二つの翼



大きく深い森の中で





樹々の間から空を見つめる一人の少年





背中には動かし方のわからない





白い翼が生えていた





もしも空を飛べたなら





どんな気持ちなのだろう





気持ちいいのかな?





でも僕は飛べなくてもいい





飛ばない





地に足をつけて歩けばいいんだ





それでいい…





じゃあ何故僕は空を見ているんだろう








ある日、空を見ている少年の森に





一人の少女がやってきた





彼女もまた翼を持っていた。





淡いピンク色が特徴的な翼だった。





「君の背中にあるものは動くのかい?」





少年はそっと、その少女に聞いてみた。





すると少女は微かに笑って答えた。





『ううん、動かない。でもね





絶対に動かしてみせる





それで、空を飛ぶんだ。』





その少女の言葉に、少年は自分の翼が少しだけ





動いたような気がした。





「僕も…飛べるかな?」





少年は自分の素直な言葉に驚きながら





おそるおそる尋ねた。





少女は少し恥ずかしそうに





『実はね、私もできるかどうかわからないんだ。





でもやってみる。だって空、行きたいから。





君も一緒に飛んでみようよ。空、行こ。』





少年は、少女の言葉に不思議とこれっぽっちの疑問も持たずにうなずき、この翼を動かしてやろうと





静かに心に決めた。





憧れの空へ行く為に。





その日を境に、二人は森の中で同じ時間を過ごすようになった。





一緒に空を眺め





まだ見ぬ世界を語り合った。





やがて小さな季節が過ぎ





少年はいつしか少女の事が大好きになっていた。





少女もまた、少年の事が大好きだった。





お互いがお互いを思い





二人が一緒ならきっと飛べる





そう信じていた。





しかし、丸裸の樹に新たな緑色が生まれ





肌寒い風が少しずつ暖かくなって





二人にとっての二度目の春が訪れた頃





突然少女が森に姿を見せなくなった。





少年は毎日いつもの場所で空を眺めながら、自分の翼に触れた。





彼女は僕の事が嫌いになったんだろうか…





僕一人じゃあの空を目指す自信がない…





僕の中での彼女の大きさはこの森のどんな樹よりも大きいんだ。





彼女がいたから素直になれた。





彼女にとって僕はそんなにちっぽけな存在だったのだろうか…





少年は少女が来る事を信じて





森へ通い続けた。







少女の姿が見えなくなってから数日が経った冷たく霧のような雨の降るある日





友達だという一人の女の子から





少年は少女の死を知らされた。





女の子は、少女は最後まであなたと一緒に空へ行くことを望んでいた。と





嗚咽をもらし、必死に涙をこらえながら少年に伝えた。





一方的な、逃れようの無い別れ。





少年は初めて知る感情の波に打ちひしがれた。





胸がはじけ飛びそうだった。





熱く苦しい液体が身体中を駆け巡り





今にもパンクしそうな程に自分の中の暗い部分が膨張する。





大声で泣き叫びたかった。





でも泣けなかった。





こんなにも苦しく悲しいのに





涙は流れてくれない…





どうして!?





自分はこんなにも冷たい人間だったのか。





そう思うと少年は自分の背中に手をやり





力いっぱい己の翼をもぎとった。





空へ行くための、真っ白な翼を。





背中に電流のような熱い感覚が走り





体の中からおびただしい量の血が流れ出るのが分かった。





しかし、少年に不思議と痛みはなかった。





これでいい…





もう空は飛べない。





これでいいんだ…





空への憧れがあれば彼女を思い出す。





自分の冷酷さをつきつけられる。





もうこの地から足を離すもんか。





そう。





これでいいんだ…








そして翼の折れた少年は空を見上げる事をしなくなった。





地に足をつけ





下を向いて歩いた。





夏が過ぎ





秋が過ぎ





冬が過ぎて





もう一度





春が来た。





緑の訪れと引き替えに





少女の消えた季節が。





空への思いを捨てた少年の心とは裏腹に





静かで暖かい風の吹く夜





少年の夢の中に





少女が現れた。





初めて出会った時と同じ笑顔を浮かべて。





『私はあなたと一緒に飛びたかった…





飛べるって信じてた





でも…





できなかった……』





少女の目から涙がこぼれた。





小さな肩を小刻みに震わせ





少女は続けた。





『だからお願い、君は飛んで!





私の代わりに…ううん。





私と一緒に。』





少女はそう言うと





少年を優しく抱き締め





そっと背中に触れ、ささやいた。





『ごめんなさい、本当にごめんなさい。





こんなに君を追い詰めてしまったなんて。





でもきっと君は飛べるよ。





行こう、一緒に空へ。』





そして少女は少年の中へ吸い込まれるように消えていった。





翌朝、少年はゆっくりと目を覚ました。





朝日の中





少年は涙を流した。





それは確かに





少女に向けて流れる涙だった。





少年は泣いた。





大声をあげて泣いた。





もう一度空を見たい。





心の底からそう思った。





少年は泣き崩れながら、背中に不思議な暖かさを感じ





そこに違和感を覚えた。





あの日





確かにこの手で折ったはずの翼が





そこにはあった。





手で触れて確かめてみても





間違いなく少年の背中には翼があった。





頭の中が混乱したまま振り向くと





少年は全てを理解し、小さく笑った。





自分の背中にある翼は





淡いピンク色だった。





少女は確かにそこにいた。





二人で空へ飛び立つ為に。





少年は森へ走った。





そして大きく息を吸い込みながら空を見上げた。





僕は絶対に飛んでみせる!!





君と一緒に。


詩:未成年