松田 俊寛

 私が陸上に出会う確率というのは、ゼロが月にタッチするくらいの数が分母に来る程のものであったと思う。今でこそ、私が陸上をやっていることは当然のように思えるが、ほんの3年も前の私を見る限りでは誰も想像できなかっただろう。本人だってそんなことを知る由もなかったのだから、それこそ当然である。

 それが何を思ったか、あまたある高校の中から商船を選び、あまたあるスポーツの中から陸上を選んだ。しかし、私がどれだけ偶然を強調しても、まだ人々は必然と思うだろう。実際計算してみると偶然どころか奇跡に近い値になると思うのだが、どうだろうか。

 私は常に奇跡を起こす人間でありたいと考えているから、さらにゼロを増やそうと思う。例えば、私が100mの決勝まで進むとすると、その大会の規模にもよるが、2桁は軽く増えるだろう。これが入賞するとなると…

 どうやら私が上の大会へ進めば進むほど、ゼロは増えてゆくようだから、一気にインターハイまで駆け上がったとしよう。そうすると多分ゼロは月を一周するほどになると思う。さらに、アジア、世界となると、ゼロは月で折り返して地球に戻ってきてしまうだろう。そこまで行くと、奇跡よりはむしろという表現が似合うと思う。

 ただ、忘れてはならないのが、その奇跡必然のものにする人もいるということだ。彼らは、類稀なる才能、地道な努力、迸るほどの情熱、マンネリするような時間、喉から思わず手が出るような金…その他もろもろの手法によってそのゼロの山を切り崩していったのである。

 偉業を成し遂げる彼らにとっても、最初のうちは私たちと同じように、天文学的な確率からのスタートだったはずだ。そんな微小な可能性しか見出せなかったとしても、彼らはそれを信じることによって不可能を可能にした。極めてちっぽけな可能性を信じ、そして何より、自分自身を一番信じていたからこそ、現在の光り輝く姿があるのだろう。

 世界のトップクラスで活躍する人々も、その埋もれてしまいそうなゼロの底から這い上がり、を実現させた。ゼロに洗われ、淘汰されて、輝きを増していく。自らによる切磋琢磨という作業を積み重ね、途方も無い道のゴールを信じ、ストイックなまでに邁進していくその人たちを見ていると、私は強い憧れを感じる。いつかはゼロの山の頂上に立って、まだ見ぬ景色を目の当たりにしたい。そのような人に、私はなりたい。