LISTLIA4
T-5 「おとうさん」
5『人形』の生活
『聖』の毎日はとてもハードなもので、梗哉は自分よりも小さな少年がよく耐えていられるな、と感心したほどだった。ただでさえ、白くて弱々しい少年なのに…。
6 脱出
作戦の完成が早かったのは、涼の記憶を元にして、屋敷の内部地図の完成が早かったおかげだ。と書いてあった。涼はそれだけで満足そうだった。
2日後…。
「ねぇ、『黒梨』?」
さて、お嬢様が眠りについた22:45.
23:00
悲鳴の主は麗翔で、もともと人を移動させるのを目的としていたので、叫んだ本人はとっくに逃げて屋敷を後にしていた。悲鳴はお嬢様の部屋の近くだったのに、『人形』たちがいつまでたっても出てこないのが気になって、小間使いの1人が『人形』たちの部屋を見に行くと、そこはすでに、もぬけの殻だった。
そして、当の梗哉たちは…既に外にいた。
「でも、どうやって連絡をとるんですか?」
小首をかしげて涼が聞く。そういえば、あたりまえなのだ。
あくまで自分たちはお嬢様の「人形」なのだから、自分勝手な行動なんかできないし、電話などもどこかで聞かれているに違いない。
「安心しろよ♪いまは小型化の時代だぜ♪」
涼の目の前で、人差し指を揺らしながら梗哉は微笑んだ。それから、手に持っていた鞄を開け、何かをごそごそと探し始める…。鞄の中には2・3着の服と手帳くらいしか無いように見えたのだが…。
「…!?」
いきなり鞄の底をはがし、そこから現れたのは…ノートパソコンと携帯電話だった。
大きなお屋敷となればそれなりに企業のお偉いさんの家のわけだし、内部を探りに来る奴なんて多いに決まっているのだ。だから、梗哉もスパイの可能性ありと考えられて、人並みに(?)身体検査や身元調査などを受けていた。もちろん、そのとき荷物も調べられることも予想されていたので、あらかじめ鞄の底布の下に隠しておいたのだ。まさか、2重底になっているとは思わないだろう…。(ちなみに、身元調査書は偽造である)
まぁ、こういうわけだから、いくらでも連絡はとれるんだよ」
一度取り出したパソコンなどをしまいながら梗哉は楽しそうに言った。これは、梗哉にとって初仕事であり、初めて辻への恩返しができるチャンスなのだ。嬉しくないはずが無いのである。
「さて、俺はこれからどうすればいいのかな?『聖(ひじり』」
「では、これからご説明いたします『黒梨(こくり)』さま」
そうして静かに『聖』は告げた。
『人形』たちの一日はお嬢様とともに始まる。
朝、お嬢様を起こし、朝食をともにし、朝の散歩に付き合い、運転手とともにお嬢様を学校までお送りする。お嬢様が学校に行っている間は『人形』たちも専属の家庭教師がつき、勉強、作法、技術…いろいろなことを学ぶことになる。昼食は取らずに14時を過ぎた頃、お嬢様を迎えに行き、帰ってきておやつの時間になってから、おやつを昼食として食べることになる。そして、夕方はお嬢様のお話の相手など、常に行動をともにしなくてはならない。そして夕食。夕食後はお嬢様が下がっていいと言えば、自室に帰ることもできるし、お嬢様がだめだといえば、お嬢様が眠りにつくまで側にいなくてはならない。
そして、そのお嬢様というのが…本当に高校生かと疑うような娘だった。背中の半ばまで伸びた豊かな髪を揺らしながら微笑むと「あぁ、大人だなぁ」とはおもうが、行動などは幼児と全く変わらない。涼のほうがよほど大人に見えるし、梗哉は暫く、お嬢様が自分よりも年上だとは気が付かなかったのだった。
「それにしてもハードだぁっ!」
一日の仕事を終え、自室に帰ってくるなり、梗哉は自分に割り当てられたベットに倒れこんだ。この部屋に来てから2週間が経過している。
「しかたないですよ。どんなお仕事でもこういうものですよ」
涼は隣で微笑みながら答える。まったく…ほんとうに小学6年生なんだろうか…この子は。
小6っていうと、もっと子供っぽいだろう。そういえば、自分もLISTLIAと出会ったのは小6だったんだな…。そんなことを考えながらうとうとしていたが、LISTLIAという単語で思い出した。
「そうだ、今日の報告しなくっちゃ」
梗哉は辻に言われたとおり、eメールでのLISTLIAへの毎日の報告を欠かさなかった。
そして、その返事の最後にかならず「がんばれ」とか「体調崩してないか?」という辻の些細な心遣いが嬉しくて報告するのも、返事を見るのも楽しくて仕方なかったのも、報告を欠かさなかった理由だったりする。
鞄の底からパソコンを取り出して、繋いで…。メールをチェックする。受信中の文字が消え、新着のメールが一通にかわる。それから報告の前に返事を読んで…。
「涼、涼っ!ちょっと来いっ!」
返事を読んでいた梗哉が慌てたように涼を呼んだ。
「どうしたんですか?梗哉さん。なんだかあわてて…」
涼はもともとおっとりした性質なのか、のんびりと近づいてきてパソコンの画面を覗き込む…そして、目を見開いて…。
「よかったな!ここを出る日程と作戦がきまったよ」
梗哉は満足げに頷いた。
そして、今日の報告をメールに書き始める…今日の報告もいつもと何のかわりもない…。
梗哉は朝から何故か落ち着かず、朝食の席でコーヒーをこぼしてお嬢様が顔をしかめてしまった。涼がさりげなくフォローしてくれて助かったが。
お嬢様が学校に行ったあと、勉強の合間のつかの間の休憩時間。
「涼…本当にここを出ていってもいいのか?」
いきなりそう聞いた梗哉に涼はきょとんとした顔で首をかしげた。
「どうしていきなりそんなことを聞くんです?依頼したのは僕です。ここから逃げ出したいと言ったのも僕なのに何故…?」
「…いや、なんでもない…」
梗哉は言いにくそうに口を濁したあと、自分の考えを否定した。まさかな。涼がお嬢様を好きだ…なんてことないよな。
「あ、先生方が戻っていらっしゃいました」
涼は不思議だけ顔をしたまま梗哉をそう促した。
「なんでしょう、お嬢さま」
晩餐の席でお嬢様にいきなり呼びかけられて梗哉は少しびっくりした。いままで『聖』が話し相手になることはあっても、『黒梨』が話し相手になることはまれだったのだ。
「梗哉はいま、本当なら中学3年生よね?それなら、来年は
私と同じ高校にいらっしゃい」
お嬢様の突然の申し出に周りの人間は一様に驚いた。それもそのはず…お嬢様の学校はれっきとした『女子校』なのである。
「大丈夫よ♪『黒梨』は綺麗だし、スカートだってきっと似合うわ♪
着せ替えは楽しいけれど、やっぱりズボンばっかりじゃ楽しくないし、学校にいる間はつまらないもの。『聖』も連れて行きたいけれど、まだ小さいから仕方ないわね…」
お嬢様はそれは残念そうに呟いたが…梗哉を女子校へ入学させようとしているのは本気らしい。
(まずい…このお嬢さん本気だ…絶対今日中に逃げなくちゃ…)
そうして、梗哉は本日の逃亡を絶対に成功させようと意志を堅くした。
梗哉と涼は自室で荷造りに励んでいた。
荷造りといっても、誘拐に見せるためにはあまり多くのものを持ち出せないので、あくまで最低限必要なものだけである。あくまでこれは『脱出』ではなく『誘拐』に見せなくてはならないのだ。
梗哉の荷物は携帯電話とノートパソコンだけである。あらかじめ用意しておいた小さ目のリュックサックに詰めて、背負うだけでOKだ。
涼の方はというと…。特に何もないらしく、いつもの微笑みに少しだけ緊張感を覗かせて自分の割り当てられてるベットに腰掛けている。
「もうすぐ時間だけど…用意はいいか?」
「はい」
「忘れ物とか、思いのこしとか…」
「とくにないです」
「そうか…あ、一応トイレには行っておけよ」
真面目な顔でそう言った梗哉は涼はじーっとみつめていた。
「あれ?俺の顔に何かついてる?」
涼の視線に気が付いた梗哉は涼にたずねてみると…
「梗哉…もしかして緊張してます?」
との答え。それは的確に的をついていて、本当のところ、涼よりも梗哉の方がずっと緊張していたのだった。それはそうだ。失敗は許されない。
「…時間だ」
梗哉は涼の問いには答えずに、時計を見てから呟いた。
屋敷の一部で女の悲鳴が聞こえる。何事かと人がその方角へと向かって走り出した。
その隙に、あらかじめ屋敷の全貌を把握している辻が梗哉たちの部屋まで迎えに来る。そして、予定通り…。
「梗哉っ!涼くんっ!迎えにきたよっ!」
扉を開けて入ってきたのは2週間ぶりくらいに見る辻の顔だった。といっても、目には丸いサングラスをかけているからあまり表情は良くわからないのだが。
「さて、脱出開始♪」
楽しそうに言う辻の後ろで2人の少年が頷いた。
「『聖』さまたちがいないっ!さがせっ!」
男の指示を出す叫びが聞こえ、屋敷の中は大騒ぎとなる。お嬢様は「私の人形をかえしなさいっ!」と気が狂ったように叫びつけてるし…屋敷中地獄絵図のような事態になっていた。
監視の目を潜り抜けて、監視カメラの死角を移動しながら1番最短距離を移動して、庭の一部となっている林にもぐりこんだ。
そして、あとは防犯のために高くなっている塀を乗り越えるだけ。
辻はポケットから鉤つきのフックを取り出して、投げ、塀にひっかける。
「落ちないようにな」
そう声をかけて涼・梗哉を先に上がらせる。涼は何度も滑りそうになりながらもなんとか上りあげて、梗哉も無事に上りついた。屋敷とは逆側の塀の下を見ると、麗翔とホタルが布を広げていて、トオルが指先でそれを指している。「とびおりろ」という意味らしい。
それはあんまりだぁ…と梗哉は思ったが、他に方法もないので仕方なく涼を促す。
案の定涼は首を横に振ったが、急いでいるので(ごめん)と心の中で謝りながら梗哉は涼を突き落とした。
涼はうまく布の上に落ちて、トオルが頭を撫でてやっている。よくやったという意味らしい。梗哉は辻の方を向きなおして「早く」と合図をした…しかし…。ぐずぐずしている間に屋敷の人間に見つかったらしく、辻は屋敷の人間と乱闘を始めていた。
1対4.圧倒的に部が悪い。梗哉は降りていって加勢しようとしたが、それに気付いた辻は叫ぶようにして梗哉をとめた。
「梗哉っ!帰れっ!葎がまってるから…涼をつれて帰れっ!
俺もちゃんとあとから帰るから…おまえまで帰るのが遅くなると葎が悲しむ…っ!
だから…はやくっ!」
そういって、辻はわざと敵を誘うように林の奥に入っていく…。
「お父さん…おとうさんっ!おとうさんっ!おとうさんっ!」
帰ってくるのは風の音だけで、辻の声は聞こえなかった。
下から麗翔たちが何事かと思って騒ぎ始めたし、またほかの追っ手が来てもまずいので梗哉はとりあえず塀から降りることにした。
降りたあとで、梗哉は泣きながらトオルに訴えた。「おとうさんが」と。
トオルはだまって梗哉の頭を抱え込んでいた。
とりあえずは、かえって葎とカオルに報告をしなくてはならなかった…。