全然無いから、かえって居心地が良いんだと思う。
例えば、友達のうちとかだと必ず家族という物が存在して、それはもともと家族なんて無い私にとっては見えない重荷となる。
一人暮らししている人も中にはいるけれど、そういう人の家に限ってどこか他人の存在を否定している所があるのをなんとなく感じてしまう。
だからその「どちらともいえないなんともいえない雰囲気」は貴重だ。
私が嫌な昼下がりにびっしょり汗をかいて起きる時には、いつもうちにいて、ぼんやりテレビを見ていたり、雑誌を眺めていたり、何かを一生懸命に書いている。
エスプレッソの朝以来、特に私に何を聞くでもなく、ただ自然にそこにいた。
本来なら彼女の身の上こそ疑問に思うべきなのかもしれないけれど(なんせ国籍も不明だし)でもそんなことを考える余裕は私の心には無かった。
ただ、隆ともう一度やり直したい。
隆にもう一度抱きしめてほしい。それだけだった。
だから、サラのことも何も興味も疑問ももたずに失恋の余韻に浸っていた。

彼女はいつもコーヒーしか飲まない。普通のレギュラーだったり、エスプレッソだったり、カフェラテというエスプレッソにたっぷりミルクを入れたものや、フレーバーモカというほろ苦いココアみたいなものだったりするんだけれど、それでもコーヒー以外あまり口にしない。
それに、私は彼女が寝ている所も見た事が無い。
日が出ている間は、いつもうとうとしているようだけれど眠っているわけでもないし、夜になると仕事に行くといって外に出て行ってしまう。
そして、彼女は黒い服しか着ない。
最初は、金髪と白い肌に映えるから、黒を好むのかと思っていたけれど、そういうレベルの話じゃないみたいで、どうしてか本当に黒しか着ないのだ。
ぱっとみて、彼女のセンスがいいのはものすごくよくわかるのに、それなのに頑として黒しか着ない。
だから彼女のクローゼットには黒一色。黒のキャミ、黒のセーター、Tシャツ、ビスチェ、カーディガン、パンツ、カプリ、スカート、黒い下着、それから唯一例外の着古したブルージーンズ。
ものすごい数の黒い服があった。

こういう色々な疑問が彼女と暮らしているとわいてきたけれど、それを聞けるような雰囲気でもなかったし、聞いてはいけない事のような気もした。
本当につくづく不思議な人だと思う。

とにかく、そんな事を考えながらボーっとしていたら、いつのまにか3日たってしまった。
さすがに三日間も落ち込むと人間ほかの刺激を求めるもので、私もとりあえずこの後の状況を考えなきゃ、と思った。
考えてみたら今の状況はものすごく異常なのだ。だって、身知らず知らずの女の人のうちに勝手に居候してるんだもん。
でもこのまま出て行くのはちょっと寂しい。
このエキセントリックな彼女をもっと知りたいという欲望の方がどうしても大きい。
「ね。なんか食べなくて平気なの?」
三日目の夜、というより明け方、彼女が仕事から帰ってきて、思い出したように言った。
そういえば、あのエスプレッソ以来何にも口にしていない。
意識したら急におなかがすいてきて「ぎゅるうう…」 あ、なっちゃった。
赤面する私を見て彼女はくすっと笑った。あ、笑うんだ。なんて思った。考えてみれば彼女が笑うのを見たのは始めてかも。いや、別に笑ったからどうって言うわけじゃあないんですけど。
「なんか食べにいこうかぁ。家にあるのはチョコレートとコーヒー豆だけよ。」

というわけで私とサラは24時間営業のファミリーレストランで早めの朝ご飯という事になった。
新宿という場所柄か、朝の5時だというのに人は結構いて、「ああ、私がふてくされている間にも世界は動いてたんだな」なんて妙な納得をしてしまう。
メニューを見たらよけいおなかがすいてしまって、パスタにスープにピタパンサンドを頼んだ。
サラはしょうが焼き定食を頼んでいる。それがあんまり意外だったので、私は思わず
「しょうが焼き定食なんて食べるんですかー。」なんていってしまった。
「なんで?おいしいじゃない、生姜焼き。」
「だって、サラの雰囲気に合わない。」
「あはは、なにそれ?」
「え・・・なんかよく分からないけど、すごく特別な感じする。」
これは私の本心からの言葉だった。
こうやって、外の世界に出ると、どんなにサラが特別なオーラを出す人なのかがよく分かる。
飛びぬけたルックスのせいでもあるけれど、それ以上になにか天使でもない、悪魔でもない、でもそういう感じの不思議な雰囲気がある。
喋り方とか、普段の態度とかは、気が抜けるほど普通なのだけれど、ふとした瞬間に見せる真剣なまなざしとか、さらさらゆれる金髪とか、ちょっとした仕草にドキドキしっぱなしだ。
「スミレちゃんってさぁ、学校とか行ってるの?」
「一応…高校生っていう事にはなっていますけど。なんか、あっても無くても同じみたいな高校なんですよ、私の高校。だからあんまり…」
「そっか。」
これはうそ。私の行っている高校は全国でも有名ないわゆる進学校、しかも女子校だ。でもその画一的な雰囲気や、うんざりしてしまう先生や、受験第一の授業、勉強の事しか頭に無い友達なんて、私にとってはあっても無くても同じで、それは本当だった。
学校。今まで存在を忘れていた。
きっともう授業には到底ついていけてないだろう、ただでさえ異端児でサボり魔の私だというのに。
もしかしたらもう退学処分ぐらいにはなっているかもしれない。

しょうが焼き定食と和風パスタでおなかを膨らませた私たちは、とりあえずいろいろなことは探るようにはなした。私がサラって日本人なの?と聞くと
「半分はね。半分日本人、四分の一ドイツ人、8分の一ラテン、そのほかいろいろ混ざりすぎてて自分でもよく分からないよ。」
これには驚いた。私、ミックスって言うのは2つまでだと思ってたから。
「あはは、でも大体アメリカと日本のミックスじゃないかな。そういう意味ではね。」
「え、じゃあそれ自毛?」
「ちがうよ、さすがに。もともと栗色なの。染めてるだけ。」
「きれいだねー。」
「ありがとう」
心なしか、サラの目の奥が曇った気がした。なんかこれ以上髪の毛の話題に触れてはいけないような気がして、私は話題を変えた。
「英語喋れるの?」
「まぁまぁね。」
「へええええええええええええええええええ。うらやましい、教えてほしいな」
「高校行ってないんじゃなかったっけ?」
「うん、でも。日本語しか喋れないのってものすごく損な気がするよ」
私は普段思っていても人には口にしない事を言った。彼女になら何を言っても安心だと感じたからだ、まるで隆に話しているように。
「世界中には何百もの国があって、その国の人たちと接触したくても結局言葉が無くちゃ無理なんだよ。私、古文とか、シェイクスピアとかはすごく無駄だと思うけど、コミュニケーションを取る意味で、言葉って好き。」
一息に言って、コーヒーを飲んだ。
サラはおどろいたように私の事を見ている。
「しっかりしてるんだね。いいな、せんがない考えかたがあって。」
せんの無い考え方?せんって何?線?栓?千?
「リミットが無いっていうこと。とらわれないっていうか。私は生まれ育った環境のせいで4ヶ国語意思の疎通ができる程度には喋れるし、今までいろいろなところに行ったけれど、そういうふうに考えた事は無かったわ。言葉なんて要らない。自分はいらない。意思の主張はしなくていい。」
サラ視線が驚くほど冷たく光った。
「ただ微笑んでいればいい。誰も傷つけず、ただそこにいればいい。」
私は返す言葉が無かった。
何か…あったのかもしれない。
あまりにも深い傷がありそうな気がして、私は触れられなかった。

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